/*/ スタジオ撮影・髪型とコーデの実験 /*/
学校から車で数分の場所にある、小さなレンタルスタジオ。
白い背景紙と、ライトスタンド。
簡易ソファと木箱、背の高いスツール。
“雑誌の撮影現場”というやつを、青見も彩女も初めて目にした。
「では、お二人、まずはメイクとヘアを軽く整えますねー」
ヘアメイクさんが、柔らかい声でそう言って、椅子を指さす。
「先に東くんからいこうか。普段の髪型のままも撮りたいので、一回いじる前に、ぐるっと見せてもらっていい?」
「えっと……こんな感じです」
青見は、少し照れくさそうに頭を傾ける。
短く刈り込まれたサイド。
前髪は上げていて、額がすっきり出ている――“剣道部の短髪”そのものだ。
「うんうん。スポーツ男子っぽくて、これはこれでめちゃくちゃ良いんだけど……」
ヘアメイクさんは、なぜか目をキラリと光らせた。
「せっかくだから、もう一パターン、“今どきのイケメン風”も試してみたいんだよね」
「……今どきの、イケメン?」
聞き慣れない単語の組み合わせに、青見が固まる。
「前髪がないと作りにくいからねー」
そう言って、メイク台の引き出しをゴソゴソ探ると――
ふわっとした質感の、ダークブラウンのショートウィッグが出てきた。
「ウィッグ、乗せてみてもいい? 無理だったら、絶対使わないから」
「ウィッグ……?」
彩女が、横から身を乗り出した。
「やろう。ぜひやろう」
「お前は黙ってろ」
抵抗する間もなく、青見は椅子に座らされ、
ネットを被せられ、慣れた手つきでウィッグを装着されていく。
「はい、ちょっと目閉じてー。前髪のライン整えるからね」
数分後。
「……できた。鏡、見てみる?」
恐る恐る目を開ける。
鏡の中には――
柔らかくおろした前髪。
サイドは自然に流し、トップに少しだけボリュームを持たせた、“東京の雑誌にいそうな”髪型の男子がいた。
「……誰だ、これ」
「青見だよ。間違いなく青見だよ」
隣で見ていた彩女が、口をぽかんと開けている。
「何それ、普通にイケメンじゃん。詐欺じゃん」
「よせ。知らない人が見たら信じるからやめろ」
ヘアメイクさんは満足げに頷く。
「うん、“剣道部モード”と“街中デートモード”で、二パターン撮りましょう。
普段の短髪も絶対撮りますから、安心してね」
「……まあ、使わないなら、別に」
「使う気満々なんですけどね」
編集の△△さんのツッコミに、青見は小さくうめいた。
続いて、彩女の番。
「じゃあ、安達さん。普段通りの髪型、教えてもらってもいい?」
「あ、はい。いつもは……」
彩女は、慣れた手つきで、後ろでまとめていた髪をゴムごと持ち上げる。
「体操の時は、高めのポニーテールです。陸上の時もだいたいこれで」
黒くまっすぐな髪が、きゅっと高い位置で結ばれ、健康的なスポーツ女子のシルエットになる。
「うん、これはこれで完璧に似合う。
なんだけど――」
ヘアメイクさんは、にやりと笑った。
「今日は“腹筋ペア”だけじゃなくて、“学校の優等生”の顔も見せたいんだよね。
ポニーテールを一回ほどいて、“清楚系”も試してみない?」
「清楚系……?」
聞き慣れない単語に、今度は彩女が固まる番だった。
「やろう。ぜひやろう」
さっきの仕返しと言わんばかりに、今度は青見が即答する。
「お前さぁ!」
文句を言いつつも、ゴムを外して髪を下ろす。
腰の少し上あたりまでまっすぐ伸びた黒髪が、一気に肩から背中に流れ落ちた。
「わ」
思わず、ヘアメイクさんが声を漏らす。
「これ、完全に武器じゃん……」
「武器てなに」
「じゃ、ちょっと毛先だけ巻かせて? 全部巻くんじゃなくて、柔らかいニュアンスだけ」
コテで毛先を軽く巻き、前髪は少しだけ横に流す。
ハーフアップ気味に両サイドを留めると――
そこには、いつもの体育館の暴れん坊ではない、
“お淑やかで清楚なロングヘアの女子高生”が座っていた。
「……誰?」
今度は青見が、素直に呟く。
「いや、彩女だよ。間違いなく彩女なんだけどさ」
「似合ってないってこと?」
「似合い過ぎてて、脳が追いついてないだけ」
ヘアメイクさんと△△さんが、同時にうんうんと頷いていた。
