◆ 出発・学園駐車場 ◆
ハイエースは行く。
運転手の足がきちんとペダルに届くって素晴らしい――と青見は思った。
逢瀬学園の駐車場。
白い学園所有のハイエースが2台、朝の光を反射させながら並んでいる。
1台の運転席には、安生胆。
もう1台には、学園警備員の桜竜樹。
どちらも、座席をいちばん後ろまで下げてもなお余裕でペダルに届く、長い脚の持ち主だ。
(……うん。アクセルもブレーキも“ちゃんと踏める人”って大事)
以前、天文部キャンプで結先生が厚底ソールで座席最前列でペダルに足先ぎりぎり、という光景を見てしまった青見としては、余計にそう思う。
「あー、ワクワクしてきた!」
荷物の積み込みを終えた後部で、惣一郎が両手を伸ばして叫んだ。
テントやタープ、クーラーボックスに寝袋。
武闘派道場印の装備一式が、荷室にきっちりと収まっている。
「はいはい、ワクワクはシートベルト締めてからにしてね」
英が手帳を片手に、出欠と持ち物の最終チェックをしていた。
「生徒10名。安生4姉妹、青見くん、彩女さん、惣一郎くん、愛香さん、英くん、勇吾くん。
+保護者枠で胆さんと桜さん。それから途中合流で玲子さんとカー」
「ペット可キャンプ場助かるねぇ?」
ルテアがウキウキ顔で頷く。
「カー、絶対湖で大はしゃぎするよ」
「その前に青見に突っ込む未来が見える」
「やめてフラグ立てないで」
胆が運転席から身を乗り出し、声を張った。
「よーし、そろそろ乗り込め?。こっちの車は荷物多いから、体力ある組と、多少揺れても平気なやつ」
「“多少揺れる”って何する気なんですか」
英が冷静にツッコむ。
結局、座席の割り振りはこうなった。
◆胆号(第一ハイエース)
運転席:安生胆
助手席:英(ナビ担当)
2列目:梨花・友香
3列目:ユイリィ・ルテア・勇吾
◆桜号(第二ハイエース)
運転席:桜竜樹
助手席:青見
2列目:彩女・愛香
3列目:惣一郎・玲子+カー(足元でクレート入り)
「ええっと、ボクは“揺れてもいい組”なんですね」
勇吾が、どこか嬉しそうに確認する。
「お前の場合、多少じゃ済まなそうなんだよな……」
青見は、ちらっと胆の車の荷室を見やった。
そこには、なぜか予備の薪とバーベルのプレートがひっそり乗っている。
「胆さん、それキャンプ道具じゃないですよね」
「お前ら、夜に筋トレしたくなるかも知れんだろ?」
「ならない」「なりません」「なったら困ります」
三方向から否定の声が飛んだ。
そんなやり取りを横目に、桜がぽん、とハンドルを叩いた。
「じゃ、こっちはこっちで安全運転で行くか」
身長195オーバー、がっしり体型。
警備員の制服じゃなく私服のTシャツに短パンでも、“屈強な大人”感は隠しきれない。
「桜さん、よろしくお願いします」
青見が助手席に乗り込み、シートベルトを締める。
後ろでは、彩女たちが座席を取り合っていた。
「彩女、窓側!」
「なんであんたが宣言すんのよ!」
「だって景色見たいじゃん。湖近づいてくるの見たいし」
「それはちょっと分かる……」
結局、2列目は窓側・彩女、通路側・愛香に落ち着いた。
「……運転、大丈夫ですか?」
3列目で、玲子がそっと桜に声をかける。
「お嬢ちゃん。オレ、これでも大型も牽引も持ってるから安心しな」
「つ……強い……」
カーが、クレートの中で「わふっ」と一声鳴いた。
「よし、全員乗ったな?」
胆号からも、「乗りましたー!」という声が返ってくる。
「じゃあ――出発!」
桜の号令とともに、2台のハイエースがゆっくりと学園を後にした。
◆ 湖へ向かう道 ◆
道路に出てしまえば、あとは猪苗代方面へまっすぐだ。
助手席からフロントガラス越しに見える景色が、少しずつ街から田んぼと山の色に変わっていく。
「桜さん、普段もハイエース運転してるんですか?」
青見がちらりと尋ねると、桜は「おうよ」と笑った。
「部活の遠征とか、送迎多いからな。
お前ら一年のときの県大会も、実は裏でオレが乗ってったりする」
「あ、そうだったんですか……」
思い返せば、バスの後ろをさりげなく付いてきていた白い車――あれがそうだったのかもしれない。
車内ミラー越しに、2列目の女子組の声が聞こえてくる。
「ねえ愛香、花火、どれ買ったの?」
「線香花火とススキ花火と、噴き上げるやつはキャンプ場のルールギリギリの小型のやつ」
「線香花火は外せないわね」
彩女が、窓の外を見ながら小さく笑う。
「浴衣着て、湖見ながら線香花火ってさ。
……なんか、ずるいよね」
「自分で“ずるい”って言う?」
愛香がくすっと笑った。
「彩女の浴衣、楽しみだなぁ」
「なっ……!?」
3列目からは、惣一郎と玲子の声。
「カー、落ち着け。今は車の中。ここで跳ねたら天井に頭ぶつけるぞ」
「わふっ……」
「いい子だなぁ……」
玲子がクレート越しに撫でると、カーは嬉しそうにしっぽを振った。
「なぁ青見」
運転席と助手席の間の空間から、桜がぼそっと話を振ってくる。
「はい?」
「キャンプってのはな、行く前がいちばん平和なんだ」
「……何が起きる前提なんですか」
「いやぁ、“安生家+お前ら”って組み合わせ聞くだけで、な」
桜はおもしろそうに笑う。
「一応、焚き火のときはオレも見てるから。
火と刃物と水辺は、バカやると一瞬で修羅場だからな」
「ありがとうございます」
青見は素直に頭を下げた。
(……でもまぁ)
バックミラー越しに、窓の外を眺めている彩女の横顔が見える。
赤い三角ビキニのことは、今は全力で考えないようにしている。
(梨花たちが、“普通の夏のキャンプしたい”って言ってくれたおかげで)
こんなふうに、学園のハイエースで湖に向かう時間も、
“普通の高校生の夏休み”っぽさの一部になっている気がした。
しばらく走ると、前方に広がる水面が、視界いっぱいにきらりと光った。
「お、見えてきたな」
桜が顎で指す。
猪苗代湖の西岸。
遠くに磐梯山の影が見える。
「うわ……」
思わず、青見の口から声が漏れた。
2列目の彩女も、身を乗り出す。
「でっか……」
「湖っていうか、海みたい」
愛香が、窓ガラスに手を当てる。
後ろの惣一郎が、わくわくした声で叫んだ。
「よっしゃー! キャンプだーー!!」
「惣くん、まだ降りてないから落ち着いて」
玲子のツッコミと、カーの「わふっ!」が車内に重なる。
ハイエースは、そのまま湖岸のキャンプ場へと滑り込んでいった。