まあ保護者つっても、オレの方は理事長が後見人だから、あの人が乗り気ならもう決まりなんだよな。
(“学校PRの絶好の機会だね”とか言って、速攻で判子押すだろうし)
帰り支度をしながら、オレ――青見はそんなことを考えていた。
問題があるとしたら、むしろ隣の席だ。
「……じゃ、問題はうちか、ってことか」
ぼそっと漏らすと、プリントをカバンに突っ込みながら、彩女が顔だけこっちを向いた。
「なに、その“死刑宣告を待つ囚人”みたいな顔」
「誰のせいだよ」
「半分くらいは青見のせいでしょ。腹筋揃えて雑誌に載るから」
ぐうの音も出ない正論で刺してくる。
ホームルームが終わっても、クラスのあちこちではまだ
「撮影いつ?」「休みの日見学いける?」「背景に映り込みたいんだけど」
などと騒いでいる。
「……で、保護者の許可って言ってたけどさ」
廊下に出て、靴箱まで歩きながら、彩女がため息交じりに言った。
「青見のところは、どうなの。親御さん」
「“親御さん”ていうか、うちはほぼ伊集院さん一択だな。あの人が“いいんじゃないかね”って言ったら、それで決まり」
「ああ、そうか。後見人ってそうだった」
彩女は納得したように頷き、それから遠い目になった。
「……うん、問題はうちだわ」
「だよな」
先日の“雑誌大騒ぎ回”を思い出す。
リビングで、母親に雑誌を突きつけられ、父親にホットパンツの裾の短さを指摘され、その上で
『おばあちゃんにも見せてあげなきゃ』
と宣言されたあの日だ。
「うちのお母さん、ああいうの大好きだからさ……」
彩女が、げんなりしたように眉間を押さえた。
「今日、“雑誌の続きです”なんて話持ってったら、絶対喜ぶじゃん」
「いいことなんじゃないの、それは」
「問題はそのあとなの!」
下駄箱でローファーに履き替えながら、彩女の愚痴は止まらない。
「どうせ『じゃあ撮影の日はおばあちゃんも呼ばなきゃねぇ』って言うんだよ」
「あー……」
「“うちの彩女ちゃん、今度は学校で撮影なんですって~”って、絶対電話で根回しするから。はい、うん、おばあちゃんたちまで来そう」
想像できすぎて、オレも苦笑するしかなかった。
「撮影現場に、親と祖父母と近所のおばちゃんズがギャラリーで並ぶの、マジで勘弁なんだけど」
「それは……さすがに編集さんもビビるな」
二人で顔を見合わせて、同時にため息をつく。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
「ただいまー」
「おかえりー。あ、ちょうど良かった。篠原先生から電話あったわよ」
玄関をくぐった瞬間、キッチンから飛んできた母の声に、彩女の背筋がぴしっと固まった。
(……きた)
リビングのテーブルには、既に例の雑誌が開きっぱなしになっている。
横には、学校からの封筒。
「えーとねぇ」
エプロン姿の母は、いかにも面白そうという顔で、封筒の中身のコピーをひらひらさせた。
「“NOON編集部から、本校生徒・東青見さん、安達彩女さんの取材申し込みがありました”って」
「説明しなくていいから、あたし本人だから」
むしろ聞きたくない情報を朗読されるこの感じ。
ソファには、既に父も座っていて、コピーを一枚手に取って眺めていた。
「全国優勝者として、もう少し大きな特集を組みたい、か」
父が、いつもの落ち着いた声で読み上げる。
「校内での撮影と、数パターンの私服コーディネイト……ほう」
そこで、ちらりと娘を見る。
「……ほう?」
「いや、よくここまで育ったなと思って」
「そこ感心するところ?」
母は完全にノリノリだ。
「いいじゃないの~。ねえお父さん? 学校の紹介までしてくれるんでしょ?」
「そうだな。進学希望者も増えるかもしれん。……うちに直接メリットがあるかは別として」
「あるでしょ。“全国優勝の体操選手がいる学校”って」
散々話が盛り上がってから、ようやく母が彩女の方を向いた。
「で、本人の希望は?」
「……一応、“やってもいい”って言った」
言った瞬間、自分でもちょっと驚く。
「無理ですって断っても良かったんだけどさ。なんか、あそこまで盛られた以上、途中で逃げるのもどうなんだろうって」
「あら、責任感あるじゃない」
「そういう問題?」
母は嬉しそうにぱんっと手を打った。
「じゃ、決まりね。OKで返事しとくわ」
「ちょっと待って、まだ続きがあるでしょ」
彩女が警戒するより早く、母はお馴染みの一言を口にする。
「おばあちゃんにも連絡しなきゃ」
「出たーーーー!!」
予想通りすぎて、逆に清々しい。
「ちょ、なんでそこでおばあちゃん!?」
「だって、前に雑誌見せた時、すっごい喜んでたじゃない。“今度は生で見たいわぁ”って」
「言ってたけどさぁ!!」
父までが、穏やかな口調で口を挟む。
「撮影日は、土曜の午後になるらしいな。見学自体は、学校側が許可すれば可能だと書いてある」
「お父さんまで冷静に条件確認しないで!?」
「いや、どうせお前、競技の大会でも家族総出で来られてただろう」
「それは、そうだけど!」
母は早くもスマホを手に取っていた。
「お母さん、ちょっと待って。今かけるの? 今!?」
「思い立ったが吉日」
「やめてぇぇぇ!」
必死で止める娘を片手でかわしつつ、母は器用に通話ボタンを押す。
「もしもし、お母さん? 彩女ね、また雑誌に載るかもしれないのよ~」
「情報共有はえぇよ!!」
受話器の向こうから、
『まぁ~! 本当に?』という弾んだ声が聞えてきて、
彩女は頭を抱えた。
(あ、これ完全に来るパターンだ)
――その予感は、数日後、学校に届いた一通のFAXによって現実になる。
〈当日、家族も見学に伺ってよろしいでしょうか〉
そんな一文の末尾には、母の名前とともに、
ちゃっかり祖母の連名まで添えられていたのだった。