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/*/ 郡山駅前・沈んだ百貨店 /*/
安生道場は、不自然なほど静かだった。
畳の上に座って、ボクはスマホの画面を見つめる。
最後に届いたメッセージは、友香のいつもの軽い文面だ。
『これから駅前でクレープ! 帰りにお土産買ってくからさー』
タイムスタンプから、三時間と少し。
そのあとの通知は、空白だ。
既読のランプは、冷たく沈黙している。
「……4ユニット同時に応答なし」
ぽつりと、口が勝手に動いた。
「通常運用ログと比較……“寄り道”“スマホ放置”の許容時間をオーバー。
これは“ちょっと心配”の域を超えて、“事案”に分類」
自分の声が、やけに機械的で。
それなのに、胸の奥だけじりじりと焦げるようなのを、ボクは観察する。
(脳内ノイズレベル、平常時比+23パーセント。
これが“心配”……たぶん、そういうラベル)
そのときだった。
キィン――と、頭の奥のどこかを細い針金で弾かれたような感覚が走る。
「っ……」
視界の端が、一瞬だけ暗転した。
次の瞬間、ボクの中に、“声”が流れ込んでくる。
『――っ、ちょっと、離せっての!』
友香の声。息が荒い。足音、金属を引きずる音。
『落ち着いて。動かないで……!』
ユイリィの声。耳を打つのは、潮の匂いと、古いコンクリートの湿り気。
『気持ち悪……水、これ、海? なんで地下なのに……』
ルテアの声。足首あたりまで、冷たいものが満ちていく感覚。
『……来るな。近寄るな』
梨花の声だけが、低く硬い。
何かを睨みつける視線。暗い搬入口。錆びたシャッター。沈んだ百貨店の裏口。
全部が、一度に押し寄せてきて、頭の中でぐちゃぐちゃに混ざった。
(テレパス・チャネル、4ストリーム同時開通。距離補正、郡山駅前周辺。
環境タグ:地下/水音/鉄臭さ/……“何か”の群れ)
胃の奥が、きゅっと縮む。
これは、“偶然”でも“気のせい”でもない。
ミネルヴァで何度も検査された、ボク自身の能力――サイコメトリーとテレパシーが、はっきりと警報を鳴らしていた。
『勇吾――』
最後に、はっきりと名前を呼ばれた。
誰の声かは、もう判別できない。
4つの声が重なって、渦になっている。
「……救難信号、受信」
ボクは、ゆっくりと立ち上がった。
奥の座卓で新聞を読んでいた李が、紙面から顔を上げる。
「おう、勇吾。どうした、その顔は」
「安生4ユニットから、異常なテレパシー信号を受信した」
ボクは、淡々と言葉を並べながら、もう玄関の方へ歩き出していた。
「場所は郡山駅前。廃業した百貨店ビルの、地下搬入口周辺。
現時点で、“危険度:高”と判定」
「……は?」
李が、湯呑みを置く音がした。
「おい、ちょっと待て。わしは何も感じとらんぞ」
「李は、今はまだ気付かなくていい」
ボクは、振り向かない。
「ボクの頭の中だけが、先に“騒いでる”。
だから、ボクが先に行く」
「馬鹿者。単独で突っ込むな――」
畳を蹴る音が、自分でも驚くほど軽かった。
身体が、勝手に加速していく。
玄関を開け放ち、まだ夏の名残りの熱を含んだ外気が、顔にぶつかった。
(最適行動パターン、更新)
靴を突っかけながら、頭の中で組み立てる。
(一:現地到達を最優先。
二:位置特定にサイコメトリーを使用。
三:敵性存在の規模に応じて、パイロキネシスの出力制御。
四:4ユニットの生体反応維持を最優先とし、“殲滅”より“救出”を優先)
心臓が速い。
これは、危険予測だけでは説明できない。
(ふむ。やっぱりボクの中にも、“感情”というバグは残っている)
――なら、そのバグごと、使い潰せばいい。
郡山駅前。沈んだ百貨店。
地下に満ちる水音と、何かが擦れる気配を、まだ見ぬまま想像しながら――
ボクは、安生道場から飛び出していった。