「まだ、その子の教育は終わっていないの。邪魔をしないでもらえるかしら?」
その一言とともに、狂気を宿した目で、魔術師・小西須美が部屋に入ってきた。
ざわり――
その瞬間、オレの血が騒いだ。
玲子にあんな仕打ちをした女。
生命を辱めた女。
許せない。
絶対に、許さない。
オレは玲子を背中にかばいながら、懐の特殊警棒に手を伸ばした。
そこで、ようやく気がつく。
小西が片手にぶら下げているもの――スイカほどの大きさの球体。
ぽた、ぽた、と赤い液体を垂れ流すそれは。
なんだ、あれは。
視線を凝らしたオレは、息を呑んだ。
それは、オレが家で縛り上げていた雅之の生首だった。
首の切断面からは、まだ真っ赤な血が滴り落ちている。
消えた生命の名残が、地面に点々と広がっていく。
そして、その顔は――なぜか。
どうしてなのか。
ひどく、幸福そうに微笑んでいた。
「三森啓司は、素晴らしい発見をしたわ」
死者は幸福そうに笑い、生者は恐怖で凍りつく。
オレたちが言葉を失っているのを前に、小西は得意げに話を続けた。
「それは、天才の見分け方よ。
知能指数試験なんて、あんな馬鹿馬鹿しい子供だましとは違う、完全無欠の方法」
小西の声は、ねっとりとした熱に満ちている。
「ある魔道書には、人類以前の地球の歴史が記されているの。
科学的にも、魔術的にも、現代文明を遥かに超えた、幾つもの古代文明の歴史がね。
その多くは、大いなるものの気まぐれで衰退し、滅びてしまった。
でも、すべてが死に絶えたわけじゃない。
深海の底、地底の奥深く、そして時間の果ての未来――彼らはまだ、生きている。
しかもね。気づいている者は少ないけれど、私たちの社会の中にも、彼らの子孫はひっそりと紛れ込んでいるの」
そこで、小西はちらと玲子を見やり、口元を歪めた。
「三森啓司は、そんな偉大な“先人類”のひとつを見つける方法を発見したのよ。
混血がどれだけ進んでも、彼らの血は濃い。
いまでも、人間を超えた能力を受け継ぐ者たちがいる。
彼らこそ、本物の“天才”だと思わない?」
獲物を嬲る猫のような目で、彼女は玲子を見据える。
「さて、そろそろ分かってきたかしら?
この子はね、七十万年以上前――“ハイパーボリア”と呼ばれた最古の王国を築いた人類の末裔なの。
その頃、あなたたちの祖先はホモ・エレクトゥス。
分かりやすく言えば、北京原人とかジャワ原人。
やっと火の使い方を覚えた程度の、原人でしかなかったわ」
そう言って、小西は手に持つ雅之の生首を持ち上げ、その顔をしげしげと眺める。
そこには、蔑みと優越感がイヤらしく混ざった笑みが浮かんでいた。
「分かる?
彼女の血と、あなたたちの血には、それだけの差があるのよ」
恍惚とした表情のまま、小西は演説を続ける。
「これから、この子と同じ“人間”をもっと集めて、宇宙の真理を教え込むつもり。
いまの人間社会を満たしているくだらない通念を、ぜんぶ捨てさせてね。
そうすれば彼らは、真理を受け入れ、恐れることなく、それを自在に扱えるようになる。
そして、人類を超えた存在となって、その力で世界を制するでしょう。
これまでの、天才を名乗るサルが砂の城を積み上げるような“ごっこ遊び”とは違う。
血によって保証された、本物の天才による社会。
真の“選民政治”が実現するのよ」
「……選ばれた天才だのなんだの言ってるが、おまえは、ただの人間じゃないのか?」
オレが吐き捨てると、小西は小さく笑った。
見せつけるように片手を差し出し、指をぱっと開く。
「見せてあげる。これが、天才の証」
その手の指は、人差し指がやや短く、親指が異様に長く伸びていた。
はっとして玲子の手を見る。
同じだった。
つまり、小西もまた、玲子と同じ“血”の人間だということだ。
「そして――これが、天才の御技だ!」
小西の瞳が、底のない闇のようにぎらりと輝いた。