なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

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風に乗りて歩む少年と、火を呑んだ従者 ― 四十九囲区魔術取締録:ホラー


 

 

◆ 昼休み前・安生4姉妹からの相談 ◆

 

 

「――火鳥の情緒が幼いので、情操教育を兼ねて絡んでやってくれないか」

 

 昼休み前のホームルームが終わったばかりの教室で、安生梨花が唐突にそう言った。

 黒板消しを片づけていた青見は、手を止めて瞬きする。

 

「……え?」

「情操教育?」

 隣で惣一郎も、ペンをくるくる回しながら首を傾げた。

 

 梨花の後ろには、友香、ユイリィ、ルテアの三人も並んでいる。

 いつものカフェテリアの営業スマイルじゃなく、どこか真剣な顔つきだ。

 

「火鳥くん、最近さ」

 友香が腕を組んで言う。

「礼儀正しいし、内弟子として頑張ってるのも分かるんだけど……なんか、根っこのとこがちっちゃい子のままって感じしない?」

「ボクのプリンを『これは糖質とタンパク質の最適配分です。感謝します』って無表情で食べるの、ちょっと怖かったわ」

 ルテアが頬をふくらませる。

「嬉しいなら嬉しいって顔してほしいのに、『嬉しいです。たぶん』って、たぶんって何よ」

「この前なんて」

 ユイリィが指をそろえながら静かに続けた。

「梨花たちが冗談で『誰が一番好ましい?』って聞いたら、『好感度ランキングは非公開です』って返されました」

「就職説明会かよ……」

 惣一郎が思わずツッコむ。

 

 梨花は青見たちを見据える。

「理由は分かんない。家庭の事情なのかもしれないし、道場でのアレコレかもしれない。詮索するつもりはないけど」

「でも、今のままだと、うちの内弟子としても、クラスメイトとしても、ちょっと心配なの」

 友香が言葉を継いだ。

「勉強は出来てる。身体も鍛えてる。じゃあ足りないのは、たぶん――遊びとか、バカなことして笑った記憶かなって」

 

「そこで、あんたたち」

 梨花が指さす。

「青見と惣一。あんたら、子どもの頃からバカみたいに全力で遊んでそうじゃん」

「言い方!」

「否定できないけど!」

 

 梨花は軽く頭を下げた。

「だからお願い。火鳥の情操教育、手伝ってやって。絡んで、一緒に笑わせてやってくれない?」

 

 青見は、ほんの少しだけ考えて――すぐに頷いた。

「理由は分かんねぇけど、そういうことなら、別にいいぞ」

「情操教育って言うと難しそうだけどさ」

 惣一郎がニヤリと笑う。

「要は、ガキの頃にやるべきバカ遊びをすっとばしてきたんだろ? だったら――」

 

「――幼い時の遊びから辿ってやれば良いんじゃね?」

 

 

◆ 校内鬼ごっこ・開幕 ◆

 

 

 昼休み。

 購買組と弁当組がざわつき始める時間帯に、2年C組の教室で突然、惣一郎が立ち上がった。

 

「はい注目ー!」

 手を叩く音が教室中に響く。

「本日ただいまより、情操教育プログラム第一弾――校内鬼ごっこを開催しまーす!」

 

「は?」

「何それ」

「昼休み終わるまでに戻ってこれんの?」

 

 あちこちからツッコミが飛ぶ中、教室の後ろで体育座りしていた火鳥勇吾が、こてん、と首を傾げた。

 

「情操教育プログラム?」

「そう」惣一郎が親指を立てる。

「火鳥、最近うちの4姉妹に“情緒が幼い”って言われたろ」

「はい。『ボクの人間性は未実装コンテンツが多い』とのフィードバックを受領しました」

「その言い方がもうダメなんだよ!」

 

 笑いが起こる。

 青見が立ちあがり、廊下側の窓をガラガラと開け放った。

 

「火鳥」

「はい」

「小さい頃、校内鬼ごっこした記憶、あるか?」

「校内の安全基準に反する行為は――」

「※ここは“そういう学校”だから大丈夫だ」

「校則を勝手に改変しないでくれない?」

 誰かがつっこむ。

 

