お誘い
/*/ 二学期・お誘いは唐突に /*/
二学期が始まって数日。
蒸し暑さの残る教室には、まだ夏休みの余韻みたいな、ゆるい空気が漂っていた。
午前の授業が終わり、昼休み。
弁当箱を開けようとしていた彩女の机に、影が差した。
「彩女!」
勢いよく顔を覗き込んできたのは、同じクラスの女子・七海だった。
「ん? なに?」
「今度さ、他校の生徒集めてパーティするんだけど、参加してくれない?」
唐突すぎる一言に、彩女は箸を持ったまま固まる。
「……は? なにそれ?」
「ほらほら、交流会ってやつ? うちのクラスと、隣の進学コースと、あと他校の知り合いのツテでさ~」
七海は、どこから出したのかチラシのラフ案みたいな紙を見せてくる。
ボウリングと軽食とフリートーク、みたいな、いかにも「健全な高校生の集い」っぽい文言。
「で! 彩女と青見くんが来てくれれば、人が集まるのよ。お願い!」
「待って。情報量多い」
彩女は紙を指先で押し返しながら、冷静にツッコむ。
「まず“パーティ”って言い方やめない? それもう合コンの匂いしかしないんだけど」
「違うってば、健全な交流会だって! 先生公認だし!」
「先生、公認してんの?」
「“健全なら”って条件付きでね!」
「一番信用ならないやつじゃん、それ」
彩女が頭を抱えかけたところで、七海はぐいっと身を乗り出した。
「参加してくれたらさ、場が一気に華やぐの! インハイ優勝コンビが来るって分かれば、他校の子も『行きたい!』ってなるでしょ?」
「いやいやいや、そう言われても……」
彩女は視線を泳がせる。
七海は、畳みかけるように続けた。
「ほら、“青見くんと一緒で良いから”って話もちゃんとつけてあるから!」
「なんでそこで“青見とセット”前提なのよ」
「だって、彩女ひとりで来たら、男どもがビビるじゃん」
「失礼な」
「事実じゃん」
七海は悪びれもなく笑う。
「それにさぁ、彩女と青見くんが来てくれれば、人が集まるのよ。『優勝コンビが来るってマジ?』って、もう噂になってるんだから」
「ちょっと待って、それ話進んでない? わたし聞いてないんだけど」
「だから今、許可取りに来てるの!」
七海は、彩女の両肩に手を置いてガクガク揺らした。
「お願い! 他校の子、人数足りないの! 二人が来てくれたら、男女のバランスもきれいになるの!」
「それ青見に人が集まって、私が睨まれる展開が見えるんだけど」
彩女の脳内には、瞬時にイメージが浮かぶ。
――ボウリング場の一角。
「青見くんすごーい!」「フォームきれい!」と黄色い声。
その後ろで、腕を組んでムスッとしている自分。
(うわ、見える。めっちゃ見える)
「睨むのは彩女だけどね!」
七海が明るく断言した。
「開き直ったわね!?」
「だってさぁ、他校の子、うちの学校の噂聞いてるんだよ? “青見くんに近づくと、安達がものすごい殺気飛ばしてくる”って」
「誰のせいよそれ!?」
「※主にプールの授業と剣道大会での実績です」
七海はナチュラルに注釈を入れる。
「でも大丈夫! 逆に“彼女ポジ”として横にいてくれれば、みんな空気読むって!」
「それで空気読まなかったら?」
「そのときはほら、彩女がビシッと言えばいいじゃん。“これはわたしのだから”って」
「言った覚えは……あるけども!」
あの日のプールサイドの記憶が、鮮明に蘇る。
あれをクラスメイトに聞かれていた事実を思い出して、彩女は頭を抱えた。
「……ていうかさ」
彩女は、なるべく冷静な声を装って言う。
「なんで“青見と一緒でいいから”って条件つけるのよ。わたし単体じゃダメなの?」
「え?」
七海が不思議そうに首を傾げる。
「いや、彩女単体でも十分すぎるくらい集客力あるよ? スタイルやばいし、インハイ優勝だし、性格はちょっとアレだけど、それがいいって層もいるし」
「最後!」
