/*/ 二学期・編集部からの電話 /*/
二学期が始まって、一週間ほど経ったころ。
逢瀬学園の職員室で、昼休みのチャイムが鳴り終わったタイミングだった。
「はい、逢瀬学園高等部でございます」
事務電話を取ったのは、いつもの事務員さん。
数秒間、丁寧な応対が続き――
「……はい、“NOON”編集部様……あの、先日、本校の生徒がストリートスナップに……」
その単語に、隣の席でプリントをまとめていた篠原結が、ぴくっと顔を上げた。
(あ、これ絶対、あの腹筋のやつだ)
数日前、職員室に回覧で回ってきた例の雑誌。
「夏休みの冒険、腹筋ペアルック」のページを見つけて、教師陣が一斉に固まったのは記憶に新しい。
写真の隅に、小さく載っている名前。
――東青見(高2)
――安達彩女(高2)
(よりによって、うちの2年C組コンビですよねぇ……)
結は、心の中で頭を抱えつつも、表情には出さない。
「はい……はい、少々お待ちくださいませ。……篠原先生?」
事務員さんに呼ばれ、結は慌てて椅子を離れた。
「は、はいっ」
「こちら、例の雑誌の編集の方でして。東くんと安達さんのことで、お話があると」
受話器を渡され、結は胸のあたりで一度深呼吸すると、ぺこりと頭を下げるような仕草で電話口に出た。
「お待たせしました、2年C組担任の篠原と申します」
受話器の向こうから聞こえてくる声は、はきはきとしていて、どこかテンションが高い。
『突然のお電話すみません。“○○STREET”編集部の△△と申します。先日は、弊誌のストリートスナップに、生徒さん二人がご協力くださって』
「あ、いえ、その節はお世話になりました……」
(いや、こっちは知らなかったんですけどね!?)と心の中で突っ込みつつ、外面はにこやかに保つ。
『実はですね、その後、取材メモの整理をしている時に、あのお二人が“器械体操の全国優勝者”と、“剣道個人優勝者”だと伺いまして』
「……はい?」
思わず素に戻る結。
『スポーツ大会の記録や、学校のホームページも拝見しまして。これはぜひ、もう少し大きな特集を組ませて頂けないかと』
「特集、ですか」
『ええ。“アスリート高校生のリアルファッション”みたいな企画で、お二人を中心に、お話を伺えたらと。逢瀬学園さん自体の紹介も、誌面でさせて頂きたいと思っています』
職員室の片隅で、結の眉がぴくりと跳ねた。
(学校紹介付き……それ、うちの理事長、絶対食いつくやつだ)
今年も少子化と進学先競争で、学校説明会にはかなり力を入れている。
有名雑誌で「全国優勝者のいる学校」として紹介される、なんて話――
『校内での撮影もお願いできれば、と考えておりまして。体育館や剣道場でのカット、制服での写真。それから、お二人には何パターンかコーディネイトして頂いて、インタビューも……』
「コーディネイト、というと……」
『前回のような腹筋の見えるスタイルも、もちろんアリなんですが――』
「そ、そのあたりは、校則とご家庭と、よく相談させてくださいね?」
思わず食い気味に遮ってしまい、結はあわてて咳払いした。
『もちろんです。あくまでご本人と学校・ご家庭のご意向を最優先で。こちらとしては、スポーツで鍛えた身体を、健康的に、かつカッコよく見せられればと』
言い回しそのものは誠実で、無茶をする編集者ではなさそうだ。
結は、ひとまず安堵して頷いた。
「分かりました。一度、学校側と、ご家庭それぞれに確認した上で、改めてこちらからご連絡差し上げてもよろしいでしょうか」
『はい、ぜひお願いいたします!』
電話を切ると同時に、結はふぅっと息を吐いた。
「……えーと」
周りの先生方が、明らかに耳ダンボでこちらを見ている。
「何か、面白い話ですか?」
数学の北見が聞いてきた。
「例の“腹筋ペアルック”がですね……」
「あー、やっぱり」
職員室に、微妙な笑いが広がる。
「編集部が、お二人が“全国優勝コンビ”だって知っちゃったらしくて。もっと大きく取り上げたいから、学校とご家庭に正式に取材させてほしいって」
「そりゃ来るわなぁ」
体育科の森下が、楽しそうに腕を組む。
「うちとしても、悪い話じゃないと思うぞ。全国紙で学校名出るんだろ?」
「でしょうねぇ……」
結は内心で、理事長の顔を思い浮かべた。
――数分後。
「面白そうじゃないか」
職員室に呼ばれた伊集院貴也は、雑誌のページを一読してそう言った。
「ちょっと露出は多いが、ストリートスナップとしては許容範囲だろう。なにより、全国優勝者二人を外に出す良い機会だ」
「理事長、そう来ると思いました」
結がため息をつくと、伊集院は肩をすくめて笑う。
「もちろん、校則と保護者の許可が前提だ。剣道部としての写真、体操部としての写真、制服姿。そこに“安全な範囲での私服コーデ”を少し。そんなところだろう」
「“安全な範囲で”を、編集さんがどう解釈するかですねぇ」
「そこは我々が立ち会う。……東と安達が嫌がるようなら、その時点で断って構わん」
そうキッパリと言い切るあたり、さすがに教育者である。
「とりあえず、二人と保護者の意向を聞いてみます」
