◆ 夕食・湖畔BBQ ◆
湖に夕陽が傾いて、タープの下の影が少し長くなってきたころ。
「そろそろ火、起こすか」
胆が、炭を詰めたBBQコンロの前にしゃがみ込んだ。
桜も隣でうちわを手に構える。
「勇吾、着火頼む」
「了解です」
勇吾が、慎重に火種を炭の間に差し込む。
次の瞬間、ふわっとオレンジ色の炎が立ち上がり、じわじわと炭全体に広がっていく。
「おお?」
「文明!」
惣一郎とルテアが、なぜか原始人みたいなリアクションをしていた。
「いいか、ここから先は――」
胆が、すっと立ち上がる。
「焼き網には、大人以外触るな。
火傷と食中毒は、笑い話にならんからな」
「はい」
英が即座に頷く。
「肉の管理は、胆さんと桜さんに一任します。僕らはサポートに回りましょう」
「任せとけ」
桜が、にやりと笑ってトングをひと振りした。
◇
分厚い牛カルビ、豚バラ、鶏モモ。
カット済みの玉ねぎ、パプリカ、ピーマン、カボチャ、しいたけ。
英と愛香が下ごしらえしておいた食材を、クーラーボックスから次々とトレイに並べていく。
「まずは牛からだな」
胆が、慣れた手つきでカルビを網の端から端まで並べた。
じゅわっと、脂が落ちる音と匂いが一気に立ち上る。
「うっわ、もう優勝じゃん」
惣一郎が、鼻をひくひくさせる。
「ほら、惣。まだだぞ。肉は焼けるまでが前座だ」
桜が、絶妙なタイミングでひっくり返しながら、ニヤリと笑った。
「表面がこうなったら、ひっくり返す。
このくらいで一回、全体に熱通して――」
パタパタとトングが踊る。
196センチの巨体が、信じられないほど軽やかに動いていた。
「……手付きが完全にプロ」
ユイリィが感心したように呟く。
「警備の仕事じゃなくて屋台でもやっていけそうだよね、桜さん」
愛香が笑うと、
「夏だけケバブ屋やるか?」
桜が冗談半分で返す。
隣では、胆が黙々と鶏モモと野菜を焼き始めていた。
「鶏はな、最初から強火でやると中まで火が通らん。
こうやって端側でじっくり……」
そう言いながら、炭の配置を少し変え、火力の強弱ゾーンを作る。
「牛は中心寄り、鶏とカボチャは外側、ウインナーはこの辺り。
覚えとけ、お前ら」
「はーい!」
ルテアと友香が、素直に返事をする。
「なんかさ」
彩女が、タープの柱にもたれながらぽつりと言う。
「クマでも焼いてるのかってくらい、手慣れてるよね」
「うちの父、ほんとにクマを捕まえて鍋にした前科があるから笑えない」
梨花が、遠い目で付け足した。
「動画あったもんね……『特殊な訓練を受けた達人が行っております。真似しないでください』ってテロップ入ってたやつ」
惣一郎が思わず口を挟む。
「今のこれも、“特殊な訓練を受けた達人が焼いております”案件じゃない?」
「まぁ、肉を殺す方じゃなくて美味しく仕上げる方だから、平和だよ」
英が、トングを持つ二人を眺めながら肩をすくめた。
◇
ほどなくして。
「――ほら、第一陣いくぞ」
胆が、焼き上がったカルビを次々と皿に乗せていく。
「肉待ちの奴、列作れ。ちゃんと順番に回すから」
「はいはーい!」
最前列は、もちろん惣一郎だった。
「惣、お前は野菜セットも一緒だ」
「え、なんで!」
「肉だけ食ってると、明日動けなくなって泣くのはお前だ」
カボチャとピーマンが一緒に乗せられて、惣一郎の顔が渋くなる。
「カボチャ……」
「勇吾はどうする?」
「ボクは何でもいただきます」
勇吾の皿には、自動的に肉増量モードで盛られる。
「あの内弟子、完全に“燃費がいい車”扱いされてるね」
ルテアが小声でつぶやく。
「肉タンク……」
玲子が、何かをひそひそ命名していた。
女子にも、順番に肉皿が配られていく。
