◆ 昼休み・カフェテリアの片隅 ◆
「――でね、惣くんがね、『制服のサイズ測り行くついでに、愛香の下着も見てこよう!』って」
トレーを前に、愛香が楽しそうに身振りつきで話す。
向かいの席で聞いていた彩女は、パンをかじったまま固まった。
「……は?」
「いや、そのね? 惣くんも、言ったあとで真っ赤になってたんだけどさ」
愛香は、嬉しそうに笑う。
「“二人っきりの時に着て欲しい”って言われて。
“じゃあ、その時まで大事にしまっとくね”って、勝負っぽいの一枚だけ買った」
「勝負っぽいの……」
彩女の頭の中に、よく分からないけど“それっぽい”イメージが浮かぶ。
レースとか、リボンとか、そういうやつ。
――で、それを、惣一郎と二人きりのときに。
(なにそれ。リア充の極みじゃん……)
じわっと顔が熱くなる。
「い、いやあんたさ。よくそんな話を人前で……!」
「人前って、彩女の前だけだよ? 玲子ちゃんいないし」
「そういう問題じゃなくてだな……!」
隣で黙って話を聞いていた青見が、ストローを咥えたまま彩女の横顔を見る。
「……へぇ。惣一郎、やるじゃん」
「あんたは褒めるな!」
テーブルの下で、彩女の足が青見の足を小突いた。
(……でも)
心のどこかで、妙なざわつきが収まらない。
惣一郎と愛香が、“一歩先”に行った感じ。
嬉しいような、悔しいような、もやもやする感覚。
(……別に、あたしだって、そういう……)
言葉にするのがやたら照れくさくて、心の中でごにょごにょ打ち消す。
ふと目の前を見ると、青見は相変わらず、何も知らない顔で紙パックのジュースを飲んでいた。
彩女の胸の奥で、何かがカチッと切り替わる。
(……今度、試してみる?)
愛香の「惣くんが一緒にいてくれて心強かった」という言葉が、妙に引っかかっていた。
◆ 日曜・ショッピングモール ◆
日曜の午後。
郡山の駅前のショッピングモールは、そこそこ混んでいた。
「で、なんでオレまで来てんだっけ?」
「いいじゃん、減るもんじゃないでしょ」
彩女は、わざとそっぽを向いて歩く。
今日は部活もオフ。私服のスキニーデニムに、軽いパーカーというラフな格好だ。
「おばさんから頼まれたんじゃなかったっけ。『彩女を変な店に近づけないように見張れ』って」
「それは建前!」
「建前だったんだ……」
エスカレーターを上りながら、彩女は心臓のドキドキを落ち着かせようとした。
(服を見るのは本当に用事。
ついでに――“ちょっとだけ”寄るだけだから)
自分に言い聞かせる。
「ほらほら、あそこの店、新しく出来てたんだよね」
そう言って指さしたのは、カジュアルな服屋。
まずはそこをぐるっと見て回る。
「このシャツ、青見に似合いそう」
「なんでそこでオレの服なんだよ。彩女の買い物じゃないの?」
「……一緒に歩くなら、あんたが変な格好してると目立つじゃん」
「変な格好ってなんだ」
なんだかんだ言いつつ、青見も試着してみたり、彩女もカーディガンを羽織ってみたり。
一通り見終えたあと、店を出たところで彩女はわざとさりげなさを装って、隣のフロア案内に視線を向けた。
「んー……次、どうしよっかなー」
「本屋でも行く?」
「それもいいけど……」
ちらり、とエスカレーターの向こう側に目をやる。
そこには、少し落ち着いた外観のランジェリーショップ。
淡いピンクの看板。
心臓がどくん、と跳ねた。
(言うなら今)
自分で自分の背中を押す。
「……ちょっとさ」
「ん?」
「偶には、人の意見も取り入れてみたいと思ってさ」
「何の話?」
「……下着」
語尾がしぼんだ。
