/*/ ボウリング場の開幕 /*/
土曜の夕方。
駅前のショッピングモールの中にあるボウリング場は、休日らしくそこそこの賑わいだった。
「……でかいわね」
受付前の吹き抜けを見上げながら、彩女はぼそっとつぶやく。
隣では、ラフな私服姿の青見が、手ぶらでポケットに手を突っ込んでいた。
「まあ、他校の分もまとめてだからな。七海、どこだ?」
「こっちこっちー!」
奥のソファ席から、七海が全力で手を振っていた。
その周りには、見知らぬ制服や私服の顔がちらほら。どう見ても他校勢だ。
「おー、来た来た! 優勝コンビご到着~!」
「言い方がうるさい」
彩女が眉をひそめる間に、七海が駆け寄ってくる。
「今日は来てくれてありがと! あとね、もう一組、彩女たちも知ってる顔が――」
七海がくるっと振り返った、その先。
「あ、彩女ちゃん、青見くん。こっち」
聞き慣れた柔らかい声。
松坂愛香が、控えめに手を挙げていた。
その横に――見慣れない、美少女。
ブラウスにカーディガン、ふわっと広がった膝丈スカート。
ゆるく巻いたセミロングのウィッグが肩にかかって、控えめなメイクに大きな瞳。
(……誰?)
ぱっと見、他校の女子生徒だ。
でも、愛香の隣にぴったりくっついていて、雰囲気が妙に「馴染んでいる」。
彩女が目を細めた、そのとき。
「――よう」
儚げ美少女が、いつもの間延びした調子で片手をひらひらさせた。
聞き慣れすぎた声。
「……はいストップ」
彩女は、一拍置いてからずかずかと歩み寄った。
真正面まで行って、じーっと顔を覗き込む。
長いまつ毛。
うっすら乗った色付きリップ。
耳元で揺れる小さなピアス(もちろん穴じゃなくてクリップ)。
どこからどう見ても、美少女。
――声だけが、伊東惣一郎。
「あんた、何してんの?」
開口一番、それだった。
儚げ美少女(中身・惣一郎)は、にやりと口の端を上げる。
「これでおちょくって『こんな私でもぉ~』ってやるんだ。面白そうだろ」
「面白くない」
秒で切り捨てた。
「いや、面白いでしょ!?」
惣一郎が抗議する前に、愛香が苦笑でフォローする。
「実はね、惣くん、“人数足りないなら女子一人増やせばいいじゃん”って言い出して」
「意味がわからないわね」
「で、『惣くん、化粧映えする顔してるし』って、ちょっとメイクしてみたら……」
愛香は、横の“儚げ美少女”を見て、ため息混じりに笑った。
「思った以上に完成度高くて、引くに引けなくなったっていう」
「プロデュースしたのお前か」
青見が、おでこを押さえる。
「いやいや、もったいないから今度ちゃんと写真撮らせて。……で、正気には戻った方がいいと思うけどな、惣一郎」
「いやいやいや、ここからが本番だから!」
惣一郎はふわっとスカートの裾をつまんで、一回転してみせた。
ウィッグの毛先が、さらりと揺れる。
「“えー、こんな私でもぉ~、ボウリング一緒にしてくれますかぁ?”っておちょくってさ。
“実は男でしたー!”ってネタばらししたときの、他校男子の顔よ。絶対面白いって」
「性癖歪める気満々じゃない?」
「人生には試練が必要だろ」
「お前が言うな」
彩女と青見のツッコミが、完全にシンクロした。
近くで見ていた七海が、目をキラキラさせる。
「いや、でも正直……可愛い」
「七海、変な感想やめて」
「だってさぁ、このレベルなら普通に“ちょっと人見知り気味の他校女子”って通るよ?」
七海は、惣一郎の周りをぐるっと一回りして眺める。
「メイクも綺麗だし、脚も細いし……ねえ愛香、どこまでやったの?」
「ベースと目元と、ウィッグと服のコーデくらいだよ。惣くん、元が中性的だから」
「誉めてんのかそれ」
「誉めてるよ。わたしの惣くん、誰が見ても可愛いでしょ?」
愛香は、さらっと所有権を主張した。
「……“わたしの”って言うとこ、サラッと流せないんだけど」
彩女が小声でツッコむと、青見が肩をすくめる。
「まあ、そこは今さらだろ」
惣一郎はというと、「わたしの惣くん」呼びにまんざらでもなさそうに、ニヤニヤしていた。
