甘いパフェの山が少しずつ崩れていくころ、話題は自然と「タイプ」の話になっていった。
「でもさー」
グラスの縁をスプーンでちょんちょんつつきながら、友香が口を開く。
「僕、常駐警備の桜竜樹さん、あの人良いと思うんだよね」
「桜さん?」
彩女が瞬きをする。
逢瀬学園の校門や行事でよく見る、無愛想だけど仕事はきっちりの警備員。
分厚い防寒ジャンパーを着ていても分かる、ゴツい肩と腕。
「背も高いしさ。たしか百九十六センチでしょ?」
「そんなあったっけ、あの人」
「あったはず。前に職員室前の身長計で測らされてたって噂聞いたもん」
友香は妙に誇らしげに続ける。
「身体もガッチリ鍛え込んでるしさ。
背が高いだけじゃなくて“厚み”があるの、あれポイント高いんだよね。
守ってくれそう感がある」
「分かるわ、それは」
梨花があっさり頷いた。
「私も、ああいう“ちゃんと鍛えられた大人の男の人”は嫌いじゃないわ。
……まあ、完全に年齢アウトゾーンだけど」
「え?」
ルテアがストローをくわえたまま首をかしげる。
「ボク、そんなアウトってほどでもないと思うけどな。
桜さん、二十四くらいでしょ? うちら十七だから、七歳差じゃん」
「七歳差って、普通にデカいでしょ」
「でもさ」
ルテアは指を折りながら、さらっと続ける。
「学校卒業すれば十九でしょ? そのとき桜さん二十六。
一年経てば社会人同士で二十対二十七。なら、別に“アウト”ってほどじゃないと思うなー。
よくある範囲じゃない?」
「……言われてみれば、そうね」
梨花が、少しだけ考えるように眉を寄せた。
「しかも桜さん、理事長と同期なんだよね?」
横から友香が補足を入れる。
「僕、この前先生から聞いたもん。
“あの二人は昔から背高コンビで有名だった”って」
「ってことは」
ユイリィがストローをくるくる回しながら、くすっと笑う。
「理事長も、そんな若さなんだよね。見た目の落ち着きでもう少し上かと思ってたけど」
「そう言われると、そうね」
梨花の口調が、ほんの少し柔らかくなる。
「兄さんと違って定職についてるのもポイント高いわ。
同じ“百九十オーバー”でも、フラフラしてるのと、ちゃんと給料もらってるのじゃ雲泥の差よ」
「お兄さん、ジムと道場と家をぐるぐるしてるイメージだもんね」
彩女が苦笑する。
「安生家の“標準”が世間からズレてるのはよく分かった」
「理事長もやたら背が高いのにね」
友香が、今度はストローをくるくる回す。
「百九十八センチだっけ? 数字だけ聞くと“うお”ってなるけど、
桜さんと比べると、ちょっと厚みが足りないよね。細長いっていうか」
「あー……」
彩女の脳内に、伊集院理事長の姿が浮かぶ。
スーツの上からでも分かる、モデルみたいなシルエット。
確かに高い。高いけど――
「なんか、“でっかい優男”って感じよね」
「それ!」
友香がパッと指を鳴らす。
「僕が言いたかったのそれ。
桜さんは“盾”って感じだけど、理事長は“ハイブランドのコート掛け”みたいな……」
「例えがひどいわ」
ユイリィが吹き出す。
「でも、イメージとしては分からなくもないわね」
ストローを唇から外し、少し首をかしげる。
「そう考えると――」
そこで、意味ありげに間を置いた。
「惣一郎くんは、同じ血筋なのに、随分小柄ですね?」
テーブルの空気が、またほんの少しざわついた。
「おー、核心突いてきた」
友香がニヤニヤする。
「だってさ、理事長が百九十八でしょ? 前理事長――おじい様もそれぐらいなんでしょ?」
「百九十オーバーって聞いたわね」
梨花が頷く。
「私たちの道場にも時々来るけど……壁みたいよ、あの人」
「なのに惣一郎ちゃんは百六十ちょい、なんだっけ?」
