なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

232 / 240
周囲は楽しい

 

 

 /*/ 発売日・理事長室ホクホク回 /*/

 

 

 NOON発売日から、まだ二日しか経っていないのに――

 

 逢瀬学園の職員室と事務室は、ここ最近になく電話の音がよく鳴っていた。

 

「はい、逢瀬学園高等部でございます。……はい、“雑誌を拝見して”……」

 

「カフェテリアのページを見て、お問い合わせなんですが……

 あの制服って、生徒さんですか? アルバイトさんですか?」

 

「そちら共学なんですよね? 体操と剣道が強いと書いてありましたけど……」

 

 進路相談室の片隅では、事務員さんが苦笑いしながらメモを取っている。

 

(完全に、あの特集の影響だよなぁ)

 

 ――と、思っている人は他にもいた。

 

 伊集院貴也・理事長室。

 

 長身な体を革張りの椅子に預けた伊集院は、机の上に開かれた雑誌を、たいそうご機嫌な顔で眺めていた。

 

 見開きページには――

 

 “夏休みの冒険、腹筋ペアルック。その後”

 『全国優勝コンビのいる学校・逢瀬学園の一日』

 

 という、ちょっと盛り気味の見出し。

 

 剣道場で構える東青見。

 器械体操の床で宙を舞う安達彩女。

 

 その横には、安生4姉妹が並ぶカフェテリアのカット。

 

 そして、ページの下半分には、制服姿の2年C組が、中庭で笑い合っている写真が、まるで学校パンフレットのように配置されていた。

 

「……うん。いい」

 

 伊集院は、満足げに頷いた。

 

「広告費、請求されていないよね?」

「はい、あくまで“取材記事”という扱いで……」

 

 傍らに立つ教頭が、少しあきれたように答える。

 

「おかげさまで、ここ二日で資料請求フォームがいつもの三倍です。

 “カフェテリアの制服が可愛い”“学食が豪華”“体操と剣道の設備が良さそう”など……」

 

「いいことじゃないか」

 

 理事長はホクホク顔で、カフェテリアのページを指でとんとん、と叩いた。

 

「ここ、うちの公式パンフにも使わせてもらえないかな。

 安生家のお嬢さん方にも協力して頂いて」

 

「またカメラを入れるんですか?」

 

「彼女たち、こういうの嫌いじゃないだろう?」

 

 たしかに、と教頭は心の中だけで頷く。

 

「しかしまあ――」

 

 伊集院は、ページの隅に載った“清楚コーデ”の写真にも目をやった。

 

 ウィッグで前髪を下ろされた東青見。

 ロングを下ろした“お嬢さまモード”の安達彩女。

 

「……これ、本当に東くんかね」

 

「ご本人です」

 

 教頭が苦笑する。

 

「安達家からは、“可愛く撮って頂いてありがとうございます”とお礼の電話が来ましたが……」

 

「東くんの方は?」

 

「東くんは、理事長先生ご自身が後見人ですからねぇ。

 “保護者からのクレーム”が来るとしたら、この部屋にしか来ません」

 

「ほう」

 

 伊集院は、ますます満足げな顔になった。

 

「その覚えは、まったくないね」

 

「むしろ、ご本人は“死ぬほど恥ずかしい”とおっしゃっていたそうです」

 

「それは、まあ、そうだろう」

 

 理事長は、ふっと目を細める。

 

(親御さんがいない子の、“保護者欄”に自分の名前を書くというのは――

 こういう責任も、まとめて背負うということだからね)

 

 そんなことを内心でだけ呟きながら、

 机の端に雑誌をそっと積み上げる。

 

 ――すでに五冊目である。

 

 

 /*/ 2年C組・雑誌祭り /*/

 

 

「なあなあ!! 今日のコンビニ、雑誌売り切れてたんだけど!!」

 

 放課後前の休み時間。

 2年C組のドアが勢いよく開いて、クラスメイトが数人、紙袋を抱えてなだれ込んできた。

 

「持ってきたー! 予備含めて三冊買った!」

「こっちも家用と保存用と布教用で二冊!」

 

「お前ら、推しアイドルの扱いじゃん……」

 

 青見は、何度目か分からないため息をついた。

 

 教室の真ん中の空いている机に、一冊がばーんと広げられる。

 

「はいここ! 逢瀬学園特集!!」

 

 カフェテリアのページ。

 

 安生4姉妹が並び、その後ろでトレーを持って並ぶ生徒たち――

 その中に、ちらほらと見慣れた顔が混ざっている。

 

「あ、ここ私じゃない!? ほら、サラダ持ってるとこ!」

「うわ、マジだ。モザイクなし全国デビューおめでとう」

「ちっさく映ってるのに、やたら喜び方がデカいな」

 

