なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

140 / 240
クマネー

 

 

/*/ クママネーで女子会ショッピング /*/

 

 

 土曜日。

 

 駅前のロータリーには、休日らしいゆるい空気が流れていた。

 家族連れ、カップル、友達同士――色んな人が、ショッピングモールへ続く通路へ吸い込まれていく。

 

「おーい、こっちこっち!」

 

 一番に手を振ったのは、ルテアだった。

 ピンクブロンドを高めの位置で結んで、白いパーカーにデニムショーパンという、元気印のコーデ。

 

「……うん。まず、そこまでおかしな格好してないのが逆に怖いんだけど」

 

 集合場所にやってきた彩女は、思わずそんなことを口にした。

 今日の彩女は、カーキ色のマウンテンパーカーに、白Tシャツと黒スキニー。足元はスニーカー。動きやすさ重視だけど、ちゃんとバランスの取れたスポカジだ。

 

「失礼な。今日は“おしゃれ番長先生に見られる日”って聞いたから、控えめにまとめてきたの」

 

「その呼び方やめてくれない?」

 

 やれやれと肩をすくめる彩女の横で、愛香がくすりと笑う。

 

「あ、皆きたよ」

 

 愛香が指差した先から、残りの三人が歩いてきた。

 

 長女・梨花は薄いベージュのトレンチコートに、ボーダーTとデニム。

 一見ふつうだが、肩のラインがちょっと真面目過ぎて、どことなく“先生っぽい”。

 

 友香はカーディガンに膝丈スカート、メガネ。

 ユイリィは、黒のロングスカートにグレーのニットで、地味可愛いミステリアス系。

 

「……総評」

 

 彩女は、じっと三人を見てから言った。

 

「今のままだと、“高校生の私生活”っていうより、“放課後の職員室”って感じ」

 

「職員室!?」

 

 梨花と友香が同時に声を上げ、ユイリィだけ「それはそれで……」と少し嬉しそうだ。

 

「ほらぁ、だから今日呼んだんだよ」

 

 ルテアが胸を張る。

 

「“安生道場・教職員コスプレ部隊”から、“ちゃんと女子高生グループ”に進化させてくださいって」

 

「そういう依頼だったんだ……」

 

 彩女は頭を抱えつつも、ちょっとだけ楽しそうだった。

 こういう“変身企画”は、嫌いじゃない。

 

「よし」

 

 愛香が、ぱんっと手を叩く。

 

「とりあえず、一回モールのレディースフロアをひと周りして、目星つけよっか。

 いきなり買うと絶対“最初に見たやつ”で妥協しちゃうから」

 

「さすが女子力モンスター……」

 

 友香が感心したように呟く。

 

「その呼び方もやめよっか?」

 

 そんなやり取りをしながら、六人はショッピングモールの中へ吸い込まれていった。

 

 

 ◆ 1軒目:カジュアル系ショップ ◆

 

 

「あ、ここよくない?」

 

 最初に入ったのは、ポップでカジュアルな雰囲気のショップだった。

 店内には、マネキンがデニムやスウェット、パーカー類を着こなして立っている。

 

「梨花は、こういう“カチッとしすぎてないやつ”が良さそう」

 

 彩女は、トルソーが着ているライトグレーのテーラードジャケットに目を留めた。

 

「インナーがロゴTで、ボトムが細身の黒パンツ……うん。

 “先生感”は残しつつ、“若い”寄りに振れると思う」

 

「先生感は残すのね」

 

「そこは梨花のキャラだからね」

 

 梨花は、勧められるままジャケットとパンツを手に取った。

 

「……じゃあ、試着してくる」

 

「行ってらっしゃい。サイズわかんなかったら呼んでね」

 

 その背中を見送りつつ、愛香はユイリィに向き直る。

 

「ユイリィちゃんは、今のシルエット活かして、ちょっとだけ色を足したいなぁ」

 

「色?」

 

「たとえば――」

 

 愛香が手に取ったのは、深いボルドー色のニットと、紺のチェック柄のロングスカートだった。

 

