なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

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安生道場3

 

 

 ◆ 安生道場・夕餉の時間 ◆

 

 

 夕方。

 道場の稽古が終わり、片付けも一通り済んだころ――。

 

 母屋の座敷には、湯気を立てる土鍋と、大皿に盛られた唐揚げや煮物が所狭しと並んでいた。

 卓を囲むのは、安生家の面々。李、龍、胆、そして四姉妹――梨花、友香、ユイリィ、ルテア。

 

 ついさっきまでここにもう一人、汗だくで正座していた少年がいたのだが、彼は丁寧に頭を下げて帰っていったところだ。

 

「――にょほほ、“青見”と言ったか。梨花たちの同級生」

 

 湯呑みを片手に、李がぽつりと呟く。

 

「見どころがあるの」

 

 箸を止めていた龍が、少しだけ目を細めた。

 

「ほう、父上が初日からそういうとは」

 

「うむ。体力もあるし、なにより折れん。

 ワシが少し盛ってやったメニューでも、最後まで噛みついてきおった」

 

「“少し”ねぇ……」

 

 唐揚げをつつきながら、友香が半眼になる。

 

「おじいちゃんの“少し”は、世間一般の“かなり”なんだけどさ」

 

「基準がおかしいのは、今さらだろう」

 

 胆が淡々と突っ込みながら、黙々と白米をかき込む。

 

「にょほほ。お主らは甘やかされて育ったからのう」

 

「どの口が言うんですか」

 

 梨花がじとっとした目で祖父を見る。

 

「小学校の頃、朝四時に叩き起こされて素振り千本させられたの、忘れてませんからね」

 

「千本など準備運動じゃ。

 ――まあ、それくらいは“内弟子”なら当然じゃがの」

 

「……内弟子?」

 

 梨花がぴくりと眉をひそめた。

 

 李は湯呑みを卓に置き、わざとらしく咳払いする。

 

「内弟子にしたら、伸びるだろうの」

 

 座敷の空気が、一瞬で変わった。

 

「おじい様、やめて下さい」

 

 梨花が即座に拒否した。

 

「私は彩女と喧嘩したくない」

 

「にょ?」

 

「いやいやいや。

 “安生道場の内弟子になりました”なんて聞いたら、あの子、絶対いい顔しませんよ」

 

 梨花はお椀を置いて、両手を小さく振る。

 

「あの二人の関係、今すごく微妙なバランスで安定してるんですから。

 うちが余計な油を注ぐ必要ないです」

 

「そうだね」

 

 友香が頷きながら、春巻きをもぐもぐと頬張る。

 

「彩女ちゃん、すっごい焼き餅焼きだよ。

 この前だってさ、“梨花たちと一緒にいる時間多くない?”って、ちょっと不機嫌になってたもん」

 

「……そうなのか?」

 

 龍が少しだけ興味深そうに眉を上げた。

 

「仲が良いのは悪いことではないが」

 

「“悪くない”を通り越してるんですよねぇ、あの二人」

 

 友香はニヤニヤしながら、箸で空中にハートでも描くような仕草をする。

 

「青見くんが道場に泊まり込みとかになったら、彩女ちゃん、絶対様子見に来るよ。

 “見学”って名目で、“監視”って目つきで」

 

「想像できてしまうのが困るな……」

 

 梨花がこめかみを押さえた。

 

 そこへ、静かに味噌汁を啜っていたユイリィが、ぽつりと口を開く。

 

「……あの二人の仲に、あまり波風立てるのは……」

 

 少し言葉を選びながら、彼女は続けた。

 

「正直、“面白そう”だとは思いますが」

 

「思うんだ……」

 

 梨花が呆れ混じりに突っ込む。

 

「ですが、彩女さんは“戦うために強くなりたい人”で。

 青見は、“守るために強くなりたい人”です」

 

 ユイリィの黒い瞳が、静かに卓を見渡す。

 

「方向は違いますが、軸は似ている。

 そういう人たちは――あまり、余計な不安を増やさない方がいいと思います」

 

