なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

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放課後の雑談

 

 

 ◆ 放課後・二年C組の教室 ◆

 

 

 チャイムが鳴ってしばらく。

 部活へ向かう生徒たちで廊下がざわつき始める時間帯。

 

 彩女は、体操バッグにタオルとボトルを詰めながら伸びをした。

 その横に、陸上ジャージ姿の田村真琴が、いつの間にか立っていた。

 

「彩女」

 

「ん?」

 

 振り向くと、真琴はいつもの無表情に近い顔で、さらっと言った。

 

「森下顧問が彩女に来て欲しがってたぞ」

 

「……助っ人じゃなくて?」

 

 思わず眉をひそめる。

 

「大会前だけちょろっと来て『リレー頼むわー』とか、そのノリでしょ、どうせ」

 

「いや」

 

 真琴は、わずかに肩をすくめる。

 

「彩女、この前来た時に短距離どころか長距離でも男子以上の記録出してたでしょ」

 

「あー……」

 

 体育の持久走で、片桐先生に頼まれて“ついで”にタイム計測に混ざった日のことを、彩女は思い出す。

 

(だって、ランニング自体は安生道場でもやってるし……)

 

 トラックを軽い気持ちで走ったら、男子の学年トップタイムをあっさり更新。

 その勢いで、試しに100メートルも走らされて、これも短距離トップタイムを塗り替え――

 グラウンドの端で森下顧問が頭を抱えていた光景までセットで蘇る。

 

「ああ、それりゃ言われるわ」

 

 隣の席で聞いていた青見が、教科書を鞄に突っ込みながら苦笑した。

 

「陸上部からしたら『なんで体操なんだよ』ってなるよな」

 

「体操部だからよ」

 

 彩女は、当たり前だと言わんばかりに言い切る。

 

「床も跳馬も段違いもあるのに、これ以上増やしたら体が足りないの」

 

「でも、森下先生、本気でスカウトする気だった」

 

 真琴が机に腰を預けながら、淡々と続ける。

 

「『あの子がスタートラインに立ってくれたら、うちの県大会は十年ぶりに面白くなる』って」

 

「十年ぶりって、ずいぶん溜めてるわね」

 

「現実的な年数なんだよ。うちは“そこそこ強豪”止まりだから」

 

 真琴は、少しだけ目を細めた。

 

「彩女、あんた、フォームほぼ自己流でしょ」

 

「うん」

 

「それであのタイムは、正直反則気味」

 

「褒めてる?」

 

「褒めてる」

 

 真琴はあっさり認めた。

 

「ただ、森下先生の言い分も分かる。

 “全国クラスの脚力がトラックに立たないのは、競技としては損失だ”ってやつ」

 

「体操だって全国クラスなんですけど?」

 

「知ってる。だから迷惑かけたくないから私がまず確認しに来た」

 

 真琴は、彩女の目をまっすぐ見た。

 

「陸上、ちゃんとやる気があるなら、私も真面目に森下先生と話す。

 助っ人だけって割り切るなら、それはそれで線引きした方が楽だ」

 

「……」

 

 彩女は、少しだけ考えて、それから息を吐いた。

 

「今のところ、“ちゃんとやる気”まではないわね」

 

「はっきり言うな」

 

「体操で手一杯だもん。

 ……走るの嫌いじゃないし、楽しいんだけどさ」

 

 そこで、ちらっと青見の方を見る。

 

「あんたも、どう思う?」

 

「え、オレ?」

 

 いきなり振られて、青見は目を瞬かせる。

 

「うん。陸上もやった方が良いと思う?」

 

「そうだなぁ……」

 

 少しだけ考えてから、青見は言った。

 

「彩女が楽しめるなら、やってもいいんじゃないかな。

 でも、“どっちも全国狙います”とかやり始めたら、多分体がもたない」

 

「でしょ」

 

 彩女は、そこでようやく肩の力を抜いた。

 

「じゃあ、今は“体操メイン・陸上はたまに遊びに行く”くらいで」

 

「遊びって言うな」

 

 真琴が、やれやれといった顔で立ち上がる。

 

「ま、森下先生には伝えとく。

 “長距離と短距離、両方の記録を勝手に更新して帰っていく渡り鳥です”って」

 

「なんか言い方に悪意を感じる」

 

「事実だろ」

 

 そこへ、廊下から森下顧問の声が飛んできた。

 

「田村ー! 何やってる、アップ始めるぞー!」

 

「今行きます」

 

 真琴はくるりと踵を返しながら、手だけひらひらと振った。

 

「じゃ、彩女。気が向いたら、またトラックにも顔出して」

 

「体操の合間にね」

 

「それでも十分脅威だから困るんだよな」

 

 ぼそっと本音を残して、陸上ジャージの背中が教室を出ていく。

 

 その背中を見送りながら、青見がぽつりと言った。

 

「……なんかさ」

 

「なに?」

 

「うちのクラス、“全国タイトル持ちですけど何か?”みたいな顔してるやつ多すぎない?」

 

「そういうこと言うあんたもその一人でしょ」

 

 彩女が、じろっと睨みながらも、どこか照れくさそうに笑った。

 

「まぁ、いいけどね。

 どうせ走るにしたって――一番近くで、あんたに見ててもらえれば、それで十分」

 

「急にそういうこと言うなよ」

 

「言ってないわよ。言ってないってば」

 

 そんなツンデレ混じりのやり取りをしながら、

 彩女はいつものように体操バッグを肩にかけ、

 青見は剣道の竹刀袋を手に取る。

 

 それぞれの“全国”へ向かう放課後が、いつも通りに始まっていった。

 

 

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