/*/ 取材当日・朝の2年C組 /*/
その日は、朝からどことなく教室の空気が落ち着かなかった。
「なあ、もう来てんのかな、雑誌の人」
「職員玄関で受付だろ? ワンチャンすれ違えるかな」
「お前、背景に映り込む気満々だな」
ホームルーム前の2年C組はいつもより騒がしく、
篠原結は出欠を取りながら、内心で(まあ、今日は仕方ないか)とため息をついた。
「はい、静かにー。今日、午前中は“NOON”さんの取材が入っています。
まずは授業風景と、廊下・校舎内の様子を撮影するそうなので――普段どおりにしてれば大丈夫です」
「“普段どおり”って一番難しいやつじゃん……」
「そういうこと言うから普段どおりじゃなくなるのよ」
そんなやり取りをしていると――
コンコン、とドアがノックされた。
「失礼しまーす。“○○STREET”編集部です」
入ってきたのは、ストラップ付きの一眼レフを提げたカメラマンと、
原宿で会った女性編集者・△△さん。
名札を下げて、柔らかく会釈する。
「お忙しいところありがとうございます。2年C組さん、ですよね。
今日1日、よろしくお願いします」
「よろしくお願いしまーす!」
クラス全員が、ちょっとテンション高めの声で返す。
(うわ、やっぱ生で見ると“雑誌の人”って感じだ……)
青見は、妙に現実感のあるその姿に、喉が少しだけ渇くのを感じた。
編集者は、手元のメモを確認しながら微笑む。
「まずは、普段の授業風景や、クラスの雰囲気を撮らせてください。
東くんと安達さんだけでなく、クラスのみなさんも“ふだん通りの様子”が写ると嬉しいです」
「だってさ。はい、“ふだん通り”って言われたので、ちゃんと授業受けますよー」
結がわざとらしく言うと、教室に笑いが起こった。
/*/ 1限・数学のスナップ /*/
数学の時間。
黒板の前では、いつものように北見が淡々と因数分解を解説している。
「じゃあ、この問題――東」
「はい」
立たされて、黒板にチョークを走らせる青見。
その様子を、後ろのドア近くからカメラが狙う。
カシャ、カシャ、とシャッター音。
(なんか、答案書く手がやけに気になる……)
普段どおりに、とは言われたけれど、
“全国誌に載るかもしれない板書”と思うと、字を丁寧に書かざるを得ない。
席に座る彩女も、ちらちらとカメラの存在を意識してしまう。
(あたし顔上げたら、絶対変な顔で写るやつだコレ)
そう思って教科書に目を落としていたのに、ふと視線を感じて顔を上げてしまい――
ぱしゃ。
目が合った瞬間を、きれいに抜かれた。
「……やられた……」
小声で呟くと、隣の惣一郎が肩を震わせて笑った。
/*/ 廊下&校舎スナップ /*/
2限のあとの休み時間。
編集者とカメラマンは、結と一緒に校舎内を回りはじめた。
「こちらが職員室と、進路指導室ですね。
この廊下の奥が理事長室で――」
「伊集院理事長先生にも、少しだけご挨拶させてください」
「もちろんです。あとでお時間とってありますので」
廊下では、ちょうど別クラスの生徒たちが談笑している。
そこも軽く声をかけて、何枚か撮影。
「じゃあ、ちょっとこの窓際で、“友達と他愛もない話してます”って感じで立ってもらってもいい?」
「え、あ、はい!」
名もなきモブ男子・女子たちも、今日だけは“エキストラ気分”だ。
その様子を、2年C組の何人かが、廊下の端からこっそり覗いている。
「いいな……」
「背景でもいいから写りたい……」
「お前らさ、今日の主役どこ行ったよ」
そんなことを言い合いながら――
青見と彩女は、このあとの“競技シーン”に胸のあたりがそわそわしていた。
/*/ 器械体操・彩女の番 /*/
午前の後半。
体育館の一角、器械体操用のゾーン。
段違い平行棒、平均台、マット。
見慣れた配置の中で、彩女はウォーミングアップをしていた。
「じゃあ、安達さん。いつも通りの流れで大丈夫ですので、
危なくない範囲で“らしさ”が出る技をいくつかお願いできますか?」
森下が説明し、編集者が頷く。
「はい。じゃあ、床と……平行棒、少しだけ」
体操部ジャージの上着を脱いで、レオタードの上にTシャツを重ねた状態になる。
露出は抑えめ――だが、動き出せば一目で“本職”と分かる。
助走からの前方宙返り。
片手倒立からのロール。
段違い平行棒での流れるような懸垂と振り上がり。
シャッター音が、いつもより多めに重なった。
「すご……」
「いや改めて見ると、人間やめてない?」
観覧席で、同じクラスの女子たちが小声で騒いでいる。
