/*/ キャンプ計画の打診 /*/
期末テストも終わり、夏休み直前の放課後。
逢瀬学園のカフェテリアは、冷房の効いた空気の中に、部活帰りの汗とジュースの匂いが混じっていた。
「……でさ、勇吾。今日のメニューどうだった?」
「下半身の筋力強化に有効な負荷配分でした。ボクのSAN値に若干のダメージはありましたが、継続すべき内容だと判断します」
「その“SAN値”って単語やめなさいっていつも言ってるでしょ……」
トレーを囲んで、青見、彩女、惣一郎、愛香、英、勇吾の6人が、いつものようにだらっと座っていた。
そこへ――
「ちょっと、いいかしら?」
影が、すっとテーブルにかかる。
「安生支部、参上って感じだね」
惣一郎が苦笑まじりに見上げると、そこには道場帰りの安生4姉妹――梨花・友香・ユイリィ・ルテア――が勢揃いしていた。
「うわ、フルメンバー」
「何その言い方」
梨花が呆れたように眉を寄せつつも、どこか決意したような表情をしている。
青見が、コップを置いて姿勢を正した。
「どうした、梨花」
「……ちょっと、相談とお願いがあるの」
梨花はそう言って、空いている椅子を引き、姉妹と一緒に腰を下ろした。
「相談?」
「お願い?」
彩女と愛香が、同時に首を傾げる。
梨花は一度息を整えてから、皆の顔を見渡した。
「今年の夏休み、ね」
「うん」
「私たち、山籠もりじゃない“普通のキャンプ”がしてみたいの」
さらっと出た単語に、テーブルの全員が一瞬固まる。
「……“普通”?」
真っ先に反応したのは英だった。
「安生道場の文脈で“普通”って、大体普通じゃないやつじゃないですか?」
「失礼ね」
梨花はむっとしつつも、続ける。
「山の中でクマと遭遇したり、父と祖父が素手で戦い始めたりするああいうのじゃなくて」
「うん」
「オートキャンプ場でバーベキューして、湖で水遊びして、夜は花火して、星を見て――」
「……あ、普通だ」
彩女が感心したように頷いた。
「そんなキャンプを、“高校生の友達と”やってみたいの」
そこまで言ってから、梨花はほんの少しだけ視線を落とす。
「で。もし良かったら――」
顔を上げた時には、さっきよりわずかに緊張した色が浮かんでいた。
「青見たちも、一緒に行ってくれない?」
数秒の沈黙。
最初に破ったのは惣一郎だ。
「行く!!」
反射で手を挙げる。
「まだ日程も場所も聞いてないのに即答すな」
彩女が横からツッコむが、口元は笑っている。
「だってさー、湖でバーベキューに花火でしょ? 優勝じゃん」
「……まぁ、楽しそうだけど」
愛香も、ちらっと青見の顔を見てから、にこりと笑う。
「青見くんは?」
「オレは、いいと思う」
青見はゆっくりと頷いた。
「こないだのスパリゾートの時も思ったけどさ。こういうの、あとから『やっときゃよかった』って言いそうだし」
「素直に乗るのね」
「梨花たちが一緒なら、だいぶ安心だしな。安全面も体力面も」
「そこは否定しないのね」
梨花の口元も、少しだけ和らぐ。
隣で英が手帳を開いた。
「実務担当として確認します。場所と日程は?」
「場所は、猪苗代湖の西岸の湖岸のキャンプ場」
ユイリィが答える。
「父が許可を取ってくれたわ。ペット可のところ」
「ペット可?」
彩女が首を傾げる。
「――ってことは」
「玲子ちゃんとカーも誘っていいじゃん!」
ルテアが嬉しそうに声を上げた。
「カー、絶対湖で大はしゃぎするよ」
「その前に青見に突っ込むよ」
惣一郎が笑いながら付け加える。
「日程は?」
「二泊三日を予定してるわ」
梨花が答える。
「受験前の夏だから、あんまり長くも出来ないし。
一日目設営して遊んで、二日目たっぷり、三日目は片づけと帰宅、くらいがちょうどいいって父と兄が」
「大人の計画っぽい」
英が手帳にさらさらと書き込みながら、少し顎に手を当てた。
「問題は足ですね。人数、多いですよ?」
「そうなのよ」
梨花が指を折って数える。
「私たち4人、あなたたち4人、それに氷室と勇吾で10人」
「二桁来た」
「高校生だけで運転して行かせるのはダメってことで……」
そこで、少し声を和らげた。
「胆兄が運転手を兼ねて付いてきてくれることになったわ」