「うむ。楽しい学校生活の一部だ。本人たちにとって良い思い出になるのなら、私は歓迎だよ」
“楽しい学校生活”という言葉に、結は苦笑しながらも頷いた。
/*/ 2年C組・ホームルーム /*/
「――というわけで」
放課後前のホームルーム。
結は黒板の前で、クラス全員を見渡した。
「“NOON”編集部さんから、正式にこういうお話が来ています」
雑誌と、編集部からの依頼文書を掲げる。
「夏休みにストリートスナップを受けてくれた東くんと安達さんを、“アスリート高校生”としてもっと大きく特集したい、と」
一拍。
「「「キターーーーー!!」」」
教室のあちこちから、歓声とも悲鳴ともつかない声が上がった。
「ほら見ろ、第二弾だって言ったろ!」
「腹筋ペア続編!!」
「全国誌でクラス名まで出るのヤバくない!?」
「うちの学校、急にリア充校みたいな扱い受けない? 大丈夫?」
好き勝手に盛り上がるクラスメイトたちの声を背中で浴びながら、
当の二人――青見と彩女は、固まっていた。
「……マジか」
「……聞いてない」
机の上で、二人の拳が同じタイミングでぎゅっと握られる。
「編集部の方のご希望としては、先ほど職員室でも聞いたんですが」
結はプリントの一部を読み上げる。
「校内での撮影。体育館や剣道場での様子、制服姿。それから、何パターンかの私服コーディネイトでの撮影とインタビュー。――こんな感じですね」
「何パターンか、って何パターンですか先生」
「そこは“数パターン”ってぼかされてますが、たぶん3~4くらいだと思います」
クラスの誰かが、「3回くらい腹筋出すってことか」とぼそっと言い、教室がどよめいた。
「一応、学校としても、露出が多すぎる服はNGって先に伝えておきます。そこはご安心を」
「“多すぎる”の基準どこですか先生!!」
彩女の悲鳴のような質問に、クラスが爆笑に包まれる。
「そこは、理事長と私とで、ちゃんとチェックしますから」
「理事長のチェック……それそれで嫌なんだけど……」
青見が、頭を抱えた。
「というわけで、まずは東くんと安達さん本人の意思を確認したいんですが」
結は二人の机の前まで歩いてきて、少しだけ声を柔らかくする。
「乗るかどうかは、ほんとに君たち次第。断っても全然構いません。学校としても、『生徒が嫌がることを無理にやらせるつもりはない』って編集さんには伝えてあります」
教室中の視線が、二人に集中する。
「……」
(やめるって言ったら、みんな一瞬「えー」って言って、そのあと普通に戻るんだろうな)
青見は、そんな光景を頭の中で想像した。
(でも、多分。何年かあとで、あの雑誌のこと思い出した時――)
原宿の雑踏で撮ったあの一枚。
彩女がこっそり買った“記念の雑誌”。
そこに、もう少しだけ何かを足しておくのも、悪くない気がする。
「……俺は」
視線を前に向けたまま、青見が口を開いた。
「校則と、部活と、勉強の邪魔にならない範囲なら。やってみてもいい、と思います」
「マジか東ぉぉぉ!!」
「流石主人公、腹くくった!!」
男子たちの歓声が飛ぶ。
その隣で、彩女はぎゅっと唇を噛んだまま、うつむいていた。
「安達さんは?」
結が、ゆっくりと問いかける。
「……また、変なコピーつけられるかもよ?」
誰かが茶化すように言いかけて、隣の女子に肘で突かれていた。
(“腹筋ペアルック”だけでも、一生ネタにされそうなのに)
彩女は、机の端を指先でいじりながら、深く息を吸う。
(でも――)
思い出すのは、書店のレジの前で感じた、あの妙なふわふわした感覚。
リビングで、雑誌を見て笑っていたお母さんとお父さんの顔。
「……あたしも」
小さく、でもはっきりと声を出した。
「そんな、しょっちゅうある話じゃないし。……変な格好はしない、って約束してくれるなら。やってみても、いいかなって」
「おおおおおおお!!」
「腹筋先輩、漢(おとこ)前!!」
「女子だわ!」
教室が、さらに一段階沸いた。
「ありがとう。じゃあ、二人のご家庭にも改めてご説明に伺いますね」
結はほっとしたように微笑むと、黒板に「撮影日候補」と書き始める。
「撮影日は、授業や大会スケジュールと調整して、土曜の午後あたりで考えています。立ち会いは私と、理事長と、体操・剣道の顧問の先生。それと――」
ちらりと、教室の隅を見る。
「カメラに写りたがりそうな人たちは、くれぐれも邪魔しないように」
「誰のことかな~?」
「惣一郎と愛香じゃね?」
名指しされてないのに、クラスメイトの視線が一点に集まり、二人がそろって「えー?」ととぼける。
「編集さんから、他のクラスメイトも、背景として少し写るかもしれないって言われてます。校内の雰囲気を撮りたいそうなので。……くれぐれも、授業中に窓の外で変なポーズとか取らないようにね?」
「バレたか」
「やろうとしてたのかお前ら」
こうして――
原宿の片隅で偶然撮られた“腹筋ペアルック”は、
いつの間にか「全国優勝アスリート高校生と、その学校」という、少しだけスケールの大きな話になって動き出す。
撮影当日、どんなコーデとコピーが付けられるのか。
その詳細は、まだ誰も知らない――。