そう言うと、小西は無造作に、手にぶら下げていた雅之の生首をオレの足元へと投げつけた。
べしゃり、と嫌な音がして、すぐさまその生首から、青白い炎が噴き上がる。
炎はスッと伸びあがり、人の身長ほどもある細長い火柱になった。
小西は、その揺らめきをうっとりと眺めると、満足げに微笑み、両手で複雑な印を組み上げる。
そして、呪文を詠唱し始めた。
「ふんぐるい・むぐるうなふ・くとぅぐあ・ふぉまるはうす・んぐあ・ぐあ・なふるたぐん・いあ! くとぅぐあ」
呪文の響きに応じるように、生首から立ち上る青白い炎が一瞬、ふっと短くなった。
代わりに、小西が差し出した掌の前に、今度は黄色い炎の塊が、ぼうっ、と生まれ、ゆっくりと膨れあがっていく。
「さあ、生きた炎に、燃やし尽くされるがいい!」
黄色と赤の光に顔を照らされながら、小西は勝ち誇った笑みでオレたちを嘲った。
首の後ろが、じりじりと焼けつくように熱い。
――まずい。
あれは、まずい。
あれに飲み込まれれば、間違いなく死ぬ。
逃げなきゃならない。
このままでは殺される。
「……ごめんなさい……」
かすかな声に振り返ると、玲子がそこに立っていた。
大粒の涙をぽろぽろとこぼしている。
泣いている。
どうして。
助けに来たオレが、玲子のせいで殺される――そう思っているから。
自分のせいだと、信じ込んでいるから。
だから、泣いている。
助けに来たのに。
オレは、玲子を泣かせている。
オレが、泣かせた。
胸の奥で、なにかがぷつんと切れた。
……あたまにきた。
どうして、泣く。
オレは自分のためにも、ここに来た。
それなのに、玲子はオレのために泣いている。
どうしてだ。
あいつが、オレを殺そうとしているから。
オレが殺されそうだから、泣いている。
――どうする。
どうすればいい。
答えは、ひどく単純だった。
なんてことはない。
アイツが玲子を泣かすなら――
オレがアイツを殺せばいい。
振り返ったオレは、そっと指先で玲子の涙をぬぐった。
ハンカチは、さっき犬の手当てに使ってしまっていた。
「……もう、泣くな。
オレは、それを止めに来たんだからさ」
喉が焼けつくように乾いて、うまく言葉が出ない。
それでも、どうにか絞り出す。
左手を懐へ伸ばし――振り向きざま、一閃。
腰をひねり、全身の回転力を乗せて振り抜いたタクティカル・ナイフが、一直線に小西へと走る。
膨れあがった黄色い光球を斜めに裂き、殺到する刃。
だが、小西の胸元に届く寸前――
ナイフは、何か目に見えない壁にぶつかったように、カチリと弾かれ、その場に落ちた。
カラン、と金属音が床を転がる。
小西の口元に、心底オレをあざ笑うような笑みが浮かぶ。
オレをバカにするのは、まだいい。
だが、玲子の、かすかな希望までも踏みにじるその笑みだけは、許せなかった。
ナイフを投げた瞬間には、もう身体は前へ出ていた。
床を蹴って滑るように踏み込み、残り二メートルを一歩で詰める。
腰のホルスターから特殊警棒を引き抜き、一気に打ち伸ばす。
八十センチ近くまで伸びた鋼の棒を両手で構え、大上段から全力で振り下ろした。
手加減なんて一切していない。
人生で一番の踏み込みと振り下ろし――たとえ木刀でも、人の頭ぐらいなら粉砕できる一撃だ。
腕で受けても、骨ごと叩き折り、そのまま頭蓋ごと砕けるはず。
そして――
それもまた、小西の頭上で、見えない何かに受け止められた。
確かに打ち込んでいるのに、手応えがない。
硬いものを殴った感触はあるのに、小西の身体は微動だにしない。
ほんとうに、心の底からオレを嗤う小西の笑み。
怒りで、歯ががちがちと鳴った。
構うものか。
オレは、警棒を振りかぶり直し、立て続けに打ち込んだ。
頭、肩、胴、足。
叩けるところは片っ端から、何度でも。
見えない壁に弾かれようが、関係ない。
滅多打ちにするように、オレはひたすら打ち続けた。