/*/ 校内新聞・本音版 /*/
「――では、お二人とも、今日はありがとうございました」
広報担当の先生が、ぺこりと頭を下げる。
ボイスレコーダーのスイッチが切られ、さっきまでの“公式感”がふっと薄れた。
「はー、緊張した……」
彩女が、椅子の背にもたれかかって息を吐く。
「原稿あったから、まだマシだっただろう」
「逆に、“間違えちゃいけない感”あって緊張したんだけど?」
そんなやり取りをしていると――。
「はーい、じゃあ次、校内新聞でーす」
視聴覚室のドアが、コンコンとノックされてから、勢いよく開いた。
入ってきたのは、ショートボブにカメラストラップを提げた先輩女子。
胸元には、手書き感満載の《校内新聞委員》バッジ。
「2年C組、東くんと安達ちゃんだよね? おじゃましまーす」
後ろから顔を出した伊集院が、軽く紹介を入れる。
「山崎瞳さん。3年で、校内新聞のエース記者。門脇くんのクラスメイトだよ」
「どーもどーも。
3年C組、山崎瞳でーす。門脇耕太と同じ檻――じゃなかったクラスに閉じ込められてます」
「今、本音漏れましたよね」
「気のせい気のせい」
ひとしきり笑いを取ってから、瞳先輩は二人の前にひょいっと椅子を持ってきて腰を下ろした。
「いやぁ~、うちのオカ研会長兼ゲー同会長がさー、
“ウチの後輩がインハイ優勝カップルなんすよドヤァ”って自慢してきてね?」
「言いそう……」
「めちゃくちゃ言いそう……」
青見と彩女が、同時にうなずく。
「で、『じゃあ校内新聞で取り上げさせろ』って押し込んできたわけよ。
というわけで、うちの変人会長推薦の2年コンビに、ちょっと“校内向けの本音インタビュー”を、ね?」
瞳先輩は、にやりと悪戯っぽく笑った。
「さっきの広報誌はね、いわゆる“外向けちゃんとコメント”でしょ?
こっちは校内限定だから、定型文じゃなくてぶっちゃけトークで良いよ~」
「ぶっちゃけ、ですか」
「そうそう。その方がセンセーショナルな記事が書けるし」
さらっと物騒なことを言いながら、瞳先輩は小さなボイスレコーダーを置いた。
さっきの先生のものより、だいぶ安っぽいが、その分なんか生々しい。
「じゃ、軽く行きましょうか。
まずは――インハイ優勝カップルの片割れ・東青見くん」
「勝手にカップル認定された」
「校内世論的にはとっくに既成事実だから安心して」
何ひとつ安心できないフォローだった。
「真面目なやつはさっき聞いたから、こっちはちょい斜めから行くね。
えー……そうだな。優勝して一番最初に“見せたかった人”は?」
いきなり、急所を突いてきた。
「……あー……」
青見は、一瞬だけ視線を宙に泳がせてから、観念したように隣をちらっと見る。
「まあ、安達……彩女ですかね」
「名字から名前に修正入りましたね今」
「やかましいな」
彩女の小突きを肩に受けながら答えると、瞳先輩は満足そうにペンを走らせた。
「はい出た、“見せたかった人は彼女です”案件。
じゃあ逆に、彩女ちゃん」
「……はい」
「優勝して一番最初に“ドヤ顔したかった相手”は?」
「言い方!」
「大事でしょ、“ドヤ顔案件”」
彩女は、ふっと笑って肩をすくめた。
「……まあ、青見ですけど」
「素直~。いいねいいね。
“互いに互いに見せつけ合う優勝トロフィー”っと」
「書き方ァ!」
伊集院が「そこまで書かないでくれると助かるなぁ」と小声でツッコむが、瞳先輩は聞こえないふりをした。
◆ 本題:レオタード問題 ◆
「じゃあ、今日の撮影絡みの質問も行こうかな」
瞳先輩が、オフっぽく足を組み替える。
「さっき広報誌のときね、レンズ越しに見てたんだけどさ。
――正直、絵面が強いのよ。剣道全国一位の男と、体操全国一位の女の子が並んでるってだけで」
「……そうですかね」
「そうだよ。
で、そこに校内新聞ならではのエッセンスを足したいわけ」
嫌な予感しかしない流れだ。
「というわけで――ぶっちゃけ質問、行きまーす」
瞳先輩が、マイクでも構えるようなジェスチャーをして、青見にぐいっと身を乗り出した。
「ぶっちゃけ青見くん、彩女ちゃんのレオタード姿どう? ドキドキしちゃう?」
ド直球すぎる。
「なっ……!?」
彩女が、反射的に背筋を伸ばす。
レオタード姿のままなので、余計に目のやり場に困る。
(ここ、“だいたい原稿通りで”って言ってくれる人いないの……?)