その中に――
安達トメの姿もあった。
十人兄姉の末っ子。
兄一人、姉八人の中で育った“下の下”のはずなのに、なぜか一番空気を支配する小柄な老婆。
「ほほぉ……」
孫が飛ぶたび、目を細めている。
彩女が着地を決めると、
トメは小さく、しかしはっきりと頷いた。
「うん。ちゃんと“鬼の子”だねぇ」
隣で聞いていた彩女の母が、「普通に褒めてあげて」と苦笑する。
/*/ 剣道場・青見の番 /*/
続いて、剣道場。
道着と袴に身を包んだ青見が、防具を着け、いつものように素振りをする。
「では、東くんには、全国大会での動きに近いところを、
軽く見せて頂けますか?」
剣道部顧問の手嶋が言うと、青見は静かに頷いた。
「かかり稽古までで、いいですか」
「うむ。それで十分だ」
構え。
一歩、二歩――からの、鋭い面打ち。
踏み込みの音が、道場に響く。
カメラマンは、最初は低い位置から足元の踏み込みを狙い、
次に顔の高さで、面の抜ける瞬間を捉えようと位置を変えた。
そのとき――
ギロリ。
道場の入り口横から、刺すような視線が飛んできた。
(……空気、また冷えたな)
結は、背中にぞくりとしたものを感じる。
視線の主は、もちろん安達トメである。
とくに何も言っていない。
ただ、孫と、その“相棒”となる男子を撮ろうとする大人たちを、じっと見ているだけ。
それだけで、“変な撮られ方はさせない”という意思表示になっているのが分かる。
「……もう少し、真正面より、少し斜めからにしましょうか」
カメラマンが、ごく自然にアングルを調整し、
編集者も「そうですね、力強さが伝わりやすいですし」と頷いた。
(……鬼っていうより、完全に現場監査役だな)
結は心の中で苦笑した。
/*/ 昼休み・逢瀬学園カフェテリア /*/
午前の撮影がひと段落すると、ちょうど昼休みになった。
「せっかくなので、カフェテリアの様子も撮らせて頂けますか?
“学校生活”の一部として」
編集者の申し出に、結はにっこり頷く。
「うちの自慢のカフェテリアですから。ぜひどうぞ」
――その言葉は、まったくの謙遜抜きだった。
逢瀬学園カフェテリア・昼時。
制服姿の生徒たちがトレーを手に行列を作り、
カウンターの向こうでは、4人のウェイトレスが慣れた手つきで料理を受け渡していた。
「いらっしゃいませー。日替わりA、あと三つでーす」
「Bランチ、ラスト一食になります。ご希望の方はお早めに~」
黒髪ポニーテールの長女・梨花。
同じく黒髪で元気な雰囲気の次女・友香。
シルバーブロンドのユイリィ。
ピンクブロンドのルテア。
――安生4姉妹。
カフェテリアの看板娘(看板美女)たちだ。
「……ちょっと待ってください」
編集者が、カウンター前で固まった。
「なにこれレベル高くないですか?」
カメラマンも、思わず素で声を漏らす。
「なにって、あれが安生家の4人で――」
結が説明しかけるより早く、
「すみませーん、“NOON”さんですね? いつもお世話になってます」
梨花が、営業スマイルではない“素の微笑み”で軽く会釈した。
「今日は、腹筋ペアの二人がお世話になります」
「あ、こちらこそ! もしかして皆さんも本校の……?」
「同じクラスメイトですよ」
梨花がさらっと答える。
「普段はここでバイト……というか、家業の延長ですね。
このカウンター、私たちがいないと回らないので」
その言い方は決して自惚れではなく、事実としての自負だった。
そこへ、トレーを持った青見と彩女が列の後ろから合流する。
「……あの、撮影の人たち、完全に4姉妹にロックオンされてない?」
「されてるね。あれ完全に“別の特集組めるんじゃないか”の目だね」
ひそひそと話す二人の前で、
カメラマンはすでにシャッターを切り始めていた。
注文を受ける梨花の横顔。
笑いながら追加のスープをよそう友香。
手際よくサラダを盛り付けるユイリィ。
「デザートいかがですかー」とトレーを掲げるルテア。
どこを切り取っても、“一枚絵”になってしまう。
「やば……」
「“学食”のはずなのに、なんかホテルのビュッフェみたいなんですけど」
編集者は慌ててメモを取り始める。
「これ、“学校紹介”のページに絶対入れたい……。
“逢瀬学園の昼休みは、美人ウェイトレス4姉妹がお出迎え”って見出し付けたい……」
「やめてください、うちの広報担当が泣いて喜びます」
結が半分本気で突っ込む。
やがて、腹筋ペアもトレーを受け取る番になった。
「はーい、いらっしゃい。
