なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

184 / 240
一か月

 

 

/*/ 一か月後の肉体と質問 /*/

 

 

 内弟子になって、一か月。

 

 朝はランニングから始まり、道場の掃除、朝稽古。

 学校から帰れば補強とミット、型、組手。

 夜は風呂と晩飯のあとにストレッチと軽い調整。

 

 その生活を、火鳥勇吾は一日も抜かさず続けていた。

 

 結果――

 

「……すげーな、おい」

 

 ある日の夕方、ミット稽古のあと。

 

 道場の端でシャツを着替えようとした勇吾の背中を見て、胆が素直に呻いた。

 

 肩幅。僧帽筋。背筋の隆起。

 腹部はうっすら割れていたものが、もう完全に“板チョコ”状態になっている。

 

「普通はな、一か月でここまで筋肉は成長しねぇんだぞ」

 

 胆は、感心と若干の呆れを半々にした声で続ける。

 

「ざっくり言うと……普通の一年分は成長してる」

 

 ミネルヴァ由来の肉体マトリクスと、

 英が用意した計算済みの栄養・サプリメント・プロテイン。

 そこに、安生道場の“フルコース”が合わさった結果だ。

 

 勇吾は、タオルで汗を拭きながら振り返った。

 

「適応した」

 

「一言で言うなよ、そこ」

 

 胆は苦笑しつつも、もう一度視線で全身をチェックする。

 

「でもまあ、バランスは悪くねぇな。

 無駄にムキムキってより、“動ける筋肉”って付き方してる」

 

「李が、“柔らかく使えるように付けろ”と言った」

 

「じいちゃんの言うことちゃんと聞いてんだな」

 

 その時、勇吾がふと、真顔のまま口を開いた。

 

「オレ……じゃない、ボクは」

 

 言い直しながら、真剣な眼差しで胆を見る。

 

「ボクは、姉妹に好かれるか」

 

「……そこ来るか」

 

 胆は、バスタオルを肩にかけたまま、ぽりぽりと頬をかいた。

 

「身体、ここまで作った。

 安生家の好みに近づく為の条件――背の高さ、鍛えられた身体。

 それは満たされつつある。

 だから、ボクは姉妹に好かれるか?」

 

 勇吾の問いは、いつもの理屈っぽさを含みつつも、どこか不安げだった。

 

 人の好意にも悪意にも敏感で、

 それゆえ傷つきやすい、実年齢二歳の心。

 

「……まず一つ言っとくとだな」

 

 胆は、指を一本立てた。

 

「“身体が条件満たした=好かれる”ってほど、人間単純じゃねぇ」

 

「分かってる。分かってるが……」

 

 勇吾は、少しだけ目を伏せる。

 

「ボクは“実験体”として調整された。

 人間社会の“好まれる条件”は、資料でしか知らない。

 姉妹は、“そういうの”をはっきり言う。

 だから、ボクは聞きたい」

 

 ――ボクは、ちゃんと近づけているか。

 

 言葉になっていない行の続きが、空気ににじむ。

 

 胆は、しばし黙って勇吾を見た。

 そして、ふっと笑う。

 

「まずだな」

 

「うん」

 

「少なくとも、“キモいから無理”ってラインは、とっくに超えてる」

 

「……それは、好かれてるという判定か?」

 

「お前、判定基準ガチガチすぎだろ」

 

 胆はつい吹き出した。

 

「いいか、火鳥。

 うちの四人は、見た目は華やかだけど、中身は全員“武道バカ”だ」

 

「知ってる」

 

「自覚してるのか」

 

 遠くのほうで「ひどくない?」という梨花の声がかすかに聞こえたが、

 胆はスルーした。

 

「そういう連中から見て、“ちゃんと強くなろうとしてる男”ってだけで、評価はかなり高い。

 内弟子になった時点で、もうかなりポイント稼いでんだよ」

 

「ポイント」

 

「そう、ポイント。

 朝から黙々と掃除して、じいちゃんの小言も聞いて、

 英さんのサプリも真面目に飲んで、

 ボロボロになりながらも型を繰り返してる。

 そういう“積み重ね”は、確実に見られてる」

 

「……見られてるのか?」

 

「見てるよ。あいつら、意外と細けぇし」

 

 胆は少しだけ肩をすくめる。

 

「この前なんか、風呂上がりに四人で“勇吾くん、背中の筋肉ついてきたねー”って話してたしな」

 

 勇吾の耳が、ぱちん、とはねたように赤くなる。

 

「誰が、なんて言ってた」

 

「知りてぇか?」

 

「知りたい」

 

 即答。胆はニヤリと笑った。

 

「梨花は、『ちゃんと地に足ついてきた感じがする』ってさ。

 フォームの安定と、立った時の重心の話してた」

 

「……それは、好意か?」

 

「武道家としての評価だな」

 