さっきまでの広報担当のありがたさを、青見は人生で初めて痛感した。
「え、えっと……それは、その……」
誤魔化すのか、真面目に答えるのか、一瞬だけ葛藤して――
結局、彼は、いつものように変な方向に正直だった。
「……します」
「馬鹿! 素直に答えるな!」
ガンッ。
即座に、彩女の拳骨が青見の肩に落ちた。
「いったっ!」
「もうちょっと言葉選べるでしょ!?
“選手として尊敬してます”とか、“演技が美しくて見惚れます”とかさぁ!」
「いやそれも本当だけど、“ドキドキするか”って聞かれたから……」
「正面から答えすぎなのよあんたは!!」
言い合う二人を、瞳先輩は腹を抱えて笑いながら見ていた。
「いいねぇ~今のすごくいい。
“ドキドキしちゃう? ……します。 馬鹿!素直に答えるな!”――
見出しに使えるわコレ」
「やめてくださいお願いします!!」
青見と彩女の声が、見事にハモる。
「大丈夫大丈夫、“一部脚色です”って心の中で但し書きつけとくから」
「意味ないですよねそれ」
伊集院がこめかみを押さえながら、静かに空を仰いだ。
◆ お返し質問 ◆
「じゃあ公平を期して、彩女ちゃんにもぶっちゃけ質問しよっか」
「ちょっと待ってください、今ので十分でしょ」
「ダメです。記事のバランス大事なんで」
瞳先輩は、今度は彩女にマイクを向けるフリをした。
「ぶっちゃけ彩女ちゃん、青見くんの道着姿&筋肉どう?
ドキドキしちゃう? 触りたくなっちゃう?」
「なんで“触りたくなる”までセットなんですか」
「前に女子更衣室から、『東くんの腹筋さわってみたいよね~』って声が聞こえてきたので現場感です」
「誰ですかそれ!?」
青見が狼狽える横で、彩女は一拍だけ黙って――
ちら、と横目で青見の腕と胸板を見る。
つい数時間前、プールサイドで女子達が騒いでいた光景が、頭をよぎった。
(……まあ、分からんでもないけど)
そして、つい最近。
自分だけはその腕に抱きとめられて、腰を支えられたりしたことなんかも、思い出してしまう。
「……ドキドキ、は。」
「は?」
「……しない、って言ったら嘘になるけど」
最後の方は、かなり小声になっていた。
「ほらほら、こっちも素直に答えたじゃない、いいね~」
瞳先輩が即座にメモを取る。
「“触りたくなっちゃう?”の方は?」
「そこはノーコメント!!」
「さっき人のこと殴った立場でそれはずるくない!?」
「うるさい!!」
椅子の足が、きゅっと床を擦る音がした。
◆ 校内にだけ残る“本音” ◆
ひとしきり笑いとツッコミが飛び交ったあと、
瞳先輩はようやくペンを置いた。
「よし、こんなもんかな。
あとは、門脇先輩に“いい感じに怪しい見出し”を付けさせとくから」
「なんでそこでオカ研会長が関わってくるんですか」
「うちの校内新聞、サブタイトル“オカルト寄り”って噂あるからねぇ」
「初耳なんですけど!?」
青見が頭を抱える横で、彩女はふっと小さく笑った。
「……でも、まあ」
「うん?」
「さっきの広報誌のちゃんとしたやつと、今のぶっちゃけのやつ。
両方残るなら、まあ、悪くないかなって」
その言い方に、瞳先輩は「おっ」と目を細めた。
「いいね、その一言。
“外にはちゃんとした顔を見せて、
校内にはちょっとだけ本音を残す”――
この温度差が、青春って感じするわ」
「なんか、こそばゆい言い方されましたね」
「2年生らしくていいってことだよ」
瞳先輩は立ち上がり、カメラを構えた。
「最後に、校内新聞用に2人のツーショット撮らせて。
さっきよりもうちょいラフな感じで、顔寄せてもらえる?」
「顔寄せ――」
彩女が一瞬だけ青見を見て、
青見も、ほんの少しだけ躊躇ってから、苦笑いしつつ肩を寄せた。
ぱしゃり。
「OK。いい感じ。
“インハイ優勝コンビ、校内でも話題独占中☆”って感じ」
「その☆いらないですよね」
「紙面映えってやつよ、覚えときな後輩」
ひらひらと手を振りながら、瞳先輩はドアの方へ向かう。
「じゃ、記事楽しみにしといて。
あ、校内新聞出たら、オカ研部室にも一部置いとくから。門脇がきっと祭りにする」
「ろくな祭りにならない予感しかしない……」
ドアが閉まると、視聴覚室には、さっきまでの公式な空気とは全然違う、妙にくすぐったい余韻だけが残った。
「……ねえ」
沈黙を破ったのは、彩女だった。
「なに」
「さっきの“ドキドキする”ってやつ」
「うん」
「……あとで、ちゃんと、詳しく聞くから」
「どこをどう詳しくする必要があるんだよ!?」
「うるさい、覚悟しときなさい」
そう言いながらも、その横顔はどこか楽しそうで。
写真にも、正式な広報誌にも、
校内新聞ですら書かれない温度が、そこには確かにあった。