/*/ カフェテリア女子会タイム /*/
昼休み、逢瀬学園カフェテリア。
今日も安生4姉妹のいるレジ前には、そこそこ行列ができていた。
看板姉妹の目当てなのか、唐揚げ定食目当てなのかは、もはや判別不能だ。
「はーい、唐揚げ定食ひとつと日替わりパスタですね。ありがとございまーす!」
元気に声を張るのは、次女の友香。
その隣で、長女の梨花がテキパキとトレーに料理を乗せていく。
「次、Aランチの人」
クールな声で呼ばれて、「はーい」と男子の列が一気に前進するあたり、この姉妹の影響力がよく分かる。
ひと段落ついたところで、ルテアがエプロンの紐をほどきながら言った。
「ねぇねぇ、休憩回してもいい? 彩女ちゃんたち来てるよ?」
「いいわよ。あとは私と友香で回すから」
梨花のOKが出て、ルテアとユイリィはエプロンを外してホール側へ出る。
窓際のいつもの席。
トレーを囲んで、彩女・愛香・七海がすでに女子会モード全開だった。
「彩女、こっち~!」
「お疲れさまです、看板姉妹」
ルテアがひらひらと手を振りながら近づき、ユイリィは静かに会釈して席についた。
「じゃ、揃ったところで――」
七海が、ばん、とテーブルの上に一冊の冊子を叩きつける。
表紙には、さっき配られたばかりの《逢瀬学園広報誌・夏号》の文字。
そして、その真ん中には――
「見た~? これ。広報誌!」
剣道袴姿の青見と、レオタード姿の彩女が、並んでこちらを見ている。
「……やめて」
彩女は、眉間を押さえた。
「なにその“やめて”ってリアクション。
かっこいいじゃん、全国優勝コンビ」
七海はにやにやしながら、わざとページをパラパラとめくる。
インタビューの見開きページには、それっぽいフォントで《栄冠をつかんだ2年生アスリートたち》の見出し。
「“日々の努力の積み重ねが結果につながったと思います”ねぇ~」
七海は原稿通りのコメントを、わざとらしい堅い声で読み上げた。
「やめろ。自分で言っといてなんだけど、恥ずかしくなってくるから」
「でもまぁ、外向けには正解でしょ」
愛香が麦茶を飲みながら、ぽつりと言う。
「うんうん。
“道場の仲間と、クラスメイトと、支えてくれた人達への感謝でいっぱいです”――」
ルテアが読んでから、ちらっと彩女を見た。
「これ、絶対“支えてくれた人達”の中に、彩女ちゃんピンポイントで入ってるよね?」
「えっ」
彩女がむせた。
「べつに、入っててもいいけど? っていうか、入ってなかったら逆に怒るけど?」
「愛香もサラッと爆弾投げるよね!?」
テーブルの上には、女子たちのランチが並んでいる。
日替わりサラダプレートに、唐揚げランチの女の子サイズ、パスタセット。
「彩女ちゃんのコメントの方も、なかなかの破壊力よ?」
ユイリィが、ページを指先でとんとんと叩く。
「“不安もあったけれど、いつも『大丈夫だろ』って言ってくれた東くんの言葉が支えになりました”」
「言ったなぁ、完全に名前出してるなぁ」
七海が肩を震わせる。
「ねえそれ、理事長先生に原稿チェックされたんでしょ?」
「された。
“まあこれくらいなら許容範囲かな”って言われた」
「許されたんだ、それ」
ルテアと七海が顔を見合わせて笑う。
「というかさ」
そこで、友香と梨花もエプロン姿のまま合流してきた。
「カフェテリアでも話題なんだよ? そのページ」
「そうね。
『この剣道の子、普段コンビニ袋ぶら下げて歩いてるあの人?』って確認されるわ」
梨花が淡々と言う。
「見た目とのギャップが、ね……」
彩女は、ため息をついた。
「……で?」
七海が、わざとらしく肘をついて彩女を覗き込む。
「本人としては、この広報誌、何点くらい? “外向けコメントと写真の出来”に満足してますかー?」
「なんでそんなアンケートっぽい聞き方」
「だって気になるじゃん。
全国優勝カップルとしてのセルフ評価」
「カップルじゃないっての」
「はいはい、まだ言い張るんだ」
七海はあっさり流した。
「写真は……」
彩女は、広報誌を見ながら少し黙り――
「青見、思ったよりちゃんと“剣士の顔”してたから、そこは良いと思う」
「“思ったより”って何」
「普段アホ面してることが多いから」
「フォローになってないですよ」
笑いが起きる。
「自分のレオタードの方は?」
愛香がさりげなく突っ込む。
「……正直、もうちょい撮り直して欲しかった」
「出た、アスリートのストイックさ」
「だって、脚のラインとか、自分では気になるんだってば。
変に力入ってる気がしてさ」
「いやいや、十分すぎるくらい綺麗だって」
ルテアが即答する。
「“あの安達先輩がうちの学校にいる”ってだけで、下級生の体操部の子達、希望持つよ?」
「そうそう。
さっきも中等部の子が、『本当に同じ学校なんですか……』って感想言ってた」
ユイリィが、ふわっと微笑む。
「プレッシャーかけるのやめて?」
彩女は顔を覆った。
「でもさー、外向けの広報誌は、まだかわいい方だよね」
七海が、意味ありげに言う。
「“校内新聞の方”は、もっとえげつない見出しつけられそうじゃない?」