「胆さんが」
勇吾が、わずかに背筋を伸ばす。
「師兄が同行するのは心強いですが、ハイエース一台では積載と安全距離がギリギリです」
「そう。だから学園のハイエースを二台借りる話を、伊集院理事長とおじいちゃんがつけてくれたの」
ユイリィが補足する。
「運転手は胆と、学園警備員の桜竜樹さん」
「あー、桜さんか」
青見が納得したように頷く。
「体育館裏でよくランニングしてる屈強な人」
「そう、その人」
梨花は少しだけ笑って、
「だから、五人ずつに分かれて車に乗ってもらうことになるわ。
装備一式は、事前に道場から運んでおく」
「準備万端だ……」
英が感心したように拍手を一つ。
「装備って?」
「テントとタープと、調理器具と、寝袋と、ランタンと――」
友香が、指を折りながら挙げていく。
「あと、うちの在庫から出せるキャンプ用品は全部。クーラーボックスも何個か」
「それ、もはや山籠もりじゃない?」
「内容は“普通のキャンプ”よ」
梨花が強調する。
「そのかわり――」
「そのかわり?」
「水着とか浴衣とか、そういう“普通の女子の夏休みアイテム”は、私たちじゃよく分からないから」
梨花は、真正面から彩女と愛香を見た。
「一緒に、選んでくれる?」
彩女は一瞬ぽかんとして――それから、ふっと笑った。
「いいよ」
「もちろんです」
愛香も、楽しそうに頷く。
「じゃあ、女子チームは水着と浴衣のお買い物ツアーだね」
「おぉ……」
ルテアの目が輝く。
「男子は?」
惣一郎が、嫌な予感しかしない顔で尋ねた。
「男子は、食べものと花火と、足りないキャンプ道具の買い出しをお願いしたいわ」
梨花が、さらっと言う。
「食材のリストと予算は、氷室がまとめてくれると思うから」
「了解しました」
英が静かに頷く。
「メニュー案も一緒に考えておきますね。現実的なラインで」
「現実的って言った瞬間、惣一郎のジャンク案死んだな」
「なんでだよ!」
「一食全部カップラーメン案とか出しそうじゃん」
「ちょっと考えてたのは否定しない」
「やめなさい」
テーブルに笑いが広がる。
梨花は、その空気を見渡しながら、胸の中でそっと息を吐いた。
(……言ってよかった)
“普通の夏休み”は、自分一人では掴めない。
でも、こうやって手を伸ばせば、一緒に掴んでくれる仲間がいる。
その事実が、なにより心強かった。
/*/ 女子チーム・夏の買い物デー /*/
数日後の日曜日。
郡山駅前のショッピングモールは、夏休みムード全開で賑わっていた。
「じゃ、改めまして。女子キャンプ装備調達作戦、開始!」
ビシッと腕を上げて号令をかけたのは友香だ。
メンバーは、安生4姉妹に彩女、愛香、そして玲子。
合計7人+後で合流予定のカー(こちらはペットショップのケージでサイズ確認中)だ。
「まずは水着から?」
ルテアが、早速キラキラした目で水着専門店の看板を見上げる。
「そうね。湖だし」
梨花が頷く。
「ただし、“動けること”と“露出しすぎないこと”は譲れないわ」
「はい出た武闘派条件」
「だって、どうせ誰かしら水に落ちるでしょ」
「言われてみれば納得」
わいわい言いながら店内に入ると、色とりどりの水着が壁一面に並んでいた。
ビキニ、ワンピース、セパレート、スポーツタイプ――眩しい布面積のオンパレードだ。
「おお……情報量が多い……」
梨花が、思わず目を細める。
「じゃ、タイプ分けしよっか」
愛香が、慣れた様子でハンガーを手に取る。
「動きやすくてスポーティー系、ちょっと女の子らしさ重視系、守備力高め系」
「守備力高め系ってなに」
「布面積が防御力です」
「説得力ある……」
彩女は、自分用のコーナーを眺めながら、ふと心の中で呟く。
(……青見、どんなの好きかな)
――スパリゾートの日の帰り。
更衣室の前で、バスタオル姿の青見が、妙にそっぽ向きながら言った。
『……次、もしまたプールとか行くならさ』
『赤い三角ビキニとか、似合いそうだなって』
(……あれ、冗談っぽく誤魔化してたけど、結局ちゃんと聞こえてたんだからね)
視線を泳がせていた彩女の目に、ふと“それっぽい”赤が飛び込んでくる。
ラックの端に掛かっている、真っ赤な三角ビキニ。
