◆ 湖畔キャンプ場 ◆
ハイエースがキャンプ場の駐車スペースに滑り込むと、すぐ目の前に湖と芝生と、整備されたサイトが広がった。
「おお……ちゃんと“キャンプ場”だ」
惣一郎が、思わず素直な感想を漏らす。
湖岸までなだらかな芝生、その奥に砂混じりの浜。
区画ごとに炊事場と電源ポール、遠くには他の家族連れのテントも見える。
「じゃ、荷物下ろすぞー」
胆がスライドドアを開けると、すぐさま男組が動き出した。
「テントとタープはこっち」
「BBQセットとクーラーボックスはそっちで」
英が手帳を見ながら指示を出し、青見と勇吾が重い箱をひょいと担ぎ上げる。
186センチと185センチのマッチョ二名が本気を出せば、テント一式くらいはおとなしく付いてくる。
「惣、ペグとロープ頼んだ」
「了解っす!」
惣一郎は、細身ながら機敏に小物類をまとめて運ぶ。
桜と胆は車から大型荷物を降ろしつつ、サイト全体の配置をざっと見渡した。
「タープは風向き考えてこっちだな」
「車はちょっと離しとくか。夜、星見えるように」
「氷室くん、ポールどこ立てる?」
「木陰を利用したいので……この辺りがベストですね」
英が地面に印を付け、青見と勇吾がポールを組み立てる。
6人もいれば、さすがに人手は足りているどころか、むしろ余裕があるくらいだ。
「女子チームは、とりあえず荷物をここにまとめておいてください。貴重品だけ持ってて」
「設営は男6人で回るから、しばらく遊んでて大丈夫ですよ」
英がさらっとそう言った瞬間――
「え?」
安生4姉妹+彩女の動きが、微妙に止まった。
「遊んでて……いいの?」
梨花が、妙に真顔で確認する。
「いいのも何も、危ないし。ペグ打ちとか、ハンマー飛んだら嫌でしょ」
青見が当たり前みたいに言う。
「湖あるし、まずは場所慣れしてきなよ。サンダルで砂浜歩くだけでも違うからさ」
「靴だけ、ちゃんと揃えておいてね?」
愛香が笑いながら付け足すと、ルテアと友香の顔がぱぁっと明るくなる。
「え、マジで? 遊んでていいの?」
「マジで?」
「マジで」
青見が苦笑しながら頷いた。
「タープとテント立てちゃえば、あとは細かいだけだから。
お前らまで全員で張り切ってやると、逆にやることなくなるって」
「……だそうよ」
梨花が小さく息をついて、肩の力を抜いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「やったー! カー、遊ぼ!」
クレートの扉を開けると、カーが飛び出してきて、嬉しそうに尻尾をぶんまわす。
女子たちはスニーカーを脱いで、サンダルに履き替え、湖岸へと駆けていった。
◇
砂混じりの浜は、日差しでほんのり温かい。
「つめたっ!」
最初に湖に足を突っ込んだのはルテアだ。
174センチの長い脚をばしゃっと濡らして、声を上げる。
「でも気持ちいい?!」
「ほんとだ……」
彩女も裾を少しだけまくり、裸足で水際に立つ。
ひんやりした水が足首を撫でていく感触は、プールとはまるで違う。
「カー、走っちゃダメ――ああもう!」
玲子が叫ぶ間もなく、カーは嬉々として湖に突っ込んだ。
茶色い大型犬が、そのまま犬かきでスイスイと沖の方へ進んでいく。
「泳ぐの早っ」
「さすがカーね」
「戻っておいでー!」
玲子が手を振ると、カーはくるっと向きを変えて、今度は勢いよく戻ってくる。
ざばーっと水しぶきが上がり、その余波で彩女と愛香の足元まで濡れた。
「冷たっ!」
「ちょ、カー!」
笑い声が湖面に広がる。
少し離れたところで、友香が湖とサイトの方を交互に眺めながら言った。
「すごいね。なんか、設営まで全部やって貰ってる!」
視線の先では、タープの骨組みがすでに立ち上がり、青いシートの屋根が風に揺れている。
ポールを立てているのは青見と勇吾、ロープを張っているのは胆と桜、細かい角度を指示しているのは英だ。
6人の男たちが無駄なく動くその様子は、ほとんど小さな工兵部隊である。
「これが普通?」
ルテアが、きらきらした目で梨花を見る。
「“女子は遊んでていいよ?”って言われてるの、ドラマとか漫画で見るやつじゃん。
キャンプ来たらまず設営、っていうのがうちらのデフォルトじゃなかったっけ」
「違うでしょ」
梨花は、足元の水面をつま先で軽く蹴りながら答えた。
「少なくとも、うち基準では“だいぶ甘やかされてる側”よ、これ」
「だよねぇ」
友香が苦笑する。
「山籠もりのときなんか、“女子だからこそ動け”ってパターン多かったもんね」
「父と祖父のもとで育つと、“女子だから免除される作業”ってほぼ存在しないから……」
ユイリィが肩をすくめる。
「むしろ“女子だからこそ筋力をつけろ”って言われる世界ですしね、安生家」
「それはそれでどうなんだろうね」
彩女が、半分笑いながら振り返った。
「でも、まぁ――」
湖岸に並んだ長身女子4人+ちびっこ組2人を、梨花は一度眺めてから、ふっと笑う。
「たまにはこういう“普通寄り”の扱いも、悪くないわね」
「だね」
愛香が、水面を指先で掬いながら頷く。
「どうせご飯の準備になったら、がっつり戦力に数えられるんだし」
「それはそう」
バックのサイト側から、「ポール固定した!」「じゃあペグ打つぞー!」という声が聞こえてくる。
湖の水音と、ハンマーのコツコツという音。
夏の蝉の声。
「……なんかさ」
彩女が、ぽつりと呟いた。
「ちゃんと“夏休み”してるって感じするね」
「うん」
ユイリィが、湖の向こうの山並みを見ながら目を細める。
「今年の夏は、きっといい夏になるわ」
その予感だけは、不思議と誰にも否定できなかった。