/*/ クママネーで女子会ショッピング /*/
土曜日。
駅前のロータリーには、休日らしいゆるい空気が流れていた。
家族連れ、カップル、友達同士――色んな人が、ショッピングモールへ続く通路へ吸い込まれていく。
「おーい、こっちこっち!」
一番に手を振ったのは、ルテアだった。
ピンクブロンドを高めの位置で結んで、白いパーカーにデニムショーパンという、元気印のコーデ。
「……うん。まず、そこまでおかしな格好してないのが逆に怖いんだけど」
集合場所にやってきた彩女は、思わずそんなことを口にした。
今日の彩女は、カーキ色のマウンテンパーカーに、白Tシャツと黒スキニー。足元はスニーカー。動きやすさ重視だけど、ちゃんとバランスの取れたスポカジだ。
「失礼な。今日は“おしゃれ番長先生に見られる日”って聞いたから、控えめにまとめてきたの」
「その呼び方やめてくれない?」
やれやれと肩をすくめる彩女の横で、愛香がくすりと笑う。
「あ、皆きたよ」
愛香が指差した先から、残りの三人が歩いてきた。
長女・梨花は薄いベージュのトレンチコートに、ボーダーTとデニム。
一見ふつうだが、肩のラインがちょっと真面目過ぎて、どことなく“先生っぽい”。
友香はカーディガンに膝丈スカート、メガネ。
ユイリィは、黒のロングスカートにグレーのニットで、地味可愛いミステリアス系。
「……総評」
彩女は、じっと三人を見てから言った。
「今のままだと、“高校生の私生活”っていうより、“放課後の職員室”って感じ」
「職員室!?」
梨花と友香が同時に声を上げ、ユイリィだけ「それはそれで……」と少し嬉しそうだ。
「ほらぁ、だから今日呼んだんだよ」
ルテアが胸を張る。
「“安生道場・教職員コスプレ部隊”から、“ちゃんと女子高生グループ”に進化させてくださいって」
「そういう依頼だったんだ……」
彩女は頭を抱えつつも、ちょっとだけ楽しそうだった。
こういう“変身企画”は、嫌いじゃない。
「よし」
愛香が、ぱんっと手を叩く。
「とりあえず、一回モールのレディースフロアをひと周りして、目星つけよっか。
いきなり買うと絶対“最初に見たやつ”で妥協しちゃうから」
「さすが女子力モンスター……」
友香が感心したように呟く。
「その呼び方もやめよっか?」
そんなやり取りをしながら、六人はショッピングモールの中へ吸い込まれていった。
◆ 1軒目:カジュアル系ショップ ◆
「あ、ここよくない?」
最初に入ったのは、ポップでカジュアルな雰囲気のショップだった。
店内には、マネキンがデニムやスウェット、パーカー類を着こなして立っている。
「梨花は、こういう“カチッとしすぎてないやつ”が良さそう」
彩女は、トルソーが着ているライトグレーのテーラードジャケットに目を留めた。
「インナーがロゴTで、ボトムが細身の黒パンツ……うん。
“先生感”は残しつつ、“若い”寄りに振れると思う」
「先生感は残すのね」
「そこは梨花のキャラだからね」
梨花は、勧められるままジャケットとパンツを手に取った。
「……じゃあ、試着してくる」
「行ってらっしゃい。サイズわかんなかったら呼んでね」
その背中を見送りつつ、愛香はユイリィに向き直る。
「ユイリィちゃんは、今のシルエット活かして、ちょっとだけ色を足したいなぁ」
「色?」
「たとえば――」
愛香が手に取ったのは、深いボルドー色のニットと、紺のチェック柄のロングスカートだった。
「黒も似合うけど、全部黒だと“謎の家庭教師”感強すぎるから、ワインレッド挟んで柔らかく。
髪が銀だから、トーンが近い色味だと映えるよ」
「……謎の家庭教師はちょっと惹かれるけど、こっちもいいね」
ユイリィが、くすりと微笑んでから、セットを抱えて試着室へ向かった。
「じゃあ、友香は……」
彩女は、店内を見渡してから、柔らかいベージュのプリーツスカートと、淡いブルーのニットカーデを手に取る。
「勉強できそうな雰囲気はそのままに、“図書室の先輩”っぽくしてみよ」
「“職員室”から“一般生徒”に降格ですね」
友香が苦笑しながらも、どこか嬉しそうに服を受け取る。
ほどなくして、試着室のカーテンが一枚ずつ開いた。
「……どう、かな?」
梨花は、シンプルなジャケットスタイルに着替えていた。
足首までぴったりした黒パンツと、白Tシャツ。その上から、やわらかい素材のグレーのジャケット。
「おおーっ」
ルテアが拍手する。
「“進路指導の先生”から、“大学サークルの先輩”ぐらいに若返った!」
「それ、褒めてる?」
「褒めてる褒めてる」
彩女も、小さく親指を立てた。
「肩のライン、こっちの方が合ってる。丈もいい感じ。
そのままスニーカー合わせたら、一気に“オフの日のお姉さん”だね」
「……悪くないかも」
梨花の口元が、ちょっとだけ緩む。
続いて、ユイリィと友香も姿を見せた。
「わぁ……」
思わず、彩女と愛香から声が漏れる。
ボルドーのニットに、紺のチェックロングスカート。
銀髪と相まって、ユイリィは“どこか外国の本から抜け出してきた女の子”みたいな雰囲気をまとっていた。
「すっごい似合うね、それ」
愛香が目を輝かせる。
「ミステリアスだけど、前より近寄りがたさが減った感じ」