「…………」
気付いたら、そのハンガーに手を伸ばしていた。
その瞬間――
「彩女、だいたーん!」
「へっ!?」
いきなり背後から飛んできた声に、彩女は飛び上がりそうになる。
振り返ると、友香とルテアが両側から覗き込んでいた。
「ち、ちがっ……! これは、その、たまたま目に入っただけで!」
「たまたまで真っ赤な三角ビキニ取るの、だいぶポイント高いよ?」
「ポイントってなに!」
彩女が慌てて戻そうとしたところへ、ユイリィがすっと回り込んで、水着と彩女の顔を交互に見た。
「ふーん」
意味ありげな相づち。
「青見くんに、リクエストされたの?」
「――っ!」
ど真ん中ストレートに打たれて、彩女の喉が変な音を立てた。
「ち、違っ……その、別に! ちょっと前に、なんか、そういう話になっただけで!」
「図星だー!」
友香とルテアが、ほぼ同時に叫ぶ。
「ほらほら、顔真っ赤?」
「“そういう話”で赤い三角ビキニ指定してくる彼氏、だいぶやるね?」
「やめろその言い方!!」
彩女は耳まで真っ赤にしながら、三角ビキニを胸の前に当てたり、慌てて離したり。
そこへ、梨花が腕を組んで一歩前に出た。
「でも、似合うと思うわよ」
「……梨花まで!?」
「ラインがきれいに出るし、動きも邪魔しないし」
「“動けるかどうか”基準なのやめない?」
愛香が、くすくす笑いながらフォローを入れる。
「でもさ、青見くんが“似合いそう”って言ったんでしょ?」
「……言ってた、けど……」
「だったら、一回くらい、その期待に応えてあげてもいいんじゃない?」
玲子も、おずおずと手を上げる。
「あ、あの……彩女先輩、すごく似合うと思います……」
「玲子ちゃんまで……!」
「体操の時とか、いつも格好いいし、その……スパリゾートの水着の時も、すごく綺麗だったから……」
真正面から褒められて、彩女はもう視線のやり場に困る。
(……でも)
鏡の前に立って、赤い三角ビキニをそっと胸元に当ててみる。
鏡の中の自分は、思った以上に“それっぽく”見えた。
(あいつが、見たいって言ったんだよね)
そう思った瞬間、むずがゆさと一緒に、どうしようもない嬉しさが込みあげてくる。
「……し、知らないからね」
小さくぼそっと呟きながら、ハンガーをカゴに入れた。
「もし本当に着て、あいつがヘンな顔したら、その時はその時で殴るから」
「はい出ました、“ご褒美パンチ”」
「うるさい!」
その横で、玲子はおそるおそるワンピース型の水着を手に取っていた。
「わ、わたし、中学のプールのやつしか持ってないんですけど……」
「だったらこれなんてどう?」
愛香が、シンプルだけどかわいいフリル付きのワンピースを差し出す。
「カーと一緒に遊ぶなら、そういう動きやすくて、でもちょっとかわいいくらいがちょうどいいよ」
「……かわいい、ですか?」
「“クラスで浮かない”の意味も含めて」
「大事」
梨花が真面目に頷く。
ルテアはと言えば、ビビッドカラーのビキニを手に取って、
「勇吾、これ着たらどんな顔するかなぁ」
と胡乱なことを言っていた。
「やめなさい。それはうちの道場的にもアウトぎりぎりよ」
「じゃ、上にラッシュガード着る」
「ギリセーフにしようとしてくるんじゃない」
そんな騒ぎの中、ユイリィはすでに淡い水色のセパレートと、清楚なワンピースを候補にキープしている。
「ユイリィ、決断早いね」
「こういうのは“直感で似合う”と思ったものを信じるのが一番よ」
鏡に当ててみて、ふわりと微笑むその顔は、まさに夏のポスターだった。
ひとしきり水着を選んだあと、次は浴衣売り場へ向かう。
「浴衣かぁ……」
彩女は、並んだ反物を見ながら、少し照れくさそうに呟く。
「去年の夏祭りは、そんな余裕なかったもんね」
「今年は、行けるといいわね」
ユイリィが柔らかく言う。
「キャンプに浴衣持っていくの?」
「夜、花火するときに着たいのよ」
梨花が答える。
「湖のほとりで浴衣で線香花火とか、最高じゃない?」
「それは、ずるい」
彩女が、素直にそう言った。
「男子の視覚に大ダメージを与えるイベントだね」
「惣くん、また鼻の下伸ばす」
「勇吾くんのSAN値が……」