「というわけで、“儚げ系他校女子・ソウコちゃん”(仮)参戦だ」
「勝手に名前生やすな」
「いいじゃん、“惣子”」
「やめなさい」
とはいえ、ここまで仕上がってしまっている以上、今さら男子制服に戻させるのも微妙に手間だ。
七海が、ぱんっと手を叩いた。
「よし、じゃあ“伊東惣一郎(女装)”ってことは内輪だけの認識にしておこう。
他校勢には、“愛香の友達で他校の子”って紹介するから!」
「雑な設定!」
「どうせ途中でバレる前提でしょ?」
彩女が半眼で突っ込む。
七海は親指を立てた。
「でもその瞬間の空気、絶対面白いから!」
「主催者が言うセリフじゃないのよ、それ」
そこへ、他校組らしき男子グループが近づいてきた。
「七海さーん、そろそろ受付しないと……あ、もしかして今日来るっていう――」
彼らの視線が、一斉に“儚げ美少女”へ向かう。
目を丸くする者。
さっと視線をそらして耳を赤くする者。
分かりやすい。
(……あー……これは)
彩女は、未来の混乱を予感して頭を抱えかけた。
その横で、惣一郎(外見:儚げ美少女)は、胸の前で指をもじもじさせる仕草まで込めて、ふわっと笑った。
「あの……わたし、松坂さんの友達で……今日は、よろしくお願いします……」
声まで半トーン上げやがった。
「小慣れてるな、おい」
青見が即座に低い声で突っ込む。
他校男子たちは、一瞬でやられたようだった。
「よ、よろしくお願いします!」
「すげぇ、可愛い子来たな……」
「え、年下? 同い年? どこの学校?」
ざわつく男子陣。
その背後で、愛香がにこにこしながら、ほんの少しだけ目を細めた。
その笑顔の奥に、氷みたいな冷たいものがちらりとのぞいているのに気づくのは、たぶん青見と彩女くらいだ。
(……あーはいはい。惣一郎に変なのがくっついたら、問答無用で“処理”するモードね、これ)
彩女は、心の中で「ご愁傷さま」とだけつぶやいた。
◆ それぞれの「参戦モード」 ◆
「じゃ、チーム分けするから、名前書いてってねー!」
七海の号令で、参加者たちがぞろぞろと受付カウンター前に集まっていく。
エントリーシートの端には、簡単なチーム分け用の欄があった。
「惣くん、名前どうする?」
「カタカナで“ソウコ”にするか」
「本気でやるんだ……」
愛香は少しだけ困ったように笑いながら、ペンを取った。
「でも、いいの? 本当に他の人にあんまり見られたくないなって、ちょっと思っちゃう」
「ん?」
「だって、綺麗だし」
さらっと言って、俯く。
「惣くん綺麗すぎて、なんか、独り占めしたくなっちゃう」
「お前はたまに爆弾投げるよな……」
惣一郎は耳まで赤くなりながら、わざとらしく咳払いした。
「ま、今日は“このレベル”見せつけてやって、“でも彼氏います”ってオチつけるから安心しろって」
「ふふ。じゃあ、ちゃんと“彼氏”の隣、キープしておくね」
愛香は、惣一郎の腕にそっと自分の腕を絡めた。
その様子を見て、他校男子の数人が「あれ?」という顔をする。
(流石に、“察しのいいやつ”は出るか)
青見は、微妙に気の毒になりながらも、どこか楽しそうにその様子を眺めていた。
「で、お前はどうするんだ、彩女」
「何がよ」
「睨む準備」
「もう出来てるわよ」
即答だった。
「変な子が青見にくっついたら、まず目で落とす。
それでもダメなら言葉で牽制。
それでもダメなら、ボウリングの玉ぶつける」
「最後だけ物理なのやめろ」
「冗談よ」
と、言いつつ。
彩女の目は、最初からちゃんと「青見の周りに集まりそうな気配」をチェックしていた。
七海が配るチーム分け表をちらっと覗く。
「うちのレーン、青見、わたし、愛香、惣子(仮)、あと他校女子二人ね」
「“惣子(仮)”って書くな」
「バランス良いんじゃない? ……たぶん」
「“たぶん”ってつけるのやめてくれる?」
そんなこんなで――
インハイ優勝コンビ+女装美少女+中身が地獄の幼馴染、というカオスなメンツを抱えた交流会は、
まだ始まる前から、確実に一筋縄ではいかない空気をまとい始めていたのだった。