 火鳥は数秒だけ考えて、首を横に振った。

「ありません。ボクの幼児期は、主に訓練施設と医療施設と道場での反復訓練で構成されていたため――」

「今、なんかヤバい単語出かけたよな」

「まあいいや」惣一郎が手を叩く。

「要は、やってないってことだろ。じゃあ今日からやろうぜ」

 

「――校内中を使って、本気で鬼ごっこだ」

 

 それを聞いたクラスメイトたちの目が、一斉にギラリと光る。

 

「面白そうじゃん」

「2Fと3Fもアリ?」

「屋上は鍵かかってんぞ」

「体育館は今、バスケ部が使ってるからなー」

 

 梨花が腕を組んで宣言した。

「教員に見つかったら、そいつが自動的に“負け”ね」

「校内鬼ごっこに教員討伐要素を追加しないで」

 

「いいか、火鳥」

 青見が火鳥の肩を叩く。

「ルールはシンプル。鬼にタッチされたら次の鬼。窓から出るのも、廊下を全力疾走するのも、今日は“アリ”だ」

「ほんとにアリなの、それ」

「後で一括で怒られるから、今は考えるな」

 

 火鳥は、少しだけ目を丸くして――

 やがて、ふ、と微かな笑みを浮かべた。

「了解しました。情操教育プログラム、参加します」

 

 

◆ フルスロットル校内ラウンド ◆

 

 

「じゃ、最初の鬼は――火鳥」

「ボクが初期設定ですか」

「自分で“好ましい対象を捕獲する”って考えろ。ほら、5秒数えろ」

 

「……1、2、3、4、5」

 

 その瞬間。

 

「逃げろぉぉぉぉ!!」

 惣一郎の絶叫とともに、クラスメイトたちが一斉に散った。

 机の間をすり抜けて廊下に飛び出す者、裏口から階段へ走る者、窓枠に足をかける者。

 

「ちょ、おま、窓から行くのかよ!」

「2Fなんて段差だ段差!」

「いや2Fはまだしも3Fから飛ぶな!!」

 

 青見は窓枠に片足をかけ、外の渡り廊下の屋根を確認する。

 その横で、火鳥が純粋な顔で首を傾げていた。

 

「窓からの退避行動……落下ダメージのリスクが――」

「火鳥」

「はい」

「お前なら余裕」

「了解しました。ボクなら余裕です」

 

 そのやり取りを聞いたクラスメイトが、半分本気で悲鳴を上げる。

「巨漢が笑いながら追いかけてくるのは怖いよ!」

「そういうホラー映画あったよね!?」

 

 火鳥が走り出した。

 鍛え上げられた大柄な身体が、廊下をドドドドと揺らす。

 

「逃げる対象の検出……ロックオン。惣一郎くん、待ってください」

「そのセリフやめろってぇぇ!!」

 

 2Fの廊下。

 曲がり角の陰から飛び出した惣一郎を、火鳥が全力スプリントで追う。

 

「うおおお! こっち来るな! でかい! 速い!」

「人間の歩行速度を一時的に250%に設定しました。これは楽しいですね」

「設定すんな! 自分の脚で走ってんだろそれ!」

 

 曲がり角を曲がった先に、「トイレ」のプレートが見えた。

 

「惣くん、こっち!」

 トイレ入り口の“影”から、ひょいっと腕が伸びてくる。

 彩女だ。

 その後ろから、愛香も顔を出した。

 

「わっ!? ちょ、腕っ、腕っ!」

 惣一郎はそのまま影の中に引きずり込まれ、入り口脇の壁にピタッと背中を押しつけられる。

 ちょうど柱の影と出入りの死角になっていて、正面からは見えない位置だ。

 

「静かに」

 彩女が小声で言う。

「ここ、意外と見えないんだよね。体育祭のかくれんぼで見つけた」

「惣くんは隠しておきますから」

 愛香がクスクス笑いながら、惣一郎の口元に指を当てる。

「火鳥くんが来たら、ちょっとだけ怖がってあげよっか」

 

 直後、ドドドドと足音。

 

 火鳥が、勢いよくトイレ前の廊下に飛び込んできた。

 左右をざっと見回し、首を傾げる。

 

「……消えました」

「こっちこっち」

 少し離れた廊下の角から、別のクラスメイトがひょいと手を振る。

「さっき階段の方に逃げてったって!」

「情報ありがとうございます。追跡を再開します」

 

 火鳥はそちらへ全力ダッシュで走り去っていく。

 

