――安達家のFAXに連名で名前を書いたその人は、
彩女の母の母。
そして、安達ヶ原の鬼の一族だった。
/*/ 安達家・電話の向こう側 /*/
『まぁ~! 本当に?』
受話器の向こうで弾んだ声をあげたのは、安達家・母方の祖母――安達トメ。
「そうなのよ、お母さん。ほら、この前の雑誌あったじゃない? 彩女が載ってたやつ」
『腹筋の。かっこよかったわねぇ、あれ』
電話越しでも分かるくらい、楽しそうな声音。
このひとが本気で怒ると、空気が一段暗くなる。
周囲の人間はみんな「ちょっと寒気がする」と言って一歩引く――それを、安達家では冗談半分で“鬼の血”と呼んでいた。
本人はケロッとした顔で、いつも通り畑仕事をこなす、おしゃべり好きの“普通の田舎のおばあちゃん”なのだけれど。
『で、今度は学校で撮るのかい?』
「うん。雑誌の人が、もっとちゃんと特集組みたいんだって。“全国優勝の体操選手と剣道選手の高校生活”みたいな」
『ほうほう』
そこで一度、トメの声色がわずかに低くなる。
『……変なことされないかい?』
「そこは学校も立ち会うみたいだから、安心して。露出が多すぎる服はダメって、理事長先生も言ってくださってるし」
『なるほどねぇ』
納得したような、しないような相槌。
しばらく黙り込んだあと――
『――行くわ』
「だよねぇ~」
ほとんど予想通り、という感じで、彩女の母は笑った。
『可愛い孫が、外でどんな顔してるのか見るチャンスだもの。
それに』
トメの声に、ほんの少しだけ“別の色”が混じる。
『鬼の血筋に、ヘンな真似するやつがいないかどうか――
この目で見ておきたいしねぇ』
「お母さん、“その目”はあんまり全開にしないでよ? 編集さん、たぶん普通の人だから」
『分かってるよ。年寄りは空気読むのが仕事だからねぇ』
ケラケラと笑う声に、背筋が少しだけヒヤっとする。
(空気読む年寄りが、あの目で睨んだら、大概の人は動けなくなるんだよなぁ……)
娘は、うっすらと昔の記憶を思い出しながら、苦笑いするしかなかった。
/*/ 数日後・2年C組の帰り道 /*/
「……で、どうだった?」
下校途中、駅までの道。
青見がそう聞くと、彩女は肩をがっくり落とした。
「はい、“おばあちゃん連れて行きます”確定」
「やっぱりか」
言うまでもなく、という感じの返事になる。
「母+父+おばあちゃん。たぶん三人セットで来るよ。
あの感じだと、“ついでに伯母さんも”とか言い出しかねない」
「ギャラリー増えてる……」
頭の中で、体育館のギャラリー席にズラッと並ぶ安達家女性陣の姿が浮かぶ。
なんかもう、雑誌の撮影なのか“家族参観日”なのか分からない。
「ていうかお前のばあちゃんってさ」
青見は、少し言い淀んでから、小声で続けた。
「この前、家行った時一回だけ会ったろ。玄関先で」
「ああ、うん」
あの時――
夕方の安達家の玄関。
買い物帰りのトメが、「あらまぁ」と言いながらエコバッグを下げて立っていた。
一見、本当にどこにでもいる“元気なおばあちゃん”だったのに。
「目が、ぜんっぜん普通の人じゃなかったよな」
「言うな」
彩女が、額を押さえた。
「昔からさ、近所の子とか、悪さした大人とか、あの目で睨まれるとみんな黙るんだよ。
“ここで逆らったら帰り道でコケる”みたいな確信が湧いちゃう目」
「それ呪いじゃないの?」
「呪いっていうか、“安達ヶ原の鬼の一族”なんでしょーが」
さらっと言われて、青見は「だよな」とため息をつく。
安達彩女が、安達ヶ原の鬼の末裔――
それを知ったのは、去年の秋の騒ぎの時だ。
だから、その“本家本元”みたいな存在が学校に来る、と思うと。
(理事長と、おばあちゃん。
どっちが上なんだ、あの威圧感……)
考えたくない比較が、頭をよぎる。
「まあ、普段は普通のおばあちゃんだから。お菓子くれるし」
「“普段は”って、限定がついてんだよなぁ」
言いつつも、どこか安心している自分もいた。
――少なくとも、“変なことをしようとする大人”がいたら、
編集部だろうが誰だろうが、あの目一発で黙らせてくれるだろう、という確信がある。
それはそれで、理事長より頼りになるかもしれない。
/*/ 職員室・FAX確認タイム /*/
「先生、保護者の方からFAX届きました」
事務員さんが持ってきた紙を、篠原結は受け取った。
「ええと……“取材の件、娘とも相談のうえ、前向きにお引き受けしたく存じます”……」
そこまでは、ごく普通の文面。
問題は、その次だ。
「“当日、家族も見学に伺ってよろしいでしょうか”」
まあ、それもまだ理解できる。
その下――
「保護者 安達〇〇 祖母 安達トメ」
さらっと並んだ連名を見て、結は「あ」と小さな声を漏らした。
「どうかしましたか?」
隣で北見が首を傾げる。
「いえ、ちょっと。……安達さんちのおばあちゃんって、たしか――」
昨年の秋。
“安達ヶ原”の件で、裏側の大人たちがざわついていた頃に聞いた話。
――安達家の母方は、古い“土地の血”を引いている。
昔の言い方をすれば、“鬼”の一族。
(あの目で編集さん睨まれたら、カット内容一瞬で修正になるわね……)
半分冗談、半分本気でそんなことを思う。
「理事長には、先に伝えておいた方がいいかしらね。
“取材当日、鬼のご一族が見学に来ます”って」
「先生、さらっと物騒な報告しないでください」
北見のツッコミに、結は苦笑しながらFAXを三つ折りにした。
――こうして。
腹筋ペアルックから始まった一件は、
編集部。
学校。
理事長。
そして、安達ヶ原の鬼の一族のおばあちゃんまで巻き込んだ、
ちょっとした“祭り”の形を取り始めていたのだった。