青見は今日もAランチね。彩女は……B? デザートも付ける?」
「なんで分かるの」
「顔に“今日は頑張ったから甘いもの”って書いてある」
梨花の軽口に、編集者が「今の会話いいですね!」と身を乗り出す。
「“運動部の昼休み”って感じがすごく……」
カメラが、トレー越しに4人をまとめてフレームに収めた。
安生4姉妹。
腹筋ペア。
その周囲で、わいわいと騒ぐクラスメイトたち。
逢瀬学園のカフェテリアは、この日だけ、
ちょっとした“撮影スタジオ”と化していた。
/*/ 午後・制服スナップとインタビュー前 /*/
昼食後。
制服姿に戻った青見と彩女は、校舎の中庭や廊下で、いくつかのポーズを指示されながら撮影に応じた。
「じゃあ、お二人、ここで向かい合って話してる感じで。
東くんは、ちょっとだけ笑いながら、安達さんの方を見てもらって……」
「は、はい」
「彩女さんは、手にプリント持って、“ねぇこれ分かる?”って感じで。
“天文部のレポートどうしよう”みたいな」
「細かい設定付くじゃん……でも実際そうだけど」
照れながらも、言われた通りに動く。
シャッターが切られるたび、
遠巻きに見守るクラスメイトたちから、ひそひそとした声と笑いが漏れる。
「うわ、リア充感すご」
「“全国優勝カップル(※正式にはカップル未満)”って感じじゃん」
「カッコ書き長いな」
「おーい、そこ。あんまり外野が煽らない」
結に注意されて、ようやく引き下がる。
/*/ 図書室インタビュー /*/
そのあとは、図書室の静かな一角で、二人並んでのインタビュー。
「じゃあ、まずはお名前と、所属している部活動からお伺いしてもいいですか?」
ボイスレコーダーを置き、編集者が微笑む。
「東青見です。剣道部と、天文部に所属してます」
「安達彩女です。器械体操部と、陸上部の助っ人と、天文部です」
「お二人とも、競技で全国優勝されてますが――
普段の学校生活はどんな感じですか?」
「いや、普通ですよ。授業受けて、部活行って、たまに星見て。
あと、こうやってクラスで騒いで」
「……多少、普通より騒がしいとは思いますけど」
彩女が小声で補足すると、編集者が「そういうところがいいんですよ」と頷く。
「では、服についても少し。
原宿で撮らせて頂いた時の“腹筋ペアルック”、あれはどちらが提案されたんですか?」
「……ノリです」
「ノリですね」
二人の答えが揃って、編集者と結が同時に吹き出した。
「ちゃんと鍛えた身体だからこそ似合う服、ということで、
今日は他にもいくつか、そんな“リアルな私服”を見せて頂ければと思ってます」
その言葉に、彩女の背中に、わずかな緊張が走る。
(……ここからが、“腹筋ペア”本番だ)
/*/ そして、服の撮影へ /*/
「では、このあとは少し場所を変えて。
学校近くの、撮影許可頂いてるスタジオスペースに移動しましょうか」
編集者の一言で、教室にざわめきが走る。
「スタジオ!?」
「セット組むやつだ! マジの撮影だ!」
「腹筋ペアの本領発揮くるぞ」
クラスメイトたちの視線を背中に浴びながら、
青見と彩女は、用意されたガーメントバッグをそれぞれ手渡された。
「こちらが、今日着て頂きたいコーディネイトです。
事前に頂いたサイズと、原宿でのお姿を参考に選ばせてもらいました」
そう言って渡された服の中に――
シンプルな白タンクトップと、ジャストサイズのデニム。
クロップド丈のシャツ。
ゆるいパーカー。
そして、“腹筋が見える長さ”のトップスが、何枚か混ざっていた。
「……うん、想定の範囲内」
「いや、ちょっとだけ範囲外だろこれ」
青見がぼそっと突っ込む横で、
「露出は“多すぎないライン”で調整してありますから。
何か嫌なものがあったら、その場で遠慮なく言ってくださいね」
そう言う編集者の背後――
カフェテリアから移動してきた安達トメが、廊下の端からじっと様子を見ていた。
「……あの人が“嫌”って顔したら、その服はボツだからね」
ひそひそ声で、彩女の母が耳打ちする。
「ちょっと待って、審査基準そこなの!?」
「鬼の一族のお眼鏡にかなう露出なら、世間的にもたぶんセーフでしょ」
(何その謎の安全基準……)
頭を抱えつつも――
青見と彩女は、ガーメントバッグを抱えてスタジオ行きの車へと乗り込んだ。
原宿の片隅から始まった“腹筋ペアルック”は、
今度は、学校公式&家族立ち会い&安生4姉妹まで巻き込んだ
“ちゃんとした撮影”として形になる、その直前まで来ていたのだった。