「黒も似合うけど、全部黒だと“謎の家庭教師”感強すぎるから、ワインレッド挟んで柔らかく。

 髪が銀だから、トーンが近い色味だと映えるよ」

 

「……謎の家庭教師はちょっと惹かれるけど、こっちもいいね」

 

 ユイリィが、くすりと微笑んでから、セットを抱えて試着室へ向かった。

 

「じゃあ、友香は……」

 

 彩女は、店内を見渡してから、柔らかいベージュのプリーツスカートと、淡いブルーのニットカーデを手に取る。

 

「勉強できそうな雰囲気はそのままに、“図書室の先輩”っぽくしてみよ」

 

「“職員室”から“一般生徒”に降格ですね」

 

 友香が苦笑しながらも、どこか嬉しそうに服を受け取る。

 

 ほどなくして、試着室のカーテンが一枚ずつ開いた。

 

「……どう、かな?」

 

 梨花は、シンプルなジャケットスタイルに着替えていた。

 足首までぴったりした黒パンツと、白Tシャツ。その上から、やわらかい素材のグレーのジャケット。

 

「おおーっ」

 

 ルテアが拍手する。

 

「“進路指導の先生”から、“大学サークルの先輩”ぐらいに若返った!」

 

「それ、褒めてる?」

 

「褒めてる褒めてる」

 

 彩女も、小さく親指を立てた。

 

「肩のライン、こっちの方が合ってる。丈もいい感じ。

 そのままスニーカー合わせたら、一気に“オフの日のお姉さん”だね」

 

「……悪くないかも」

 

 梨花の口元が、ちょっとだけ緩む。

 

 続いて、ユイリィと友香も姿を見せた。

 

「わぁ……」

 

 思わず、彩女と愛香から声が漏れる。

 

 ボルドーのニットに、紺のチェックロングスカート。

 銀髪と相まって、ユイリィは“どこか外国の本から抜け出してきた女の子”みたいな雰囲気をまとっていた。

 

「すっごい似合うね、それ」

 

 愛香が目を輝かせる。

 

「ミステリアスだけど、前より近寄りがたさが減った感じ」

 

「“闇の組織所属の美少女幹部”から、“そこそこ普通のクラスメイト”にレベルダウンしました」

 

「本人が言うんだ……」

 

 一方、友香は淡いブルーのカーデにベージュのプリーツスカートで、柔らかい色味に。

 

「どう?」

 

「うん、“学年1位の委員長”から、“学年1位だけど話しかけやすい委員長”になった」

 

「階級変わってない!?」

 

 そんなこんなで、最初の店だけで、もう1時間が経過していた。

 

 

 ◆ 2軒目:ガーリー&暴走担当 ◆

 

 

「次はこっち行こー!」

 

 ルテアが勢いよく引きずっていったのは、フリルとレースが目立つガーリー系ショップだった。

 

 店内には、パステルカラーのワンピースや、ふわふわのスカートが並んでいる。

 

「ここはもう……」

 

 彩女は覚悟を決めた顔で言う。

 

「ルテアをどこまで止めるかとの勝負ね」

 

「スタートダッシュで負けたら終わるやつだ」

 

 愛香も、くすくす笑いながら頷いた。

 

「わぁぁぁぁぁ!!」

 

 案の定、ルテアは店に入った瞬間、テンションMAXで奥へ突進していく。

 

「ねえ見て! これ絶対可愛い!」

 

 彼女が抱えて戻ってきたのは――胸元に大きなリボン、袖にはフリル、スカートにはレースがたっぷりあしらわれた、ピンクのワンピースだった。

 

「……うん、確かに“可愛い”は可愛いんだけどね?」

 

 彩女は、ワンピースとルテアの顔を交互に見てから、きっぱり言った。

 

「それ着ると、“クラスメイト”から一気に“テーマパークのキャラクター”になる」

 

「キャラクター!?」

 

「髪色とテンションが相まって、完全にそういう方向に行く」

 

 愛香も、やんわりフォローを加える。

 

「ルテアちゃんは元気系だから、あんまり作り込みすぎると“衣装”感が出ちゃうかな。

 たとえば――」

 