「ふむ」

 

 龍が腕を組むように箸を置いた。

 

「お前がそう言うのは珍しいな、ユイリィ」

 

「……客観的な分析です」

 

 ユイリィは少しだけ頬を染め、味噌汁に視線を落とす。

 

 そんな中、黙って白米をおかわりしていた胆が、ぽつりと漏らした。

 

「そうなのか。残念だな」

 

「お兄様まで」

 

 すかさずルテアが横から呆れ声を上げる。

 

「お兄様、また“強い弟子候補”見つけたらすぐそれです。

 “鍛え甲斐がある”とか、“刀を持たせてみたい”とか」

 

「事実だろう」

 

 胆は悪びれもせずに言う。

 

「今日のあいつの目、途中で何度か折れかけていたが、最後にはちゃんと立っていた。

 ああいうのは伸びる」

 

「それはわかるけどさー」

 

 友香がソーセージを箸でつまみ、くるくると回す。

 

「だからって“内弟子”とか言い出すの、早すぎない? まだ初日だよ?」

 

「初日で決める男もおる。父上とか」

 

「それはそうだけど!」

 

 ルテアはため息をつきながら、レタスをもしゃもしゃと食べる。

 

「でもまぁ、たしかに……」

 

 どこか楽しげに笑う。

 

「青見くん、“ここで置いて帰ったら負けだ”みたいな顔してましたね。

 あの馬歩立ちのとき」

 

「ああ、してた」

 

 梨花が頷く。

 

「“まだいけます”って言う前に、顔が言ってました」

 

「ほう。そこまでか」

 

 龍の口元にも、わずかに笑みが浮かぶ。

 

「なるほどな。たしかに――」

 

「だからと言って、内弟子云々は保留です」

 

 梨花がぴしゃりと遮った。

 

「繰り返しますけど、おじい様。

 私は彩女と喧嘩したくないんです」

 

「にょほほ。そんなにか」

 

「そんなにです」

 

 梨花は真剣な顔で頷く。

 

「あの子、本気で怒ったら怖いんですからね?

 “なんで教えてくれなかったんですか”って、うるうるした目で詰め寄ってきますよ」

 

「それはそれで見てみたい気もするが」

 

「お父さんまで……!」

 

 座敷に笑いが広がる。

 

 李はしばらく肩を揺らして笑っていたが、やがて湯呑みを持ち上げて、一口すする。

 

「まあよい。内弟子の話は、当面、ワシの頭の中にしまっておこう」

 

「“当面”?」

 

「にょ。あやつ自身が“ここで住み込みたい”と言い出したら、そのとき考える」

 

「言い出さないでほしいですね、そのセリフ」

 

 梨花が心底からの本音を漏らす。

 

「……でもまあ」

 

 ぽつり、と小さく付け足した。

 

「今日の“基礎”を投げ出さなかったのは、評価してます。

 あれ、途中でやめても責められないレベルでしたから」

 

「それは私も同意」

 

 ユイリィがうなずく。

 

「明日も来るなら、本物です」

 

「来るよ。あの顔は、絶対に来る顔だ」

 

 友香がニヤリと笑う。

 

「じゃ、そのうち彩女ちゃんにも報告しに行かないとねー。

 “安心していいよ、あの子、ちゃんとがんばってるから”って」

 

「……“余計なこと言わないでくださいね”って、先に釘刺されそう」

 

 ルテアの苦笑に、また笑いが起きる。

 

 障子の向こうでは、夜風がさらりと庭木を揺らしていた。

 

 安生道場の夕餉は、いつも通り賑やかで、どこか温かい。

 その輪の中に、いつか本当に青見が“内弟子”として座る日が来るのかどうか――。

 

 それはまだ、誰にもわからない。

 

 けれど少なくとも、今夜の話題の中心にいた少年のことを、

 この家の誰もが少しだけ面白がり、少しだけ期待しているのは、間違いなかった。

 

 

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