「ただね~……」
七海は、人差し指を立ててニヤリと笑う。
「彩女“だけ”だと、男子の目がギラギラしすぎて危険なのよ」
「男子への信頼が地に落ちてない?」
「そこにね、“彼氏枠”として青見くんが一緒にいてくれれば、みんな勝手に“あ、ここは聖域なんだな”って学習してくれるわけ」
「誰が彼氏よ」
「本人以外、全員そう思ってるから大丈夫」
「大丈夫じゃない!」
バン、と机を叩いたところで――
「……さっきから、何の話?」
背後から、聞き覚えのありすぎる声。
振り返ると、ちょうど購買帰りのパンを片手にした青見が、半分あきれ顔で立っていた。
「お、おかえり」
「ただいま。で、なにこれ、“他校合同パーティ”?」
青見の視線が、七海の持っている紙に落ちる。
ざっと目で流し読みして、すぐ状況を把握したらしい。
「……健全なやつか、不健全なやつかだけ教えてくれ」
「健全なやつですってば!」
七海が全力で主張する。
「ボウリングして軽食食べて喋って解散! 途中で変なことやったら即退場ルール付き!」
「その観点から規定があるの怖いな……」
青見はため息をつきつつ、彩女を見る。
「で、彩女はどうしたいんだ?」
「……正直めんどくさい」
「おおう、ストレートだな」
「でも、七海に頭下げられちゃったし。他校との交流も、部活的には悪くないのかなって」
彩女は、箸をつまんだまま小さく肩をすくめた。
「ただし」
その目が、きりっと細くなる。
「青見に群がった他校女子の視線を、全部わたしが睨まれる未来が見えてるのよ」
「それはまあ……否定できない」
「でしょ」
彩女は、ぐっと七海に指を突きつけた。
「だから条件。
一つ、当日女子多めにしなさい。男だけやたら多いとか勘弁」
「善処します!」
「二つ、変なノリのゲームは禁止。罰ゲームで告白させるとか、キスを――」
「そんなの絶対やらないから!!」
七海が慌てて遮る。
廊下側の席から「何の話だ」と男子が振り向きかけて、すぐにまた騒ぎに戻っていった。
「三つ」
彩女は、最後に青見をじっと見た。
「変な子に言い寄られたら、その場でちゃんと断りなさい。
“はは……”って曖昧に笑って流したら、あとで説教だから」
「今のが一番こえーな」
「そこだけはガチだから」
睨みを利かせる彩女の横で、七海がぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ、参加してくれるってことでいい!?」
「……青見が行くなら」
少しだけ間を置いて、彩女はぽつりと付け足した。
「あたし一人で出てくのは、さすがにダルいし」
「おう、まあ……」
青見は、パンをかじりながら苦笑する。
「広報誌とかインハイとかで世話になったクラスメイトに、たまには顔立てるくらいはな」
「やったぁ!!」
七海が飛び跳ねる。
「ありがとう彩女! 青見くんも! LINEで詳細送るから、予定空けといてよね!」
勢いそのままに、七海は他の女子グループのところへ走っていった。
その背中を見送りながら、彩女はふうっと息を吐く。
「……なんか、やらかしそうな予感しかしないんだけど」
「まあ、何かあったら、その都度殴って止めればいいだろ」
「誰を」
「状況と相手による」
「変なとこだけリアリストなんだから」
彩女は呆れながらも、どこかほっとしていた。
(ま、いいか)
どうせ、青見が隣にいるなら。
睨むのは――
「睨むのは、彩女だけどな」
青見が、ぼそっと呟いた。
「は?」
「いや、“青見に人が集まって、私が睨まれる”ってさっき言ってただろ」
パンの袋をくしゃっと丸めながら、苦笑する。
「睨んでくるやつがいたら、その前に彩女が睨み返すんだろうなーって」
「……否定は、しない」
彩女は、窓の外に視線を向けた。
秋の気配が少しずつ混じり始めた空の下で、二学期もまた、騒がしくなりそうだった。