◆ 湖水浴タイム ◆
「――よし、とりあえずタープとテントは形になったな」
タープの下にできた日陰で、胆がぐっと伸びをした。
「細かい荷ほどきとか寝袋のセッティングは、あとででいいだろ。
せっかく天気もいいし、先にひと泳ぎしてこい」
「やった!」
「カーも限界っぽいしね」
湖岸では、既に何度か水に突っ込んでは戻ってくるを繰り返しているカーが、「わふっ!」と元気よく吠えた。
「じゃ、先に水着に着替えましょうか」
ユイリィの一言で、女子陣は連結したテントの片方――「女子更衣室」と仮指定された方へぞろぞろと入っていく。
「男子はこっちねー」
英が反対側のテントを指さす。
「中からチャック閉めてね! 間違っても覗かないように」
「お前が言うなって顔するな、彩女」
「いや、別に?」
彩女がそっぽを向く一方で、惣一郎はなんとも言えない微妙な表情をしていた。
「……なんで若干、これから処刑される人みたいな顔してるんだ、惣」
「いや、なんとなく……嫌な予感が……」
◇
男子テントの中は、簡易マットと荷物の山、そして――
「ほい、これ。お前らの分」
胆が、どさっと何かを投げてよこした。
青見、惣一郎、勇吾、英の四人の手元に、ぺしゃん、と落ちてきたのは――
「…………」
「…………」
布面積のやたら心許ない、競泳用っぽいブーメランパンツだった。
「……胆さん」
青見が、ゆっくりと顔を上げる。
「はい」
「なんで、オレまで」
ほぼ同時に、惣一郎の叫びが上がった。
「なんで俺までこういう系なの!? もっと普通のサーフパンツとか無かったの!?」
「僕もですよ……」
英もドン引き気味にパンツをつまみ上げる。
「これ、布、少なくないですか。人としての尊厳のラインを軽く越えてませんか」
「いいじゃねぇか」
胆は悪びれもしない。
「どうせ泳ぐんだから。水の抵抗考えたら、こういう方が合理的だぞ?」
「泳ぐけど!!」
惣一郎が全力でツッコむ。
「合理性で選んでいい領域と、社会的何かを考慮すべき領域があるんですよ!」
「お前ら、高校男子として今さら何を恥ずかしがる」
桜が、別の色のブーメランを腰に当てながら笑う。
「オレと胆くんなんか、この手のやつでプール監視もやってんだぞ?」
「それはそれでどうなんだ桜さん……」
勇吾はというと、ブーメランをじっと観察していた。
「布は少ないですが、運動性能としては理にかなっています。
ボクの肉体構造を鑑みても、問題なく適応可能かと」
「適応とか言うな」
青見は深くため息をついて、観念したようにパンツを持ち上げた。
「……女子の水着のこと、あれこれ言えなくなるな」
「それな!!」
惣一郎が全力で同意した。
◇
一方その頃、女子テント。
「……っ」
テントの中には、鏡と簡易ラックが一つ。
彩女は、買ったばかりの赤い三角ビキニの紐を結び終えて、鏡の前で固まっていた。
「彩女、どう? きつくない?」
愛香が後ろから様子をうかがう。
「きつくは……ないけど……」
見慣れない自分の姿に、どうしても目が泳ぐ。
(ほんとに着ちゃったな、これ……)
赤い布と、日焼けしていない肌とのコントラストがやたら強い。
(あいつ、どんな顔するかな)
それを想像してしまって、余計に頭が熱くなる。
「似合ってるよ、彩女」
ユイリィが、あくまでさりげなく褒める。
「やっぱり、ラインがきれいだから映えるわ」
「わたしはこっち?!」
友香は元気なスポーツタイプのセパレート、ルテアはラッシュガードを羽織ったビキニ、梨花はホルターネックのシンプルなもの、愛香と玲子はかわいらしいワンピースタイプ――と、それぞれのキャラがそのまま反映されたような水着姿だった。
「じゃ、行こっか」
「うん」
テントのチャックを開けて、女子たちが外に出る。
◇
そして、湖岸。
「お待たせ――」
女子たちが砂浜に出た瞬間、湖岸にいた数組のグループの視線が、一斉にこちらを向いた。
長身女子4人(梨花・友香・ユイリィ・ルテア)+運動神経のいい赤ビキニ+可愛らしいワンピ×2。
見た目のレベル的には、どう見てもこのキャンプ場でも上位に入る。
案の定、少し離れたところで遊んでいた大学生くらいの男子グループが、ざわざわし始めた。
「なぁ、あの子たち……」
「レベル高くね?」
「声かけてみる?」
「おいおい、どこから話しかけるかだよな?」
ありがちなノリで、2~3人がこちらへ向かって歩き出し――
「……あ」
その視界に入った。
タープの脇、湖岸側。
ブーメランパンツで浜を歩くマッチョが4名。
199センチの胆。
196センチの桜。
186センチの青見。
185センチの勇吾。
いずれも、余計な脂肪のない、使い物になる筋肉ががっつりついた“本気の体”だった。
遠目にも分かる逆三角形のライン。
ブーメランの布が、もはや「必要最低限の機能部品」に見えるレベルの肉体群である。
「…………」
「…………」
「……………………」
大学生グループの足が、そろって止まった。
「いや、ちょっと待て」
「なんだあのガチ勢」
「え、怖くね?」
「ていうか、あれ、父親じゃないの? 絶対誰かの父親いるだろあの中に」
桜と胆の年齢不詳な貫禄が、いい感じに“保護者”感を増幅させている。
「やめとこやめとこ。殺されはしないだろうけど、なんか色々負けそう」
「視線だけで心折れそうだわ……」
すごすごと方向転換して、自分たちのエリアに帰っていった。
その一部始終を、ちょっと離れた場所から見ていた友香が、ぽつりと言う。
「……なんかさ」
「うん?」
「ナンパ撃退してくれてるのは分かるんだけどさ」
湖水につま先を浸しながら、じっとマッチョ4人組を見つめる。
ブーメランパンツで湖に向かって歩いていく、背中4枚。
女子よりも明らかに、周囲の視線をさらっている。
「……なんか悔しい」
「それは分かる」
ルテアが、うんうんと力強く頷く。
「完全に“こっちじゃなくてそっち”見られてるもんね」
「女子が水着でキャッキャしてる横で、ブーメラン4枚は反則だわ」
「いや、でもアレはアレで“見たくて見てるわけじゃない視線”も多そうよ?」
ユイリィが、少し苦笑しながら肩をすくめる。
「目をそらしたら負けな気がして見てしまうパターンね」
「青見――!」
彩女が、湖に向かって叫んだ。
「あとで絶対文句言うからね!!!」
聞こえたのか聞こえなかったのか、青見は後ろ手にひらひらと手を振っただけで、そのままざぶざぶと水に入っていく。
カーが嬉しそうに彼らの周りを泳ぎまわり、湖面に水しぶきが上がる。
「……まぁ」
梨花が、湖に足を踏み入れながらぽつりと言った。
「結果的に、ナンパ避けとしては最高に機能してるから、良しとしましょう」
「機能性は高いんだよなぁ、機能性は……!」
友香が、どこにぶつけていいか分からない感情を波にぶつけるように、水面を蹴り上げた。
夏の湖は、今日も平和で、ちょっとだけカオスだった。