/*/ コーデ①:ふだんの延長カジュアル /*/
まずは、“いつもの延長線上”のカジュアルから。
髪:青見は普段どおりの短髪。
彩女は高めポニーテール。
服は、
青見が白Tシャツ+細身ジーンズ。
彩女が短め丈のシャツ+ハイウエストパンツ。
「はい、じゃあ正面向いてー。肩が軽く触れるくらい寄って……そうそう」
カシャ、カシャ、とシャッターが切られる。
笑顔、真顔、歩きカット。
“いつもの二人”に、スタジオの明るさを足したような写真が次々と撮られていく。
/*/ コーデ②:清楚系・お嬢さま寄り /*/
「では次、安達さんには“清楚系コーデ”をお願いしたくて」
差し出されたガーメントバッグから、彩女が服を取り出す。
白い襟付きブラウス。
細いリボンタイ。
膝がすっぽり隠れるミモレ丈の紺のスカート。
淡い色のカーディガン。
「うわ、ちゃんと“お嬢さま”してる……」
着替えて戻ってきた彩女を見て、青見が素直に口を開いた。
さっきヘアメイクで作った、柔らかく巻いたロングヘアをハーフアップにして、
胸元で小さく揺れるリボンタイ。
どこから見ても、“お淑やかそうな優等生”。
「……別人みたい?」
彩女が、少し不安そうに聞く。
「いや、その、あの」
しどろもどろになっている青見の代わりに、篠原結が拍手した。
「はい優勝。うちのパンフレットもそれで撮りたいくらいですね」
「先生、仕事の顔出てます」
編集の△△さんが笑いながら、二人の立ち位置を整える。
「じゃあ今度は、“図書室で勉強してる二人”みたいなイメージで。
東くんはウィッグバージョン、使わせてもらってもいい?」
「えっ、この髪で、ですか」
「この“ちょっと垢抜けた感じの彼氏”と、“清楚彼女”で撮りたいんですよ」
「彼氏って言い切ったな今」
文句を言いながらも、
青見はさっきのウィッグを再び装着される。
ふわっとした前髪+ジャケットを羽織り、
手元には開いたままの参考書。
「はい、じゃあ二人とも椅子に座って、
同じノート見ながら“ここどうする?”って話してる感じで――そうです、いいですね」
カシャ、カシャ。
モニターに映ったそこには、
“原宿で腹筋出してた二人”とはまるで別人の、
静かで真面目そうな、“どこに出しても恥ずかしくない優等生カップル風”の二人がいた。
「詐欺度高いな、これ」
「将来、“これ誰?”って言われるやつだ……」
彩女が苦笑し、青見も「まあ記念にはなるか」と肩をすくめる。
/*/ コーデ③:スポーティ腹筋ペア&腹筋提案 /*/
そして、問題(?)の3パターン目。
今度のコーデは、
青見が黒のタンクトップ+カーゴパンツ。
髪はウィッグなし、いつもの短髪に戻す。
彩女は白のクロップド丈タンクに、濃いめデニムショーツ。
髪は高めポニーテールに戻して、いつもの“アスリート顔”。
「これが一番、“原宿の延長線”ですね」
△△さんが、メモを確認しながら言う。
「まずは、普通に腕を下ろしたカットからいきますねー」
少し距離を空けて並び、正面、斜め、歩き。
いつもの“スポーツ二人組”寄りの写真が、何枚か撮られる。
ひと通り撮り終えたところで、
△△さんが、言い出しにくそうに一息ついた。
「あの、ですね」
さっきも聞いた前置きだ。
「お二人のテーマが“腹筋ペアルック”ってところもあるので……」
視線が、スタジオの隅に座る保護者席へ向く。
篠原先生、彩女の両親、トメおばあちゃん。
「事前に、『露出多すぎるのはNG』というお話も伺っていますので、
無理強いは絶対しないんですが――」
手元のタブレットをこちらに向ける。
原宿で撮られた、“ほんの少し腹筋が覗いている”あのカット。
「こういう、“健康的な腹筋ちら見せ”のカットを、
1、2枚だけでも撮らせて頂けたら、と」
そこで、ちゃんと聞く。
「ちょっと裾めくってお腹見せてるポーズ、良いですか?
二人一緒なら」
スタジオの空気が、きゅっと引き締まる。
しばし沈黙のあと――
先に口を開いたのは、トメおばあちゃんだった。
「……本人たちが嫌じゃないなら、いいんじゃないかい」
驚くほどあっさりした声。
「隠すために鍛えたわけじゃないんだろう?
