死ななくて強いキャラが良いというので最初から変な奴です。
敗者の街で花咲く恋もある
/*/ 敗者の街で、初恋と入門届 /*/
逢瀬学園の、昼休みのカフェテリアはいつもざわざわとうるさい。
そのざわつきの中心に、たいてい安生4姉妹がいる――と、火鳥勇吾は最近学んだ。
「いらっしゃいませー、日替わりあと三つでーす」
170cmの友香が、笑顔でトレーをさばきながら声を張る。
173cmの梨花は無駄のない動きで料理を並べ、
176cmのユイリィはお盆を落としそうな一年生をさりげなくフォローし、
174cmのルテアは「大盛りいきます?」と悪戯っぽく笑っている。
営業スマイル。
とはいえ、それは「売り物」の笑顔だと、誰かが言っていた。
けれど――勇吾には、そんな区別はよく分からない。
(……まぶしい)
185cmの身体を、妙に窮屈そうに縮めて列に並びながら、勇吾はぼんやりそう思った。
ミネルヴァ・コーポレーションの実験室。
白い壁とガラスと、無表情な研究員たち。
母の胎内から脱出するときに、すべて燃やした。
そのどこにも、「あんなふうに笑う人」はいなかった。
「はい、日替わり。スープは熱いから気をつけてね」
トレーを渡すとき、ユイリィがふわっと微笑む。
ほんの一瞬、銀色のまつ毛の影から勇吾の目を覗きこむような角度になる。
ばくん、と心臓が跳ねた。
「……っ」
声が出ない。いつも出るはずの言葉――「ありがとう」がどこかへ飛んでいく。
「次の人どうぞー」
列が流れ、勇吾はトレーを持ったまま、数歩よろよろと離れた。
(な、なんだこれ……)
胸の奥が変に熱い。
全身から血が引いているのに、耳の先だけ妙に火照る。
火を出そうとしたわけでもないのに、指先に、うっすら熱の感覚が滲んだ。
(炎症? 敵性反応?)
ミネルヴァ式の思考が顔を出す。
すぐさま、その仮説を否定したのは――同じテーブルから聞こえた声だった。
「おーい、勇吾ー。こっち空いてるぞ」
手を振っているのは惣一郎。
その向かいに、いつものように落ち着いた顔で座っているのが青見だ。
勇吾は、なんとか足を動かして二人のところへトレーを置いた。
「……顔真っ赤。どうした?」
青見が、少しだけ目を細める。
「熱、出た?」
「違う。あれは、なんだ」
「どれだよ」
惣一郎が笑う。
「カフェテリアの飯?」
「いや。あの四人」
勇吾は、無意識のうちに、安生4姉妹の方向をじっと見つめていた。
「見るな見るな、バレるだろ」
「もうバレてるだろ」
惣一郎と青見が揃ってツッコむ。
「……お前さ」
惣一郎が箸を止めて、ニヤッとする。
「もしかして安生4姉妹、誰か好きになった?」
「すき……?」
勇吾は、初めて聞いた言葉を反芻するみたいに口の中で転がした。
心臓がさっきより、さらに速く鳴る。
「たぶん、そうだな」
「自覚はやっ」
惣一郎が吹き出した。
「普通もうちょい“気のせいかな”って否定から入るだろ」
「否定する理由がない」
勇吾は、まるで研究発表の結論みたいに淡々と言う。
「視界に入った瞬間、胸部に痛覚に似た圧迫感。
頬が熱くなる。動悸。思考が乱れる。
記録と照合――これは、ミネルヴァで読んだ“恋愛感情”の症例と一致する」
「文献ベースで恋に落ちるな」
青見が、小さく咳払いをしてから言った。
「で、誰なんだよ。四人いるだろ」
「……全員だ」
「欲張りセットきたー!」
惣一郎が机をバンバン叩く。
「お前、よりによって安生家フルコンプ狙うなよ!」
「選べない」
勇吾は真顔だ。
「全員背が高くて、訓練されていて、笑う。
ボクの“好ましい対象”の条件をすべて満たしている」
「条件って言い方やめろ、余計ヤバいから」
惣一郎が頭を抱える一方で、青見は少し考えるように指を組んだ。
「……まあ、安生家の好みは、だいたい決まってるぞ」
「知っているのか」
「向こうがそういう話してるの、ちょいちょい聞くからな」
青見は肩をすくめた。
「自分より背が高くて、兄さんや親父みたいに鍛えてあって、頼り甲斐がある男。
できれば、ちゃんとした定職についてるやつ、って感じだ」
「ふむ」
勇吾は即座に計算を始める。
「ボクの身長は一八五。条件クリア」
「最初から高ぇんだよな、お前」
「筋肉量は、兄や父と比較して不足。鍛錬が必要」
「そういうのは比べなくていい」
「問題は、定職だな」
勇吾は真剣な顔で続けた。
「ミネルヴァ・コーポレーションの設備をもう一度乗っ取って、経営権を奪えば――」
「ダメ」
青見と惣一郎、そして背後からすっと現れた第三の声がハモった。
「それは真っ先にダメな方向だから」
トレーを片づけ終えた氷室英が、いつもの柔らかい笑みを浮かべて立っていた。
「また物騒な発想してるね、勇吾くん」
「英」
勇吾は、少しだけ背筋を伸ばす。
「ボクは安生家の誰かと結婚するために、条件を満たす必要があると判断した」
「話が飛躍してるのは、相変わらずだね」
英はくすっと笑った。
「でも、“誰かのことを好きになるから、自分を鍛えようとする”のは、悪くないよ。
己の意志がそこにあるなら、ボクは応援する」
そう言って、勇吾の頭をぽん、と軽く叩く。
「で、どうするつもり?」
「青見。ボクが、お前のような身体になるには、どのくらい鍛えればいい?」
勇吾は真っ直ぐに尋ねた。
青見は少しだけ考え、真面目な声で答える。
「真面目にやって、二、三年かな。
安生道場に入って、ちゃんと基礎からやれば、十分変われる」
「安生道場……」
勇吾の目が、炎の芯みたいにきらっと光った。
「英。ボクは安生道場に入門したい」
「いいんじゃない?」
英はあっさり頷いた。
「月謝はボクが出すよ。
勇吾くんが“自分の意志で選んだ道”なら、その初期費用を出すくらい、保護者としての仕事だからね」
「感謝する」
「ただし」
英の声色が少しだけ変わる。
「定職については、ちょっと真面目に考えようか。
ボクの仕事、君をそのまま弟子にすると、世間的にはあんまり“堅気”じゃないからね」
「じゃあ、世間をボクの方に合わせれば――」
「そういう発想が、SAN値ゼロなんだよ」
英は微笑んだまま、はっきりとツッコんだ。
「人間として生きるって決めた以上、“人間社会のルール”も覚えようね。
まずは、道場と学校、そしてバイトからかな」
「了解した。人間社会プロトコルを更新する」
「その言い方やめなさいって」
惣一郎が笑い、青見が肩をすくめる。
カフェテリアの向こうでは、安生4姉妹が片づけに回り始めていた。
勇吾は、その背中をもう一度だけ見つめる。
(見てろよ)
胸の奥で、炎がゆっくりと灯る。
(ボクは二、三年で、条件を全部満たす)
敗者たちが流れ着く街・郡山。
その片隅で、ミネルヴァの逃亡実験体は、
初恋と一緒に、新しい修行を始めることにしたのだった。