昼休みの雑談
◆ 二年C組・昼休みの雑談 ◆
昼休みの教室には、弁当の匂いと、あちこちから飛び交う笑い声が満ちていた。
窓際の一角。
青見と惣一郎、英が机をくっつけて弁当を広げ、その斜め前の列では、彩女と七海、愛香が女子卓を形成している。
七海は、食べ終わった弁当箱を片づけると、ふと思い出したように顔を上げた。
「そういえばさー」
「なに?」
彩女が、口をつけかけた紙パックのジュースを一度机に置く。
七海は、わざとらしく出欠簿の方をちらりと見てから、にやりと笑った。
「ごめんねー、彩女。私がいなければ、出欠簿で青見くんと男女1番で並んでたのに~」
「は?」
彩女がまばたきをする。
「ほらほら、出席番号。男子の一番がさー、東じゃん?」
七海は、前の席に座る青見の背中を、人差し指でつんと指す。
「で、女子の一番が、青山なわけよ、私」
自分の名前をどや顔で指さし、
「私さえいなければ、女子の一番が“安達”だからさ。
出欠簿の上から、東・安達で、仲良く男女ツートップだったのに~。邪魔してごめんね~?」
「別に良いわよ、そんなの」
彩女は、そっけなく言いながらも、耳の先がちょっと赤い。
七海はそれを見逃さない。
「出たよ、正妻のよゆー」
「誰が」
「なーに? 将来的には東彩女になるって?」
ちゃぶ台の向こうから茶化すみたいなノリで、さらっと言う。
「違うわよ」
間髪入れず、彩女が言い返した。
「安達青見になるのよ」
「……は?」
間抜けな声を出したのは、すぐ前の席の本人だった。
男子卓の三人が、一斉に後ろを振り返る。
「今なんつった?」
「聞こえてんじゃないわよ」
彩女は、ちらりと青見を睨みつけてから、肩をすくめる。
「うちの家系的には、だいたいそうでしょ。
おばあちゃんたち的には、“あんたが安達家に入る”のが既定路線だから」
あくまで平然とした口調で言う。
教室のその一角だけ、時が止まったみたいに静まり返った。
「……え、なにそれ。初耳なんだけど」
青見が、箸を持ったまま固まっている。
愛香が「ふふ」と笑って、ココアのストローをくわえた。
「わぁ、安達家の婿入り決定コースだ」
「めでたいわねぇ」
七海が面白がって手を打つ。
「東くん、そういうの、ちゃんと話聞いてる? 将来のお婿さん」
「いや、オレも今知ったんだけど?」
「ちゃんとエンドロールまで見ないからだよ」
惣一郎が、どこかで聞いたようなセリフで茶々を入れる。
「ホラー映画じゃないんだから」
英が呆れつつも笑っていると、彩女が小さくため息をついた。
「別に、本気で決まってるわけじゃないし。
ただ、おばあちゃんたちがそう言ってただけ」
そう前置きしつつも、声のトーンはどこか照れを含んでいる。
「“東くんみたいな子は、安達の籍に入れちゃえばいいのよ”とかなんとか。
“うちの孫娘にあそこまで身体張る男なんて、ほっといたら他所に持ってかれる”って」
「評価が具体的だな、おばあちゃん」
惣一郎が感心したように言う。
「安達家こわ……頼もしいけどこわ……」
七海はおもしろがりながら、なおも追撃する。
「でもさー、“東青見”から“安達青見”になるって、なんか面白いね。
漢字だけ見ると、どっちがどっちだか分かんない感じ」
「そこはほら、“名字が安達で名前が青見の、うちの旦那”って紹介するから」
彩女は、さらっととんでもないことを言った。
その場の数人が、同時に咳き込む。
「お前、自覚なく爆弾投げてくるよな……」
青見は、耳まで真っ赤になりながら、ぼそりとつぶやく。
「なによ。あんたの方こそ、あの夜にあんだけ言っといて、今さら何照れてんのよ」
「闇を呼ぶメロディ」の夜のことを、さらりと匂わせる。
七海が、わざとらしく両手で顔を覆った。
「ひゅ~、付き合ってる自覚ある側の発言だ」
愛香も、くすくす笑いながら口を挟む。
「でも、いいと思うよ。
東家と安達家、どっちの名字でもお似合いだし。
惣くんなんて、どっちの家にも入れてもらえなさそうだもの」
「なんで俺の話に飛ぶの!?」
「だって惣くん、婿入りって雰囲気じゃないもん。
“居候してたらいつの間にか家族だった”枠だよね」
「それはそれで嫌いじゃないけど!」
笑い声が、昼下がりの教室に広がる。
青見は、箸を持ち直しながら、ちらりと彩女を見る。
「……その、さ」
「なに」
「“安達青見”でも、“東青見”でも。
どっちでも、呼ばれたら返事はすると思うから」
不器用に、それだけ言った。
彩女は、数秒だけ黙ってから、ふいっと顔をそらす。
「……なにそれ。ずるいわね、あんた」
それでも、耳の先はさっきよりもさらに赤くなっていて。
七海はそれを横目で見ながら、心の中でひそかにガッツポーズを決める。
(うんうん。このクラス、やっぱり見てて飽きないわ)