見せる場所と、見せ方だけ間違えなきゃ、それは“誇り”なんだから」
彩女の母も、頷いて言う。
「うちとしては、“変なポーズ”じゃなければOKです。
さっきの写真くらいの、“ちらっと”なら」
「ありがとうございます」
△△さんは、深々と頭を下げた。
それから、青見と彩女の方を向き直る。
「じゃあ、改めて。
お二人自身は、どうでしょう?」
青見は、一瞬だけ彩女を見る。
「……二人一緒なら、いいと思う」
短く、でもはっきりと。
「最初に勝手にペアで載っちまったのも、二人でやったことだしさ。
中途半端に逃げる方が、なんか嫌だ」
「……ずるい言い方する」
彩女は、肩をすくめて息を吐いた。
「二人一緒なら。
変なアングルじゃないって、先生と家のチェックが入るなら。……OKです」
「ありがとうございます」
△△さんの顔に、心底ホッとした笑みが浮かんだ。
「じゃあ、さっきのコーデのままで、
“ほんの少しだけ裾を上げる”カットを、最後に何枚かだけ撮らせてください」
/*/ 腹筋ちら見せカット /*/
「じゃあ、お二人、向かい合って立ってもらっていいですか?」
白バックの前。
短髪+タンクトップの青見と、ポニーテール+クロップドタンクの彩女が向かい合う。
「はい、3、2、1で、片手で裾をつまんで――
お互いの腹筋見ながら“やりすぎたなー”って笑う感じで」
「指示が具体的すぎる……」
半分呆れながらも、カウントに合わせる。
「3、2、1――はい」
それぞれ、タンクトップの裾を、ほんの数センチだけ持ち上げる。
照明に浮かび上がる、均等に割れた腹直筋。
向かい合って、思わず笑いあう二人。
「何やってんだろうな、オレたち」
「知らないよ……でも、やり切れ」
カシャカシャカシャ。
連写の音が、何度も重なった。
「はい、“やりすぎた二人組”感、すごくいいです!」
「褒め言葉それ?」
スタジオの隅で、結が頭を抱えている。
/*/ インタビュー・腹筋の理由 /*/
撮影の合間。
簡易ソファに腰掛けた二人の前に、ボイスレコーダーが置かれた。
「では、最後に少しだけ、お話を聞かせてください」
△△さんが、さっき撮ったカットをタブレットで確認しながら言う。
「女子で、そこまで腹筋をしっかり出せるように鍛えるのって――
正直、かなり大変だったと思うんです」
彩女の方を見る。
「どうして、そこまで?」
「えっ」
真正面から問われて、彩女は言葉に詰まった。
最初から「雑誌で腹筋出します」なんて目標があったわけじゃない。
器械体操を続けていたら、自然と体幹は強くなる。
でも、“ここまで”は――
横から、青見が小さく笑う。
「……“お揃いだ”って言われたから、だろ」
「言うな」
原宿。
チューブトップとタンクトップ。
鏡に映った、自分たちの腹筋。
――“カップル感すご”“お揃いじゃん”。
冗談半分に言われたあの日から、
なんとなく、練習メニューの最後にもう一セットだけ腹筋を足すようになって。
気づいたら、“見せても恥ずかしくないライン”どころか、
“ちょっとやりすぎたかも”の領域に乗り上げていた。
全部語るのは、こそばゆすぎる。
「え、あの」
彩女は、視線を少し落としてから、ぽつりとこぼした。
「お揃いだって言われて、
つい調子に乗って……頑張り過ぎました」
△△さんのペンが、そこで止まる。
次の瞬間、ぱっと顔がほころんだ。
「最高です、その一文」
「やめて下さい、それ見出しにするのやめて!」
隣で青見が、肩を震わせて笑う。
スタジオの隅っこで聞いていたトメおばあちゃんが、満足そうに頷いた。
「うん。
“鬼の娘”の隣に立つ男としても、上等だねぇ」
「お母さん、その言い方ほんとやめてあげて」
彩女の母が苦笑しながら突っ込み、
スタジオの中に、和やかな笑いが広がった。
こうして――
“短髪剣道男子”と“ポニーテール体操女子”。
“ウィッグで垢抜けたイケメン風彼氏”と“清楚ロングのお嬢さま”。
そして、“腹筋をちょっと見せて笑う二人”。
いくつもの顔を切り取ったカットと、
――「お揃いだって言われて、つい調子に乗って……頑張り過ぎました」
という一文は、
後日発売される『NOON』の特集ページで、
“原宿腹筋ペアルック”の続編として、しっかり刻まれることになるのだった。