/*/ 安生家・姉妹会議 in リビング /*/
夜。
風呂も片づきも終わって、安生家のリビングには、TVの小さい音と麦茶の氷の音だけがしていた。
ソファに梨花がどっかり座って、その向かいに友香とルテア、床に座卓をはさんでユイリィ。
テーブルの上にはポテチとせんべいと、謎のプロテインバーが一本。
「……でさ」
ポテチをつまみながら、友香がぽろっと言った。
「勇吾だけどさ。好き好き言ってくるけど、なんかクラスの男子と違うよね」
「うん、それは分かるわ」
梨花が、リモコンでTVの音量をさらに下げる。
「“好き”って言葉はちゃんと使うんだけどさ。生臭さがないっていうか」
「そうそう」
ルテアが、せんべいをかじりながら元気よく乗ってくる。
「“胸が見たい!”とか“やりたい!”とかじゃないよね。
なんか、そういう方向の欲望の波、全然飛んでこない」
「ルテ、ちょっと表現」
「でも事実でしょ、梨花姉?」
「まあね……」
梨花は苦笑して、麦茶を一口飲んだ。
ユイリィが、ほんの少しだけ首をかしげる。
「勇吾さんの“好き”って、もっと小さい子の好きって感じですよね。
“このおもちゃ好き!”とか“この人のそばにいたい!”みたいな……」
「分かる」
友香が指をぱちんと鳴らす。
「なんか、“恋愛対象”というより“めちゃくちゃ信頼してる保護者+推し”って感じ」
「ボクら、まとめて“好ましい対象”ってラベリングされてるしね」
ルテアが、勇吾のモノマネをするように口調を変える。
「『安生4ユニットは、ボクの好ましい対象です』ってさー。
あれ、言い方だけ聞くと気持ち悪いんだけど、中身が全然エロくないんだよね」
「それは否定できないわね……」
梨花が肩をすくめる。
「普通さ、あの年頃の男子が“結婚も視野に入れる”とか言ってきたら、
もうちょっとこう、“下心”的なものがチラチラするじゃない?」
「東とかね」
友香が即座に名前を出した。
「あいつ、ちゃんとガードしてっけどさぁ、
彩女ちゃんとくっついてるときの“うおぉ”って波、見てると結構面白いよ?」
「観察してるのあなたくらいだからね?」
ユイリィが笑いをこらえる。
「勇吾さんからは、そういう“うおぉ”が、ほとんど来ないんですよね。
“触りたい”とか“自分のものにしたい”とかじゃなくて、
“そばにいてほしい”“守りたい”“役に立ちたい”が先に立ってる感じ」
「うん」
ルテアが、ぱたぱたと足を揺らす。
「“欲望”っていうより、“依存”に近いのかも」
「言うねぇ、ルテ」
「褒め言葉と受け取っておくよ?」
友香が、真顔でぽつりと言った。
「……正直さ、あの子に“好き”って言われても、
ボク、今のところ“かわいい”としか思えないんだよね」
「分かる」
梨花も、すぐに頷いた。
「“男としてどうこう”っていうより、“弟分が懐いてきた”に近いのよ。
放っとけないし、頑張ってるの見ると背中押したくなるし、
でも“押し倒される”想像すると、なんか違うっていうか」
「そこまで想像飛ぶのは梨花姉だけだと思う」
ユイリィのツッコミに、ルテアがくすくす笑った。
「でもさ」
ルテアが、真面目な声になる。
「そういう“生臭さがない好き”ってのも、悪くないと思うんだよね、ボクは」
「うん?」
「だってさ、“やりたい!”から入る男子、多いじゃん。
身体が先で、感情が後からついてこい的な」
「うわ、言い方えぐい」
「事実でしょ?」
ルテアは肩をすくめる。
「勇吾ってさ、たぶん逆なんだよ。
“感情のバグです”って顔して、“好き”が先にあって、
“じゃあどうしたらいいか”を今必死に学んでる途中って感じ」
「……あー」
友香が、天井を見上げながらうなる。
「そう言われるとしっくりくる」
「でしょ?」
ユイリィが、そっと補足する。
「感情の成熟と、身体の年齢がちょっとズレてるだけ、なんだと思います。
ミ……じゃなくて、いろいろあったせいで」
言いかけた固有名詞を飲み込み、静かに言い換えるユイリィ。
梨花も、そこはあえて突っ込まなかった。
「だから、こっちが変に構えすぎるのも、良くないんですよね」
ユイリィは続ける。
「“怖いから距離置く”でもなく、
“かわいそうだから何でも受け入れる”でもなくて――
ちゃんと、“ここから先はダメだよ”って線も教えながら、
普通に接してあげないと」
「“普通”って、一番むずかしいのよね」
梨花が、ふぅと息を吐く。
「でもまあ……あいつ、駅前の件のあと、こっちが怖がってるの、ちゃんと分かってたわよね」
「うん」
友香が、膝を抱えて座り直す。
「“怖いってログを受信しました”とか言いながら、
なんか、すごい申し訳なさそうな顔してた」
「“怖いけどありがとう”って言われるの、あの子にとっては初体験かもしれませんね」
ユイリィの言葉に、一瞬だけ沈黙が落ちる。
それを振り払うみたいに、ルテアがぱっと顔を上げた。
「じゃ、まとめるとさ」
「なにをまとめる気?」
「“勇吾の好きは今のところ子ども寄り”で、“ワンコが『大好き!』って尻尾振ってるのに近い”ってことでしょ」
「まあ、イメージ的には近いわね」
「だから」
ルテアは、にやっと笑う。
「“ワンコ”をちゃんと“人間の男”に育ててあげるのは、飼い主――じゃなくて、
周りの大人(仮)であるボクたちの役目ってことで」
「言い方ぁ」
「でも方向性そのものは否定しないんだ」
梨花が、苦笑しながらも頷く。
「そうね。
“生臭くない好き”で始まるのは、悪くない。
そのまま生臭さゼロで終わられてもそれはそれで困るけど」
「そこは時間と経験でしょ」
友香がニッと笑う。
「ちゃんと、ボクら以外の人間ともいろいろ関わらせてさ。
“依存”と“恋愛”と“友情”の区別、ちゃんと自分でつけられるようになれば――」
「その時に、まだ好きって言われてたら?」
ユイリィが、少しだけ茶目っ気を含ませて尋ねる。
梨花は、グラスの氷をコトンと鳴らしてから、あっさり言った。
「その時に考えるわよ。
“人間としてちゃんと育った勇吾”に、改めて告白されたら――
その時は、その時で、真面目に殴り合ってから答え出す」
「殴り合う前提なんだ」
「うちの家系だしねぇ」
ルテアと友香が、声をそろえて笑った。
リビングの天井の明かりの下。
4姉妹は、ポテチとせんべいの袋をカラにしながら、
「とりあえず、今は“かわいいワンコ”扱いでいいよね」
「うん。“妙に殺意の高いワンコ”だけどね」
「“ご主人さま大好き”って尻尾振ってるけど、
よその怪しい人には容赦なく噛みつくタイプ」
「……案外、悪くないわね、それ」
そんな風に笑い合いながら、
炎を抱えた内弟子を、少しずつ“家族のとなりの何か”として受け入れていくのだった。