「だから英ちゃんの“結界”強化しとこうね」
わいわい選びながら、それぞれが“誰に見せたいか”を想像しているのは、言うまでもない。
/*/ 男子チーム・買い出しは戦場 /*/
同じ頃、郡山市郊外の大型ホームセンターとスーパー。
「――というわけで、こちらが食材リストと必要装備リストです」
英がタブレットを掲げると、惣一郎がうめき声を上げた。
「多い! 文字が多い!」
「二泊三日分+予備ですからね」
メンバーは青見、惣一郎、勇吾、そして途中合流予定の胆。
英は完全に参謀ポジションだ。
「まずはキャンプ道具の不足分から行きましょう」
ホームセンターのアウトドアコーナーは、テントやチェア、ランタンが所狭しと並んでいる。
「テントは道場側で足りてるとして……」
「タープ用のロープとペグ、追加の折りたたみチェア、ランタンの替え電池……」
英が淡々と読み上げる横で、勇吾が何やら巨大な折り畳みチェアを持ち上げていた。
「これ、ドラゴン級の負荷にも耐えられそうです」
「ドラゴンは来ない」
青見が即座に却下する。
「予算オーバーするから、それはまた別の機会な」
「却下されました……」
惣一郎はというと、BBQグリルコーナーで立ち尽くしていた。
「見ろよ青見……文明……」
「お前んちも文明圏」
「だってさ、このガス式グリル、ツマミ回すだけで……」
「現地は炭です」
英がバッサリ切る。
「勇吾くんの火力で着火は余裕でしょうし」
「任せてください。ビニール袋に入った炭程度なら、誤差です」
「“誤差”の意味がひどい」
ひと通り道具を揃えたあと、今度はスーパーへ移動する。
「肉!」
「はい、出た」
惣一郎が、真っ先に精肉コーナーへ突撃する。
「牛カルビ、豚バラ、鶏モモ、ウインナー、全部2キロずつで」
「待て。死ぬ」
青見がカゴを押さえる。
「一人当たりの適正量考えろ。あと野菜も食え」
「野菜は焼きそばのキャベツで十分では」
「ダメです」
英が冷静に割り込む。
「キャンプに行ってまで栄養バランス崩してどうするんですか。
パプリカ、ピーマン、玉ねぎ、カボチャも入れます」
「カボチャ……」
惣一郎が遠い目になる。
「カボチャは、甘くて美味しいですよ」
勇吾がフォローを入れる。
「ボク、焼けたカボチャ好きです。安生家で初めて食べたとき、感動しました」
「……勇吾が言うなら、まぁ、いいか」
結局、肉と野菜と海鮮少々という、わりと豪華なラインナップに落ち着いた。
「一日目夜はBBQ、二日目昼はカレー、夜は軽めに焼きそばとおつまみ系。
朝はホットサンドとスープ、ですね」
英が手帳に書き込みながら確認する。
「ホットサンドメーカー、道場にありましたね」
「うむ」
そこへ、背後から影がさした。
「調達は順調か?」
「あ、胆さん」
安生胆が、カゴを覗き込んでくる。
私服でもでかい。存在感が違う。
「肉の量は……まぁ、こんなものか」
「“まぁ”なんだ……」
「安生家の合宿基準だと、一人一キロいけるからな」
「やめてその基準で語るの」
胆は、にやりと笑って、惣一郎の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「まぁ、お前らが楽しむのが一番だ。
あとは花火を忘れるなよ。湖畔だと手持ちメインになるが」
「花火!」
惣一郎の目が輝く。
「打ち上げ系はキャンプ場のルール確認してからですね」
英が冷静に言う。
「線香花火は必須です」
「浴衣で線香花火……」
勇吾が、ぼそりと呟いた。
「ボクのSAN値がまた試されるイベントになりそうです」
「お前のSAN値どこ基準なんだよ」
そんなこんなで、男子チームの買い出しは、ほぼ戦場と化しながらも無事に終わった。
レジ袋とカートが山のようになった頃――
「これで、ひとまず準備は整ったな」
青見は、レシートとリストを見比べて頷いた。
女子たちは、きっと今頃、鏡の前で水着や浴衣を合わせて騒いでいるだろう。
(……キャンプ当日、どんな顔して見ればいいんだろ)
そう思うと、胸の奥が、少しだけむず痒くなる。
けれど、その“むず痒さ”こそが、たぶん――
梨花が言っていた、“普通の高校生の夏休み”ってやつなのだろう。