なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

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コメ欄地獄絵図

 

 

/*/ コメント欄の地獄絵図 /*/

 

 

「……おい」

 

 しばらく動画本編を眺めたあと、惣一郎がスクロールして眉をしかめた。

 

「コメント欄、案の定もめてるぞ」

 

「そりゃそうだろうねぇ」

 

 彩女が、ちょっとげんなりした声を出す。

 

「“クマと素手で戦う謎の男”とか、ネット民が黙ってるわけない」

 

「どんな感じ?」

 

 愛香が身を乗り出す。

 惣一郎は、上から順に読み上げていった。

 

「えーっと……

 『こんなの虐待だろ』『生け捕りにできるなら殺すな』

 『クマ追い払うだけにしろ』『人間のエゴ』……」

 

「あー、来たね。愛護側」

 

 彩女が、うんうんと頷く。

 

「まあ、言いたいことはわからなくもないけど……」

 

「その下」

 

 惣一郎がさらにスクロールする。

 

「『山舐めんな』『被害出てからじゃ遅い』

 『現場で熊と対峙したことのない人間ほど綺麗事を言う』――」

 

「うわ、今度はガチ勢っぽい」

 

 友香が、苦笑い混じりに呟く。

 

「お、なんか長文来てるぞ」

 

 惣一郎が、一つのコメントをタップして拡大した。

 

「なになに……」

 

『生け捕りにできるなら殺すな、と愛護の声が沸いておりますが、

 私クラスが3名いてもクマの生け捕りは困難です(第一空挺団所属)』

 

「…………」

 

 その場の空気が、一瞬だけ固まった。

 

「第一空挺団って、あの?」

 

 ユイリィが、ぽそっと言う。

 

「“空から降ってくる本気の人たち”の?」

 

「そう、その“本気の人たち”の代表自称してる人」

 

 友香も画面を覗き込んで、ため息をつく。

 

「名前は伏せてるけど、文章の感じ、だいぶリアルなんだけど……」

 

「お、おう。あんたほどの人が言うなら……」

 

 惣一郎が、思わず画面に向かって敬語になった。

 

「“私クラスが3名いても困難”ってサラッと言えるの、逆に怖いからね?」

 

 彩女が、ひきつった笑みを浮かべる。

 

「と、言うかさ」

 

 愛香がストローをくるくる回しながら言った。

 

「そもそも、“素手でクマと戦わすな”だよね。

 銃とか罠とか、もっとまともなやり方ないの……?」

 

「それ父さんにも言ってほしいわ」

 

 梨花が、どこか遠い目をした。

 

「前に聞いた時、『だって銃が使えないところなんだもん』って返されたからね」

 

「銃が使えないところ?」

 

 惣一郎が首をかしげる。

 

「民家近くとか、観光地の外れとか。

 流れ弾の危険とか、法律とか、いろいろあるんだって」

 

 友香が、補足するように言う。

 

「山の奥でも、撃つ方向間違えたら別のハイカーいるかもだしね」

 

「だからってさぁ」

 

 彩女が、机に突っ伏した。

 

「銃規制を改正せよ。

 素手で戦えるとか極一部じゃん。人類の中でもバグの部類だよ」

 

「“銃規制より親父規制しろ”って言われそう」

 

 梨花がボソっと付け加える。

 

「ていうかさ」

 

 惣一郎が、画面の中でクマと取っ組み合っている“フードの男”をもう一度見て、肩をすくめた。

 

「これ、“大谷の無駄遣い”みたいなもんだよな」

 

「……は?」

 

「メジャーでホームランとピッチングしてるレベルの人材をさ。

 地元の草野球で『ピッチャーも4番もやって?』って酷使してる感じ」

 

「あー……」

 

 妙に的確なたとえに、彩女が苦笑する。

 

「世界中探してもそうそういない『素手でクマしばけるマン』を、

 “近所の熊対策”に使ってるって意味では、たしかに“大谷の無駄遣い”かも」

 

「うちとしては、“近所の熊対策”してくれるだけでありがたいけどね……」

 

 ルテアが、紙パックのジュースをストローで吸いながら言う。

 

「被害出てからじゃ遅いし。

 クマに畑荒らされて泣いてるおばあちゃん、ニュースで何回も見たもん」

 

「そうなんだよなー」

 

 惣一郎が、頭をかきながらつぶやく。

 

「クマも生きてるしお腹空いてるから山下りてくるってのもわかるし、

 でも人襲われたら終わりだし、

 “みんなハッピー”な解決って、そうそう無いんだよな」

 

「だからこそ、現場でやってる人間からしたら“生け捕りできただけで奇跡”ってことなんだろうね」

 

 愛香が、さっきの第一空挺団コメントを見ながら、静かに言う。

 

「“私クラスが3名いても困難”っていうの、

 裏返すと“それを一人でやってるこの人は普通じゃない”って意味でもあるし」

 

「親父、ガチ自衛官にも実質認定されてんのか……」

 

 梨花が、うっすら頭を抱えた。

 

「これで道場に“第一空挺団の人ですか?”とか電話かかってきたらどうしよう」

 

「“いえ、素人です”って言ったらそれはそれで怒られそう」

 

「“素人にクマしばかせるな!”って?」

 

「正論……」

 

 笑いながらも、どこかみんな真面目な顔になる。

 

 コメント欄には、まだまだ大量の文字が流れていた。

 

 クマを守れ、危険だから仕方ない、

 人間のエゴ、生活がかかってる――

 

「あーあ」

 

 彩女が、スマホから目をそらして天井を見上げた。

 

「ネットって、何についても“正しさ”の殴り合いになるよね」

 

「まぁ、クマの件は、命がかかってる分だけ余計にね」

 

 愛香が、穏やかに笑う。

 

「でも、少なくとも――」

 

 ルテアが、画面の“グッドボタン”をぽちっと押した。

 

「うちのお父さんが、“誰かを助ける側”で動いてるってだけは真実だから。

 そこだけは、ちょっと誇ってもいいかなって」

 

「……そうね」

 

 梨花も、小さく頷く。

 

「クマも、人も、両方守るなんて無理だけど。

 せめて、“今そこにいる誰か”を守るために動いてるっていうのは、知っててほしいかも」

 

「そのうち、“謎の協力者”じゃなくて、“安生流師範”って名前出たりしてね」

 

 友香の冗談に、みんなが苦笑する。

 

「やめて。道場が“熊殺し道場”とか呼ばれる未来しか見えない」

 

「それはそれで、惣一郎くんの修行先としてはぴったりじゃない?」

 

「いやだわ! 俺は素手でクマと戦う予定ねーからな!?」

 

 教室の片隅で、また笑い声が弾けた。

 

 動画サイトのコメント欄では、

 今日も“クマ”と“人間”と“正しさ”がぶつかり合っている。

 

 けれど安生道場の面々にとっては――

 そこに映っているのは、やっぱり“いつもの父”であり、

 

 そして、“ちょっとだけ誇らしいヒーロー”でもあるのだった。

 

 

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