/*/ 発売日・理事長室ホクホク回 /*/
NOON発売日から、まだ二日しか経っていないのに――
逢瀬学園の職員室と事務室は、ここ最近になく電話の音がよく鳴っていた。
「はい、逢瀬学園高等部でございます。……はい、“雑誌を拝見して”……」
「カフェテリアのページを見て、お問い合わせなんですが……
あの制服って、生徒さんですか? アルバイトさんですか?」
「そちら共学なんですよね? 体操と剣道が強いと書いてありましたけど……」
進路相談室の片隅では、事務員さんが苦笑いしながらメモを取っている。
(完全に、あの特集の影響だよなぁ)
――と、思っている人は他にもいた。
伊集院貴也・理事長室。
長身な体を革張りの椅子に預けた伊集院は、机の上に開かれた雑誌を、たいそうご機嫌な顔で眺めていた。
見開きページには――
“夏休みの冒険、腹筋ペアルック。その後”
『全国優勝コンビのいる学校・逢瀬学園の一日』
という、ちょっと盛り気味の見出し。
剣道場で構える東青見。
器械体操の床で宙を舞う安達彩女。
その横には、安生4姉妹が並ぶカフェテリアのカット。
そして、ページの下半分には、制服姿の2年C組が、中庭で笑い合っている写真が、まるで学校パンフレットのように配置されていた。
「……うん。いい」
伊集院は、満足げに頷いた。
「広告費、請求されていないよね?」
「はい、あくまで“取材記事”という扱いで……」
傍らに立つ教頭が、少しあきれたように答える。
「おかげさまで、ここ二日で資料請求フォームがいつもの三倍です。
“カフェテリアの制服が可愛い”“学食が豪華”“体操と剣道の設備が良さそう”など……」
「いいことじゃないか」
理事長はホクホク顔で、カフェテリアのページを指でとんとん、と叩いた。
「ここ、うちの公式パンフにも使わせてもらえないかな。
安生家のお嬢さん方にも協力して頂いて」
「またカメラを入れるんですか?」
「彼女たち、こういうの嫌いじゃないだろう?」
たしかに、と教頭は心の中だけで頷く。
「しかしまあ――」
伊集院は、ページの隅に載った“清楚コーデ”の写真にも目をやった。
ウィッグで前髪を下ろされた東青見。
ロングを下ろした“お嬢さまモード”の安達彩女。
「……これ、本当に東くんかね」
「ご本人です」
教頭が苦笑する。
「安達家からは、“可愛く撮って頂いてありがとうございます”とお礼の電話が来ましたが……」
「東くんの方は?」
「東くんは、理事長先生ご自身が後見人ですからねぇ。
“保護者からのクレーム”が来るとしたら、この部屋にしか来ません」
「ほう」
伊集院は、ますます満足げな顔になった。
「その覚えは、まったくないね」
「むしろ、ご本人は“死ぬほど恥ずかしい”とおっしゃっていたそうです」
「それは、まあ、そうだろう」
理事長は、ふっと目を細める。
(親御さんがいない子の、“保護者欄”に自分の名前を書くというのは――
こういう責任も、まとめて背負うということだからね)
そんなことを内心でだけ呟きながら、
机の端に雑誌をそっと積み上げる。
――すでに五冊目である。
/*/ 2年C組・雑誌祭り /*/
「なあなあ!! 今日のコンビニ、雑誌売り切れてたんだけど!!」
放課後前の休み時間。
2年C組のドアが勢いよく開いて、クラスメイトが数人、紙袋を抱えてなだれ込んできた。
「持ってきたー! 予備含めて三冊買った!」
「こっちも家用と保存用と布教用で二冊!」
「お前ら、推しアイドルの扱いじゃん……」
青見は、何度目か分からないため息をついた。
教室の真ん中の空いている机に、一冊がばーんと広げられる。
「はいここ! 逢瀬学園特集!!」
カフェテリアのページ。
安生4姉妹が並び、その後ろでトレーを持って並ぶ生徒たち――
その中に、ちらほらと見慣れた顔が混ざっている。
「あ、ここ私じゃない!? ほら、サラダ持ってるとこ!」
「うわ、マジだ。モザイクなし全国デビューおめでとう」
「ちっさく映ってるのに、やたら喜び方がデカいな」
「この端っこでピースしてるやつ誰?」
「それ俺だわ。わりと全力で映り込みに行ったやつだわ」
背景の一人ひとりまで、しっかり“ネタ”にされている。
ページをめくれば――
剣道場のカットに、「あ、これ俺が打たれてるときだ」「全国優勝者の引き立て役ってことで」などという会話が飛び交い。
器械体操のページでは、彩女の華麗な宙返りの横に、小さく写っているチア部の子が「え、ちょっと待って私も写ってるじゃん」とざわつき。
制服で中庭にいる集合ショットの端では、
「この、変な顔してるの俺じゃね?」
「“普段どおりにしてて下さい”の被害者出たな」
と、笑いの種が尽きない。
そして――
満を持して、問題の特集ページ。
「きた、“腹筋ペア”!!」