青見の動きが、ぴたりと止まる。
「今、なんて?」
「だから!」
思いっきり早口になった。
「下着! ブラとか! 最近サイズ変わってきたから! 見直し! っていうか!」
「お、おう」
見事に噛み合っていない相槌。
彩女は、耳まで赤くなりながら続けた。
「だ、誰かに見せる予定とかは無いんだけど!」
「ないんだ」
即答に、なぜかちょっと間を置いて返す青見。
彩女の目が、じろっと細くなる。
「……何よ。見たいの?」
矢を放つみたいに投げた一言。
青見は、一瞬だけ目を泳がせ――
「み、見たい」
正直に撃ち抜いてきた。
彩女の顔が、一瞬で真っ赤になる。
「……あんたねぇ」
周囲を見回して、人が少ないのを確認してから、ぐっと青見の襟首を掴んだ。
「素直に言えば通ると思うなよ」
「え、違うの?」
「それに“見ただけで済むの?”」
「自分が怖い」
即答。
真面目な顔で言うもんだから、彩女は思わず吹き出しそうになる。
でも、ここからが本題だ。
「下手にその先までして見なさいよ」
声を少し落とす。
「私は良くても、おばあちゃんまで出てきて――」
そこを想像してしまって、自分で自分の首を絞めた。
和服姿でずいと現れる、安達家最強のおばあちゃん。
ちゃぶ台に出される婚姻届。
“あんたら、もういい加減ハンコ押しなさい”と、ガチの圧。
「こ、婚姻届にサインさせられて、誕生日に役所に提出させられるわよ……!」
「それはそれで魅力的」
「そこ魅力に感じるな!!」
ツッコミが入りきる前に、青見は肩をすくめて笑った。
「いや、だってさ」
「なに」
「彩女が“そこまで行く覚悟ある”って言ってるように聞こえるんだけど」
「言ってないわよ!?」
「“私は良くても”って言った」
「うっ……」
言った。
勢いで言った。
彩女は、ぐっと黙り込む。
目の前のランジェリーショップの看板が、いつもより三割増しで眩しい。
「……とにかく」
無理やり話をまとめる。
「だから、今日は“入口まで”ね。
サイズ見て、店員さんに相談して、あとはあたしが決める」
「黄色がいいなぁ。可愛い奴」
ぽろっと零れた一言に、彩女の心臓がどくんと跳ねた。
「……勝手にイメージしてんじゃないわよ……」
口ではそう言いながら、頭の中に“黄色で、可愛い感じ”が浮かんでしまって余計に恥ずかしい。
「了解」
「で」
ちょっとだけ視線を落として。
「そのうち――」
「そのうち?」
「……ちゃんと、“見せてもいいって思えるタイミング”まで、待ってなさい」
そこまで言ってしまってから、頭のてっぺんまで熱くなった。
青見は、しばらく黙って彩女の横顔を見つめ――
「……うん」
穏やかに笑った。
「その“タイミング”、ちゃんと掴めるように鍛えとくわ」
「何鍛えるつもりよ」
「色々」
「あんたね」
ツッコミながらも、彩女の口元には、どうしても笑いが浮かんでしまう。
――結局、その日は。
ランジェリーショップの入口まで一緒に来て、青見は「外で待ってる」とベンチに座った。
店の中でサイズを測られながら、彩女はガラス越しに見える青見の背中をちらりと見る。
(……逃げなかっただけ、上出来ね)
胸の奥で、さっきのやり取りを反芻する。
見たいと言われて、
怖いと言われて、
それでも「魅力的」と言われた未来。
(ほんとにあの調子で、その先までしようとしたら――)
和室のちゃぶ台と、婚姻届の光景が脳内にフラッシュバックして、思わず顔を覆った。
「……いや。まだ早い」
でも、“まったく想像できない未来”ではなくなっている自分にも、ちゃんと気付いてしまっていた。