「ふむ」

 

「友香は、『僕より肩周りでかくなったんじゃね?』って言って、

 自分の肩と勇吾の肩見比べて“くそー”って言ってた」

 

「それは、敵意か?」

 

「ライバル心だな。悪くねぇ」

 

「ユイリィは、『怪我しないように付き方が綺麗で安心する』ってさ。

 あの子は安全第一だから、そこ褒めるってかなりポイント高いぞ」

 

「……好意判定、70%くらい?」

 

「パーセンテージ出すな」

 

 胆が額を押さえる。

 

「ルテアは、『ボク好みの“細マッチョから厚マッチョへの途中経過”って感じで良くない?』って言ってた」

 

「それは、好意か」

 

「好みど真ん中って話だな」

 

 勇吾の目が、じわりと輝く。

 

「総合するとだ」

 

 胆は、指を折りながらまとめた。

 

「好かれてるかどうかで言えば、“嫌われてる”要素はほぼゼロ。

 “内弟子の後輩として、かなり可愛いし面白いし期待してる”ってラインには、確実にいる」

 

「……“男として”は?」

 

 勇吾の声が、ほんの少しだけ細くなる。

 

 胆は、そこでようやく真正面から勇吾を見る目になった。

 

「それはな」

 

「それは?」

 

「オレが答えることじゃねぇよ」

 

 きっぱりと言う。

 

「そいつは、“あいつら自身”が決めることだ。

 オレや親父やじいちゃんが、“はい、お前は合格ね”って認定してやれるもんじゃねぇ」

 

「……」

 

「身体作って、強くなって、

 それでも“こいつと一緒にいたい”って思うかどうかは――

 あいつらの腹の中と、お前の腹の中で決めることだ」

 

 勇吾は、しばらく黙っていた。

 やがて、小さく息を吐く。

 

「じゃあ、ボクが今、聞けるのは」

 

「“この方向で合ってるか”って確認くらいだな」

 

 胆は、口元だけで笑った。

 

「その答えだけは、はっきり言ってやる。

 ――方向は合ってる。

 鍛え方も、態度も、ここまでの一か月は、オレから見て文句ねぇ」

 

「……そうか」

 

 勇吾の肩から、少しだけ力が抜けた。

 

「なら、ボクは続ける」

 

「おう」

 

「姉妹に好かれるかどうかは、“結果”としてついてくるまで鍛える」

 

「目的と手段が逆転しないようにな」

 

 胆が笑う。

 

「“好かれたいから鍛える”でもいいけどよ。

 そのうち、“強くなりたいから鍛える”って気持ちもちゃんと混ぜとけ。

 じゃねぇと、どっかでポキっと折れるぞ」

 

「それは、李にも言われた」

 

「じいちゃんと同じことオレも言ってんの、なんかムカつくな」

 

 二人の会話がそこで一息ついたとき――

 道場の隅、障子の向こうで、かすかな物音がした。

 

「……聞いてた?」

 

「聞いてたわよ」

 

 梨花の声がして、障子が数センチすべって開く。

 その向こうに、友香・ユイリィ・ルテアの顔も並んでいた。

 

「全部聞いてた」

 

 友香がニヤニヤ笑いながら言う。

 

「ポイントとか、パーセンテージとか」

 

「“内弟子の後輩として可愛い”は概ね事実ね」

 

 ユイリィが、くすっと笑う。

 

「ボク好みの途中経過ってのも本当だし」

 

 ルテアが悪びれもせず言い切る。

 

「火鳥くん」

 

 梨花が、勇吾を見た。

 

「好かれるかどうかは、さっき胆が言ったとおり、こっちが決めることよ」

 

「……はい」

 

「でも、“嫌い”って言う理由は、今のところ一個もないわ」

 

 それだけ言って、梨花はふっと微笑んだ。

 

「だから、安心して鍛え続けなさい。

 その先でどうするかは、その時また考えればいい」

 

 勇吾の胸のあたりで、何かがじんわりと温かく広がった。

 

(嫌われてはいない)

 

 それだけでも、今のボクには十分すぎる。

 

「了解」

 

 勇吾は、まっすぐに頷いた。

 

「ボクは、鍛える。

 安生道場の内弟子として、安生家の“当たり前”を、ボクの中に刻む」

 

「よろしい」

 

 李の声が、いつの間にか後ろから飛んできた。

 

「では明日から、稽古メニューを一段階引き上げるとしようかの」

 

「話聞いてましたよね、じいちゃん!」

 

 胆と友香とルテアが同時に叫ぶ中――

 勇吾だけは、どこか嬉しそうに目を細めていた。

 

 敗者が流れ着く街・郡山。

 四十九囲区の道場で、

 火鳥勇吾の“一年分を一か月で駆け抜ける”鍛錬は、まだ始まったばかりだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。