ルテアが指を折りながら言う。
「ボクよりも低いんだよねー。可愛いけど」
「惣くんはそれで完成形だからいいの」
即座に割り込んだのは、愛香だった。
スプーンを持つ手がぴくっと止まり、瞳だけがきゅっと細くなる。
「これ以上でっかくなったら、抱きつくとき大変だし」
「基準そこ?」
彩女が思わずツッコむ。
(……でも、分からなくもない)
惣一郎の身長は百六十三センチ。
並ぶと、愛香との身長差は“ちょうどいい”くらいだ。
ぎゅっと抱きついても、無理に腕を伸ばさなくていい距離感。
――そして、本来ならもっと伸びたかもしれない、という事実を知っているのは、
このテーブルの中で愛香だけだった。
(……ごめんね、惣くん)
心の中でだけ、愛香はそっとつぶやく。
その顔は、外から見ればただ“惚気混じりの笑顔”にしか見えない。
「でもさ」
友香が、面白がるように肩をすくめた。
「同じ血筋で、理事長と前理事長が二メートル近くあって、
桜さんみたいな“壁”も周りにいるのに――
本人は中性的細マッチョって、ギャップポイント高すぎない?」
「惣一郎くん、華奢ってほどじゃないけどね」
ユイリィが補足する。
「私、体育のときたまたまTシャツ姿見たけど、
ちゃんと筋肉はあるのよ。細いけど、ちゃんと“ついてる”感じ」
「そうそう」
梨花も頷いた。
「うちに来たとき、ミット持たせたことあるけど、
打ち込む瞬間の踏み込みとか、全然ヘタじゃなかったわよ。
あれで本気で鍛えたら、すぐ形になる体つきだと思う」
「だから、あれは“素材をわざと残してる系男子”なんだよ」
友香が勝手な結論を出す。
「今はひょいっと逃げ足早い甘えん坊属性で、
大人になったら“実は脱いだらすごいんです”路線に移行する予定」
「勝手に進路決めないであげて」
彩女が呆れ混じりに言う。
「惣一郎くんは今のままでいいの」
愛香が、はっきりと言い切った。
「わたし、あの身長と、あの体つきが好きだから。
惣くんが、惣くんでいてくれるなら、それでいい」
一瞬、テーブルが静かになる。
「あー……」
ルテアが、顎に手を当ててニヤニヤした。
「出ましたー、ラブ甘本気モード。
“遺伝子がどうとか知らない、惣くんは今のサイズで完成形です宣言”」
「いいじゃない」
ユイリィが、ふわっと笑う。
「私たちが“背の高い男の人がいい”って言ってるのと同じで、
愛香ちゃんは“惣一郎くんがいい”って言ってるだけだもの」
「……そういうこと」
梨花も、どこか納得したように頷いた。
「血筋がどうとか、平均身長がどうとか言っても、
最終的に“隣に立ってほしいのが誰か”って話になるのよね」
「そうなのよ」
愛香は、少し照れたように笑って、残りのパフェをすくった。
「惣くんが、惣くんのまま笑っててくれたら、
背は百六十三でも、百八十三でも、たぶんわたし、同じこと言ってると思う」
「……はい、ラブ甘過多で虫歯になるやつ入りましたー」
友香が大げさに頭を抱える。
「ツン(デレ)甘担当の彩女ちゃんも、なんか言っとく?」
「言わない」
即答。けれど、口元にはどうしても笑みが浮かんでしまう。
(……まあ、分かるけどさ)
背の高さとか、鍛え方とか、血筋とか。
そういう話で盛り上がれるのは、
きっと“今が平和だから”だ。
沈み口に、またいつ“何か”が顔を出すのかも分からない。
四十九囲区の道路十字が、どのタイミングで軋みを上げるのかも分からない。
それでも――
今この瞬間、
カフェのテーブルの上で交わされているのは、
背の高い男の人の話と、
ちょっと小柄な幼なじみの話と、
どうでも良さそうで、実は誰かにとってはとても大事な「タイプ」の話だった。
グラスの氷が、カランと小さく鳴った。