「あ、それはちょっと……覚悟してる」
彩女が遠い目をしたところで――。
◆ 唐揚げ定食、乱入 ◆
「唐揚げ定食、大盛りひとつ。――って、あれ? お前らここにいたのか」
トレーを片手に、青見が現れた。
ご飯は明らかに大盛り、唐揚げも通常の一・五倍増し。
体育会系男子の胃袋に合わせた、完全に“戦う昼飯”仕様である。
「いたのか、じゃないわよ」
彩女が、じとっと睨む。
「なんで真っ直ぐここに来て座るのよ」
「そこに席があったから」
「登山家みたいなこと言うな」
とはいえ、トレーを持ったままうろうろされても邪魔なので、なんだかんだで彩女の隣に席が一個ずれる形でスペースが空けられた。
「お邪魔しまーす」
青見がトレーを下ろした瞬間、七海がニヤニヤ顔で広報誌を差し出した。
「ちょうど今、その“ご本人様”の話してたところなんだよねー。
インハイ優勝コンビの片割れさん?」
「その呼び方やめてくれないかな。
なんかもう一人の片割れが完全に確定してる感あるから」
「事実でしょ?」
彩女のツッコミが、妙に早かった。
「ほら、見て見て」
七海は、わざと青見の目の前で見開きページをひらひらさせた。
「“日々の努力の積み重ねが結果につながったと思います”
“支えてくれた周りの人への感謝でいっぱいです”――」
「うわその読み上げ方やめろ、なんか鳥肌立つ」
「でもさ」
愛香が、からあげをひとつ箸でつまみながら言う。
「この“支えてくれた人たち”の中に、誰がどれくらいの割合で入ってるか、本人に聞いてみたいよね」
「やめてくださいその質問は」
青見は、唐揚げを口に放り込んで強引に話題を塞ごうとした。
「ちなみに、インタビューのとき――」
ユイリィが、少し楽しそうに続ける。
「“見せたかった人は?”って聞かれて、“安達……彩女ですかね”って答えてたって、噂がもう回ってるけど?」
「なんで知ってるの!?」
青見が、唐揚げを詰まらせかけた。
「情報源:オカルト研究会会長」
七海がさらっと言う。
「門脇先輩、嬉々として話してたもん。“ウチの後輩がさぁ~”って」
「あの人、口の軽さがオカルトレベルなんだよな……」
青見が頭を抱える。
彩女はというと、隣で視線を落としたまま、耳まで赤くなっていた。
「それでさ、青見くん」
梨花が、珍しく会話に入ってくる。
「率直に訊くわ。
――このレオタードの隣に並んで撮影するの、どんな気分だった?」
ページの彩女を、すっと指で示す。
「うわっ」
当の本人が先に反応した。
「ちょっと梨花さん!?」
「純粋な興味よ。
うちのカフェテリアでも、男子の間で話題なんだから」
「“あの東くんと、あの安達先輩が並んでる”ってね」
友香もニヤニヤ笑いを浮かべる。
女子全員の視線が、一斉に青見に集まった。
「えっと……それは……」
逃げ場はどこにもない。
唐揚げ定食では、この包囲網は突破できない。
「この前、校内新聞の人にも、同じようなこと聞かれたんだけど」
「うんうん」
「そのときは、“ドキドキします”って答えた」
正直か。
「やっぱり馬鹿! 素直に答えるなって言ったでしょ!!」
彩女の拳骨が、さっきと全く同じ角度で青見の肩に落ちた。
「いってぇ! デジャヴ!」
「でも、その本音を聞いた上で広報誌見るの、なかなか楽しいわよ?」
七海が、ニヤリと笑う。
「“先生や外部の人向けには真面目コメント。
でも裏では『ドキドキします』”――
ね、ギャップ萌え」
「萌えなくていいから」
「じゃ、次、彩女ちゃんのターンね」
「なんで順番制なのよ」
「公平を期すためでーす」
七海は、今度は彩女に向き直る。
「全国優勝体操選手として、隣にいる剣道全国一位の筋肉についてひとことどうぞ。
ドキドキする? 触りたくなっちゃう?」
「現場感ぇ……」
愛香が、さっきと同じツッコミを入れる。
ユイリィとルテアは既に吹き出していた。
彩女は、しばらく黙って――
「……しないとは言わないけど」
「“しないとは言わない”いただきました~!」
七海が即座に実況する。
「“触りたくなっちゃう?”は?」
「ノーコメント!!」
「そこだけ死守するのズルいよね……」
青見は、唐揚げを噛みしめながら、どこに視線を置けばいいのか分からなくなっていた。
けれど、そんな彼の横顔を、彩女はちらりと一瞬だけ見て――
すぐに視線を広報誌の写真へ戻した。
「……まあ、いいけど」
「なにが」
「広報誌とか、校内新聞とか。
いろいろ言われるのも、こうやってネタにされるのも」
ストローでジュースをくるくるしながら、ぼそっと続ける。
「“青見と一緒なら”、まあ、悪くないかなって」
その一言に、一瞬だけテーブルが静かになった。
「……は?」
聞こえては困る当人だけが、うっかり聞き返してしまう。
「なんでもない! 忘れて!」
「忘れられるかそんなセリフ!!」
女子たちの笑い声と、食器の触れ合う音。
カフェテリアの喧騒のど真ん中で――
広報誌の中の二人は、いつまでも同じ笑みを浮かべたまま、
ページの上から、今のやり取りを見守っているように見えた。