 愛香は、同じピンクでも、もう少し落ち着いた色味のスウェットと、白のフレアスカートを手に取った。

 

「トップスゆるめで、スカートふわっと。

 フリルは控えめにして、靴で遊ぶとかどう?」

 

「……それも可愛い」

 

 ルテアは、あっさり方向転換した。

 

「さすが女子力モンスター」

 

「だからその呼び方は」

 

 数分後。

 試着室から出てきたルテアは、パステルピンクのスウェットと白スカートという、ほどよく“女の子らしい”コーデになっていた。

 

「おおお……」

 

 梨花が、じっくりと妹を眺める。

 

「なんか、いつもの“うるさいルテア”が、“写真撮りたくなるルテア”になってる」

 

「それは褒めてる?」

 

「褒めてる褒めてる!」

 

 彩女も、満足そうに頷く。

 

「これなら、父さんも“……まぁ、似合ってるな”くらいで済むはず」

 

「逆にあのフリフリ着て帰ったらどうなってた?」

 

「“着替えてこい”の一言で終わりだね」

 

 即答する梨花と友香に、ルテアは「それも見てみたかったかも」と笑った。

 

 

 ◆ クマ何頭分のレシート ◆

 

 

 いくつもの店を回り、試着を繰り返し、笑って悩んで――

 気づけば、夕方の館内アナウンスが流れ始めていた。

 

「……ふぅ。買った買った」

 

 フードコートのテーブルで、六人は揃ってぐったりと座り込んだ。

 足元には、それぞれの紙袋がどっさりと積まれている。

 

「こんなに服買ったの、生まれてはじめてかも」

 

 梨花が、紙袋を見てしみじみと呟く。

 

「わたしも。

 “道着とジャージがあれば生きていける”って思ってたけど、そんなことなかった」

 

「それはそれで極端だよ」

 

 彩女が笑う。

 

「でも、みんなすっごく雰囲気変わったよね」

 

 愛香が、順番に顔を見渡す。

 

「それぞれの良さがちゃんと出てて、“安生道場の娘たち”ってより、“ふつうに女子高生の友達グループ”って感じ」

 

「“ふつうに”って、こんなにありがたい言葉だったんだね……」

 

 ユイリィが、胸に手を当ててしみじみする。

 

 その時、梨花のスマホが震えた。

 

「……お父さんからだ」

 

 画面には、短いメッセージ。

 

『無事か。転ぶな。財布落とすな』

 

「父さんっぽい……」

 

 彩女が吹き出す。

 

「返信どうするの?」

 

 友香が覗き込むと、梨花は少し考えてから、フリックで文字を打った。

 

『みんなで無事に服買いました。

 帰ったらファッションショーするので、覚悟しておいてください』

 

「送信っと」

 

「ファッションショーって宣言した!?」

 

 ルテアが笑う。

 

「どうせ見せろって言うでしょ。先に宣告して、精神の準備をさせておくの」

 

「ひょっとして、今ごろ道場で正座して待ってたりして」

 

 彩女の冗談に、全員が想像して吹き出した。

 

「……でもさ」

 

 ストローでジュースをくるくるしながら、梨花がぽつりと言う。

 

「“はじめて父に感謝したかも”って、昨日は半分冗談だったけど」

 

「うん」

 

「ちょっとだけ、ほんとにそう思ってる」

 

 クマと戦って稼いだお金だ。

 血の匂いもしないわけじゃない。

 

 それでも――

 その一部が、こうして自分たちの“普通の女の子らしい時間”に変わっていることが、なんだか不思議で、少しだけくすぐったかった。

 

「ちゃんとお礼、言わなきゃね」

 

 友香が、静かに頷く。

 

「“服ありがとう”って」

 

「ついでに、“これ以上クマとは戦わないでください”もセットで」

 

 ユイリィの言葉に、みんなが笑った。

 

 その笑い声は、ショッピングモールのざわめきに溶けていく。

 

 ――このあと、安生道場の居間で開かれる“クママネーファッションショー”と、

 龍お父さんの固まりきった表情については、また別の話である。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。