「“闇の組織所属の美少女幹部”から、“そこそこ普通のクラスメイト”にレベルダウンしました」
「本人が言うんだ……」
一方、友香は淡いブルーのカーデにベージュのプリーツスカートで、柔らかい色味に。
「どう?」
「うん、“学年1位の委員長”から、“学年1位だけど話しかけやすい委員長”になった」
「階級変わってない!?」
そんなこんなで、最初の店だけで、もう1時間が経過していた。
◆ 2軒目:ガーリー&暴走担当 ◆
「次はこっち行こー!」
ルテアが勢いよく引きずっていったのは、フリルとレースが目立つガーリー系ショップだった。
店内には、パステルカラーのワンピースや、ふわふわのスカートが並んでいる。
「ここはもう……」
彩女は覚悟を決めた顔で言う。
「ルテアをどこまで止めるかとの勝負ね」
「スタートダッシュで負けたら終わるやつだ」
愛香も、くすくす笑いながら頷いた。
「わぁぁぁぁぁ!!」
案の定、ルテアは店に入った瞬間、テンションMAXで奥へ突進していく。
「ねえ見て! これ絶対可愛い!」
彼女が抱えて戻ってきたのは――胸元に大きなリボン、袖にはフリル、スカートにはレースがたっぷりあしらわれた、ピンクのワンピースだった。
「……うん、確かに“可愛い”は可愛いんだけどね?」
彩女は、ワンピースとルテアの顔を交互に見てから、きっぱり言った。
「それ着ると、“クラスメイト”から一気に“テーマパークのキャラクター”になる」
「キャラクター!?」
「髪色とテンションが相まって、完全にそういう方向に行く」
愛香も、やんわりフォローを加える。
「ルテアちゃんは元気系だから、あんまり作り込みすぎると“衣装”感が出ちゃうかな。
たとえば――」
愛香は、同じピンクでも、もう少し落ち着いた色味のスウェットと、白のフレアスカートを手に取った。
「トップスゆるめで、スカートふわっと。
フリルは控えめにして、靴で遊ぶとかどう?」
「……それも可愛い」
ルテアは、あっさり方向転換した。
「さすが女子力モンスター」
「だからその呼び方は」
数分後。
試着室から出てきたルテアは、パステルピンクのスウェットと白スカートという、ほどよく“女の子らしい”コーデになっていた。
「おおお……」
梨花が、じっくりと妹を眺める。
「なんか、いつもの“うるさいルテア”が、“写真撮りたくなるルテア”になってる」
「それは褒めてる?」
「褒めてる褒めてる!」
彩女も、満足そうに頷く。
「これなら、父さんも“……まぁ、似合ってるな”くらいで済むはず」
「逆にあのフリフリ着て帰ったらどうなってた?」
「“着替えてこい”の一言で終わりだね」
即答する梨花と友香に、ルテアは「それも見てみたかったかも」と笑った。
◆ クマ何頭分のレシート ◆
いくつもの店を回り、試着を繰り返し、笑って悩んで――
気づけば、夕方の館内アナウンスが流れ始めていた。
「……ふぅ。買った買った」
フードコートのテーブルで、六人は揃ってぐったりと座り込んだ。
足元には、それぞれの紙袋がどっさりと積まれている。
「こんなに服買ったの、生まれてはじめてかも」
梨花が、紙袋を見てしみじみと呟く。
「わたしも。
“道着とジャージがあれば生きていける”って思ってたけど、そんなことなかった」
「それはそれで極端だよ」
彩女が笑う。
「でも、みんなすっごく雰囲気変わったよね」
愛香が、順番に顔を見渡す。
「それぞれの良さがちゃんと出てて、“安生道場の娘たち”ってより、“ふつうに女子高生の友達グループ”って感じ」
「“ふつうに”って、こんなにありがたい言葉だったんだね……」
ユイリィが、胸に手を当ててしみじみする。
その時、梨花のスマホが震えた。
「……お父さんからだ」
画面には、短いメッセージ。
『無事か。転ぶな。財布落とすな』
「父さんっぽい……」
彩女が吹き出す。
「返信どうするの?」
友香が覗き込むと、梨花は少し考えてから、フリックで文字を打った。
『みんなで無事に服買いました。
帰ったらファッションショーするので、覚悟しておいてください』
「送信っと」
「ファッションショーって宣言した!?」
ルテアが笑う。
「どうせ見せろって言うでしょ。先に宣告して、精神の準備をさせておくの」
「ひょっとして、今ごろ道場で正座して待ってたりして」
彩女の冗談に、全員が想像して吹き出した。
「……でもさ」
ストローでジュースをくるくるしながら、梨花がぽつりと言う。
「“はじめて父に感謝したかも”って、昨日は半分冗談だったけど」
「うん」
「ちょっとだけ、ほんとにそう思ってる」
クマと戦って稼いだお金だ。
血の匂いもしないわけじゃない。
それでも――
その一部が、こうして自分たちの“普通の女の子らしい時間”に変わっていることが、なんだか不思議で、少しだけくすぐったかった。
「ちゃんとお礼、言わなきゃね」
友香が、静かに頷く。
「“服ありがとう”って」
「ついでに、“これ以上クマとは戦わないでください”もセットで」
ユイリィの言葉に、みんなが笑った。
その笑い声は、ショッピングモールのざわめきに溶けていく。
――このあと、安生道場の居間で開かれる“クママネーファッションショー”と、
龍お父さんの固まりきった表情については、また別の話である。