「彩女」
桜が、肉と野菜をバランスよく乗せた皿を差し出す。
「ありがと、桜さん」
「あんまり焦って食うなよ。まだまだ焼くから」
「はーい」
愛香にも、梨花にも、ユイリィにも――
肉の焼け具合を見ながら、二人はそれぞれの好みに合わせた焼き加減で皿を組み立てていく。
「梨花ちゃんは、ちょいレア気味でいいんだよな」
「分かってるじゃない」
「ユイリィは、しっかり目だっけ?」
「そうね。赤身のところはほんのり残るくらいで」
オーダーが通るファミレス並みの精度で、肉が供給されていく。
「……なんかさ」
友香が、もぐもぐ口を動かしながら呟いた。
「“焼いてもらって食べるだけ”って、めちゃくちゃ贅沢じゃない?」
「分かる」
彩女が即座に同意する。
「普段、BBQって言ったら“焼く側”だったもんね」
「父さんやじいちゃんの横で、“焼き係手伝えー”って言われてね」
梨花が、苦笑しながら肉を頬張った。
「今日は完全に“お客さん”みたい。ちょっと落ち着かないけど、悪くないわ」
◇
「さ、第二陣いくぞー!」
桜が、今度は鶏モモとウインナーを山盛りにしていく。
「鶏うまっ」
愛香の目が、ほんの少し丸くなる。
「下味ついてる」
「それは氷室が前日に仕込んでくれたからな」
胆が、炭の上でカボチャをひっくり返しながら言う。
「英ちゃん、こういうとこは本当に有能だよね」
「“こういうとこは”ってとこに若干の含みを感じますが、まぁいいです」
英は紙コップのジュースを飲みながら、どこか満足げだ。
「ちゃんとタンパク質と炭水化物とビタミン取ってくださいね。明日、湖で遊ぶんですから」
「明日も遊ぶのか……」
惣一郎が、嬉しい悲鳴みたいな声を出す。
「遊ぶ前提なのね、惣くんは」
玲子が笑いながら、カーにソーセージをあげそうになって、慌てて手を引っ込めた。
「あ、ダメだ。玉ねぎの汁ついてる……」
「カーは普通のドッグフードね」
ユイリィが、事前に買っておいた犬用おやつを渡す。
「わふっ!」
カーは、それはそれで大満足だった。
◇
空は、すっかりオレンジから群青へと変わり始めていた。
肉の匂いと、炭の匂いと、湖の匂い。
時々吹く風が、それらを全部まとめてタープの下に運んでくる。
「――なぁ」
惣一郎が、串に刺さった焼き野菜を齧りながらぽつりと言う。
「こういうの、なんか“家族旅行プラスα”って感じするな」
「プラスα?」
「家族だけじゃ来れないメンツでさ。
でも大人二人が、ちゃんと焼いてくれて笑っててさ。安心感あるっていうか」
「それは分かるかも」
青見が、紙皿を片手に頷く。
「大人が“楽しませる側”に回ってくれてると、こっちは遠慮なくはしゃげるよな」
「おっ」
桜が、それを聞いてニヤリと笑った。
「じゃあ、ラスト一発、“本気の焼き”見せとくか」
「本気の?」
胆と桜が、顔を見合わせて頷き合う。
「脂乗ったとこ、こっち寄せろ」
「炭足すぞ、勇吾」
「了解です!」
最後の一回だけ、コンロの上がほんの少しだけ“戦場”のような気配になった。
炎の上で踊る肉。
トングがリズミカルに動き、煙の抜け道を作り、焦げる一歩手前でひっくり返す。
「はい、これが“本気で美味しいとこだけ詰めた大人プレート”」
出された皿を、みんなでつつき合う。
「うまっ」
「ずるっ」
「これだけでご飯三杯いける」
誰かのそんな言葉に、胆が笑う。
「まぁ、今日は米はないがな」
「その代わり、あとでマシュマロあるよ?」
ルテアが袋を見せびらかすと、惣一郎とカーのテンションが同時に跳ね上がった。
こうして――
安生家の武闘派大人二人が焼き続けた肉で、
湖畔のキャンプ初日の夜は、きっちりと“満腹&満足”で満たされていったのだった。