/*/ 最初の勇者、散る /*/
じわ……じわ……。
ドリンク片手に逢瀬レーンへ近づいてくる他校男子の足取りは、
明らかに「行くか? いややめとくか? でも行かなきゃ一生後悔するやつじゃね?」という葛藤を背負っていた。
(行った……!)
遠巻きに見ていた七海が、机の下でガッツポーズをつくる。
(頑張れ、無名の勇者……!)
逢瀬レーン側では、ちょうどフレームの切り替わりで全員がベンチに座っていた。
青見はマイボール(※貸出だけど)を拭きながらスコア表を眺め、
彩女はストレッチがてら軽く指を回している。
愛香と“ソウコ”は、並んでペットボトルのキャップをいじっていた。
その前で、勇者が――立ち止まる。
「あ、えっと……」
声が裏返りそうになるのを、ギリギリで踏みとどまった、という顔。
顔立ちは悪くない。
背もそこそこ高い。
スポーツバッグからして、多分サッカーかバスケのどっちか。
(あー、真面目そうでいい子そうじゃん)
七海が勝手に点数をつけている間に、逢瀬側が一斉に顔を上げる。
「なに?」
真っ先に反応したのは彩女だった。
“なにか?”という、少しだけ警戒の混じった目線。
「ひっ」
勇者の肩が一瞬ビクッと跳ねる。
(あ、ダメだ。最初に安達の目線もらうの、初心者には難易度高い)
七海が心の中で頭を抱えた、そのとき。
「――どうかしました?」
柔らかい声が、横から割って入った。
愛香だった。
さっきまでソウコと話していたのを中断し、にこっと微笑む。
勇者の視線が、自然とそちらへ移る。
「え、あ、その……」
(あ、こっちも可愛い……)
脳内でポイントが加算されているのが顔に出ていた。
「あの、隣のレーンの、○○高の、佐伯って言います」
名乗った。えらい。
「さっきから、みなさんすごいなって思って……その、もし良かったら、一緒にちょっとお話とか、どうかなって……」
しどろもどろになりながら、精一杯の勇気を振り絞っているのが分かる。
(おおー、ちゃんと“話しませんか”ルートから来た)
七海がさらに机の下で拍手する。
逢瀬側の視線が、それぞれ動く。
青見は「はは」と苦笑いしつつ、ちらっと彩女を見る。
彩女は、「どうする?」と目で聞き返してくる。
(まあ、交流会だしな)
青見は「おれに振るなよ」という顔をしながら、ひとつ咳払いした。
「別に、話すだけならいいんじゃないか?」
「そうね。変なことしなきゃ」
「変なことって何だよ」
「自覚ある?」
「ない」
ふたりのやり取りは、勇者の耳にはあまり入っていない。
彼の視線は――
ずっと、ソウコに向いていたからだ。
さっきから、スコア表を見つめていたソウコ(惣一郎)が、
ようやく顔を上げる。
ウィッグの前髪が、ふわりと揺れて、
大きめの瞳が、少しだけおどおどしたように佐伯を見る。
「……えっと」
声は、いつもより半トーン高い。
(キタキタキタキタ!!)
中身・惣一郎は、内心でガッツポーズしながら“儚げ女子モード”を最大限に引き出す。
「あ、あの……わたしで、いいんですか?」
「ッ……!」
佐伯の肩が、目に見えて跳ねた。
精神的ダメージ(?)を受けている。
「え、い、いや、その……
さっきから、楽しそうに話してたから……あの、もし、よかったら……」
ここで、彼は一瞬だけ愛香を見る。
“もしかして彼氏いる?”チェック、らしい。
愛香は――にこにこしている。
(笑顔で殺傷力高いな……)
七海が遠くで感心しているとも知らず、愛香は穏やかに口を開いた。
「ソウコちゃん、人見知りだから、声かけてもらえて良かったね」
「え、えへへ……」
ソウコは、頬に手を当てて照れたふりをする。
佐伯のHPが、ガクンと削れた。
「あ、あのっ!」
勢いで叫んでいた。
「よ、良かったら、このあと……みんなで、軽く飲み物とか、どうかなって!」
「もう飲んでるけどね」
彩女が、手元のドリンクをちょいと掲げながら小声で突っ込む。
青見に肘で軽くつつかれて、しぶしぶ口をつぐんだ。
ソウコは、少しだけ視線を泳がせてから――
「……ごめんなさい」
申し訳なさそうに、首を振った。
佐伯の顔が、一瞬で固まる。
「え、あ、その――」
「わたし、その……」
ソウコは、おずおずと隣を見る。
そこには、いつの間にか距離をつめていた愛香がいた。
すっと、ソウコの手を取る。
「彼氏、いるので」
さらっと言った。
佐伯の脳内で、何かが爆発した。
「えっ」
愛香は、ソウコの腕に自分の腕を絡めたまま、柔らかく微笑む。
「ごめんなさいね。
ソウコちゃん、惣くん――いえ、わたしの惣くんなんです」
(言い方ァ!!)
中身・惣一郎は、心の中で全力でツッコんだ。
(“惣くん”って言った、今、“惣くん”って!!)
当然、佐伯にはそこまで聞き取れない。
彼の耳に届いたのは、
「ソウコちゃん」と「わたしの」と「惣――」くらいの断片で、
脳内変換された結果――
(彼女、彼女持ち……!?)
(いや、“彼女”どころじゃない、“惣くん”って、完全に恋人呼びだろ……)
(まさかの百合カップルだったぁ!?)
という結論に至っていた。
隣レーンの友人たちが、「どうだった?」と目で聞いてくる。
佐伯は、首を横に振った。
――そっと、親指を立てて。
(撃沈。だが悔いなし)
その背中を、七海が遠くから見送る。
「……勇者、即死」
「でもちゃんと勲章持って帰ったね」
同じクラスの女子が、隣でくすくす笑った。
「優秀な偵察結果:“儚げ女子、彼氏(?)持ち”」
「(?)大事」
逢瀬レーン側では。
「お前なぁ……」
佐伯が去っていくのを見送りながら、青見が呆れた声を出した。
「完全にフッた形になってるじゃないか」
「仕方ないでしょ。惣くんに変なのくっついたら困るもん」
愛香は、悪びれもせずソウコ(惣一郎)の腕を抱きしめる。
「“惣くんはわたしの”って、ちゃんと言っておかないと」
「人前でサラッと言うなっての……!」
惣一郎は耳まで赤くしながら、しかし腕を振りほどきはしなかった。
「でもまあ……」
彩女が、隣レーンをちらっと見る。
「他の子たち、普通に交流進んでるし。
逢瀬枠は、これはこれで“触っちゃいけないエリア”って認識されたんじゃない?」
「隔離されてるみたいに言うな」
「実際ラスボス部屋みたいなもんでしょ、ここ」
七海が、いつの間にか背後に現れて、会話に混ざった。
「でもねー、“ラスボス部屋”に一番近づいてくれるのって、結局、身内なんだよねぇ」
そう言って、にやりと笑う。
「他校勢はあれでいいの。
私は、逢瀬4人組のわちゃわちゃを一番前の席で見られれば、それで満足だから」
「動機がどんどん悪質になってない?」
「褒め言葉ありがと」
七海は軽く手を振ると、「さ、次のフレーム行くよー!」と場を仕切りに戻っていった。
ボウリング場のざわめきは、そのまま続いていく。
他校同士のLINE交換や、ゲームで盛り上がる声。
それとは少し違う温度で、逢瀬レーンの4人もまた、自分たちなりの距離感で、賑やかな時間を過ごしていくのだった。