誰かの声に、教室の空気が一段階上がる。
白バック前。
タンクトップ&カーゴパンツの青見。
クロップドタンク&デニムショーツの彩女。
そして、“ほんのちょっと裾をめくって腹筋を見ている”カット。
「いやあ、改めて見るとヤバいなコレ」
「腹筋の情報量が多い」
「しかもキャプション、“お揃いだ、と言われてつい調子に乗って頑張り過ぎた二人”だからね」
「やめてって言ったよね!? その一文大きく印刷するのやめてって!」
彩女は、顔を真っ赤にしながら雑誌を奪おうとするが、
すでに教室には同じ雑誌が三冊以上出回っていて、完全に手遅れだった。
「てかさ」
別のページを開いた女子が、感心したように言う。
「この、“清楚なお嬢さま”誰?」
「それも安達」
「こっちの“今どきイケメン”誰?」
「それも東」
「詐欺じゃん!!」
教室に笑いが爆発する。
「ちょっと待って、東、前髪あると普通に“東京の大学生です”って顔なんだけど」
「やめろ、本人が一番ダメージ受けてるから」
青見は、机に突っ伏したまま呻いた。
「もう一回だけ言っていいか」
惣一郎が、雑誌を持ったまま真面目な顔をする。
「何」
「お前ら、どのページもちゃんとカップルに見えるの、ほんとどうかしてると思う」
「うるさい」
彩女が教科書を投げるふりをして――
それを、愛香がケラケラ笑いながら止める。
「いいじゃん、雑誌だけでも“カッコイイカップル”ってことでさ。
現物は現物で、ゆっくり進行中なんだから」
「進行中って言うな!」
「“現物”言うな!!」
ツッコミが飛び交い、
2年C組の“雑誌祭り”は、しばらく収まる気配を見せなかった。
/*/ 田舎のおばあちゃん・配布無双 /*/
一方そのころ――
安達家の本家筋がある、田舎の集落。
小さな郵便局の前。
自販機横のベンチに座って、
トメおばあちゃんは、買ってきたばかりのNOONを、膝の上でぱらぱらとめくっていた。
ビニール袋の中には、同じ雑誌が何冊も入っている。
「……ふんふん。
ここのページが彩女たちで――
こっちが、うちの学校の食堂で――」
独り言を言っていると、ちょうど買い物帰りの近所のおばあさんが通りかかった。
「あらトメさん、また雑誌なんか見て。
今度は何の若い子なの?」
「うちの孫だよ」
トメは、誇らしげに胸を張った。
「ほら、これ」
カフェテリアのページ。
トレーを差し出して笑っている彩女の写真を指さす。
「この子がね、うちの彩女。
ほら、こっちのページにも――」
器械体操のページ。
床で宙を舞うカット。
剣道の東と向かい合って笑ってる腹筋ペアのカット。
「あらまぁ……」
近所のおばあさんは、思わず声をあげた。
「なんだい、アイドルじゃないの。
東京の子かと思ったら、ここから通っているんだって?」
「そうよ。
“鬼の里”から通って、鬼みたいに鍛えてるんだからねぇ」
トメがケラケラ笑うと、
近所のおばあさんもつられて笑う。
「ほら、これ一冊あげるから。
家でおじいさんにも見せてやって」
「えっ、いいのかい? こんな立派な雑誌」
「まだ袋ん中にあるから大丈夫だよ」
トメは、当然のように二冊目を取り出した。
そのあとも――
農協の直売所で会った人に一冊。
診療所の待合室に置いてもらうために一冊。
公民館の読み物コーナーに一冊。
「ここがうちの孫でねぇ」
「こっちは、その孫の“連れ”みたいな男の子でねぇ」
「食堂のこの子たちは、みんな同じクラスメイトでねぇ」
説明付きで、“腹筋ペア特集号”は次々と配られていく。
「トメさんとこの孫は、ほんとに立派になったねぇ」
「さすが、安達ヶ原の血だわ」
年配の人たちが、半分冗談、半分本気でそんなことを言う。
トメは、それを“そうかい?”と受け流しつつ、
目の奥だけ、ほんの少し誇らしげに笑っていた。
(あたしたちの頃は、
“鬼の血”なんて言われても、隠す方が普通だったけどねぇ)
ページの中で笑う孫と、その隣に立つ青年を見て、思う。
(今の子たちは――
自分の力で、“いい顔”を覚えていくんだねぇ)
「さ、もう一冊は……」
ビニール袋の中に手を入れて、残った一冊を確かめる。
それは、家に持ち帰るつもりの一冊だ。
「じいさんにも見せてやらなきゃね」
まだまだ元気で畑に出ている、
“安達ヶ原の鬼の一族”のじいさんに向かって。
「ほら見なさいよ。
あんたの孫――ちゃんと、“人間の街”で胸張って立ってるよってさ」
夕方のチャイムが遠くで鳴り、
トメは雑誌の入った袋を提げ直して、ゆっくりと坂道を登り始めた。
――こうして。
原宿から始まった“夏休み腹筋ペアルック”は、
都会の雑誌の中だけでなく、
逢瀬学園の進学資料と、
そして田舎の集落の井戸端会議とお茶の間にまで、
じわじわと波紋を広げていくのだった。