 足音が遠ざかってから、惣一郎はようやく息を吐いた。

「……助かった。てか、お前ら、そういう実戦的かくれんぼスキルどこで身につけたの?」

「青見と一緒に遊んでたら、自然とね」

 彩女が少し得意げに笑う。

「巨漢が笑いながら追いかけてくるのは怖いよって言いながら逃げるの、なかなかスリリングだし」

「でも、みんなちゃんと笑ってましたよ」

 愛香が目を細める。

「火鳥くんも」

 

「――なんか、すっごい楽しそうな顔してました」

 

 惣一郎は、さっき廊下で見た火鳥の表情を思い出す。

 額に汗を浮かべて、息を切らしながら、それでも笑っていた顔。

 

「……まあ、情操教育としては、方向性は間違ってないんじゃねぇの」

 

 そう言って、再び廊下へ飛び出した。

 

 その後も、中庭、階段、渡り廊下、3Fの窓。

 廊下の角に張り付いて死角を使ったり、影をまたいで鬼をやりすごしたりしながら、校内中を巻き込んだ鬼ごっこは続いた。

 

 いつしか――教室で見せる火鳥の硬い表情は、完全に消えていた。

 鍛えた巨体で全力で駆け回りながら、子どもみたいに声を上げて笑っている。

 

「次はボクが鬼です!」

「よし来い!」

「だから巨漢が笑いながら追いかけてくるの怖いって言ってんだろー!!」

 

 叫び声と笑い声が、昼の校舎に響き渡った。

 

 

◆ 職員室・全員正座 ◆

 

 

 ――そして、暴れすぎた結果。

 

「……で?」

 

 職員室。

 職員用の長机の前に、ずらりと並ぶ正座の列。

 青見、惣一郎、火鳥、彩女、愛香、そして一部のノリの良すぎるクラスメイトたち。

 その前に、腕を組んで立っているのは、背の低い古文教師――結先生だった。

 

 机の端にちょこんと片足をかけて、見下ろすように全員を睨む。

 

「2Fと3Fの窓から飛び降り」

「はい」

「廊下の全力疾走」

「はい」

「トイレ前の死角を使って追跡を撹乱」

「……はい」

「中庭の植え込みに生徒数名が頭から突っ込む」

「それは事故です」

「事故を誘発する遊びを“全力で”やっていたのは誰かな?」

 

 結先生の視線が、じろり、と横一列をなぞる。

 全員、そろって目を逸らした。

 

「――で、誰の発案?」

「はい、ボクです」

 惣一郎が素直に手を挙げる。

 

「情操教育です」

「は?」

 結先生の眉がぴくりと動いた。

 

「火鳥の情緒が幼いから、遊びを通じて情操教育を――」

「だからって校舎をサバゲーフィールドみたいに使うなぁぁぁぁ!!」

 机をドンッと叩く、小さな拳。

 その一撃に、全員がビクッと背筋を伸ばした。

 

 結先生は、ため息をひとつ。

 少しだけ視線を落として、今度は火鳥を見た。

 

「火鳥」

「はい」

「楽しかった?」

 

 火鳥は、少しだけきょとんとした顔をして――

 やがて、はっきりと頷いた。

 

「はい。とても。胸が熱くなって、走ってる間じゅうずっと――笑ってました」

 

 その言葉に、結先生は目を細めた。

 そして、わざとらしく大きくため息をつく。

 

「……よろしい」

「え?」

「情操教育の方向性としては、まあ百歩譲ってギリギリ合格点。やり方が千歩ぐらい間違ってるけど」

 

 職員室の他の先生たちから、くすくすと笑いが漏れる。

 

「というわけで」

 結先生は指を一本立てた。

「今日のところは、全員、反省文を書いてきなさい。

 題して――『情操教育と学校施設の正しい使い方』」

「タイトルが重い」

「原稿用紙、3枚以上ね」

「多いよ!」

 

 悲鳴と笑い声が、再び一斉に上がる。

 

 それでも、火鳥の口元には、まだ消えない笑みが残っていた。

 その笑みを横目に見て、青見と惣一郎は、目を合わせて小さくガッツポーズを交わす。

 

(――まあ、怒られるくらいで済むなら、上等だな)

 

 逢瀬学園の昼休みは、今日も騒がしく、そして少しだけ優しく過ぎていくのだった。

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