「この端っこでピースしてるやつ誰?」

「それ俺だわ。わりと全力で映り込みに行ったやつだわ」

 

 背景の一人ひとりまで、しっかり“ネタ”にされている。

 

 ページをめくれば――

 剣道場のカットに、「あ、これ俺が打たれてるときだ」「全国優勝者の引き立て役ってことで」などという会話が飛び交い。

 

 器械体操のページでは、彩女の華麗な宙返りの横に、小さく写っているチア部の子が「え、ちょっと待って私も写ってるじゃん」とざわつき。

 

 制服で中庭にいる集合ショットの端では、

 

「この、変な顔してるの俺じゃね?」

「“普段どおりにしてて下さい”の被害者出たな」

 

 と、笑いの種が尽きない。

 

 そして――

 満を持して、問題の特集ページ。

 

「きた、“腹筋ペア”!!」

 

 誰かの声に、教室の空気が一段階上がる。

 

 白バック前。

 タンクトップ&カーゴパンツの青見。

 クロップドタンク&デニムショーツの彩女。

 

 そして、“ほんのちょっと裾をめくって腹筋を見ている”カット。

 

「いやあ、改めて見るとヤバいなコレ」

「腹筋の情報量が多い」

「しかもキャプション、“お揃いだ、と言われてつい調子に乗って頑張り過ぎた二人”だからね」

「やめてって言ったよね!? その一文大きく印刷するのやめてって!」

 

 彩女は、顔を真っ赤にしながら雑誌を奪おうとするが、

 すでに教室には同じ雑誌が三冊以上出回っていて、完全に手遅れだった。

 

「てかさ」

 

 別のページを開いた女子が、感心したように言う。

 

「この、“清楚なお嬢さま”誰?」

「それも安達」

 

「こっちの“今どきイケメン”誰?」

「それも東」

 

「詐欺じゃん!!」

 

 教室に笑いが爆発する。

 

「ちょっと待って、東、前髪あると普通に“東京の大学生です”って顔なんだけど」

「やめろ、本人が一番ダメージ受けてるから」

 

 青見は、机に突っ伏したまま呻いた。

 

「もう一回だけ言っていいか」

 

 惣一郎が、雑誌を持ったまま真面目な顔をする。

 

「何」

 

「お前ら、どのページもちゃんとカップルに見えるの、ほんとどうかしてると思う」

 

「うるさい」

 

 彩女が教科書を投げるふりをして――

 それを、愛香がケラケラ笑いながら止める。

 

「いいじゃん、雑誌だけでも“カッコイイカップル”ってことでさ。

 現物は現物で、ゆっくり進行中なんだから」

 

「進行中って言うな!」

「“現物”言うな!!」

 

 ツッコミが飛び交い、

 2年C組の“雑誌祭り”は、しばらく収まる気配を見せなかった。

 

 

 /*/ 田舎のおばあちゃん・配布無双 /*/

 

 

 一方そのころ――

 安達家の本家筋がある、田舎の集落。

 

 小さな郵便局の前。

 自販機横のベンチに座って、

 トメおばあちゃんは、買ってきたばかりのNOONを、膝の上でぱらぱらとめくっていた。

 

 ビニール袋の中には、同じ雑誌が何冊も入っている。

 

「……ふんふん。

 ここのページが彩女たちで――

 こっちが、うちの学校の食堂で――」

 

 独り言を言っていると、ちょうど買い物帰りの近所のおばあさんが通りかかった。

 

「あらトメさん、また雑誌なんか見て。

 今度は何の若い子なの?」

 

「うちの孫だよ」

 

 トメは、誇らしげに胸を張った。

 

「ほら、これ」

 

 カフェテリアのページ。

 トレーを差し出して笑っている彩女の写真を指さす。

 

「この子がね、うちの彩女。

 ほら、こっちのページにも――」

 

 器械体操のページ。

 床で宙を舞うカット。

 剣道の東と向かい合って笑ってる腹筋ペアのカット。

 

「あらまぁ……」

 

 近所のおばあさんは、思わず声をあげた。

 

「なんだい、アイドルじゃないの。

 東京の子かと思ったら、ここから通っているんだって?」

 

「そうよ。

 “鬼の里”から通って、鬼みたいに鍛えてるんだからねぇ」

 

 トメがケラケラ笑うと、

 近所のおばあさんもつられて笑う。

 

「ほら、これ一冊あげるから。

 家でおじいさんにも見せてやって」

 

「えっ、いいのかい? こんな立派な雑誌」

 

「まだ袋ん中にあるから大丈夫だよ」

 

 トメは、当然のように二冊目を取り出した。

 

 そのあとも――

 農協の直売所で会った人に一冊。

 診療所の待合室に置いてもらうために一冊。

 公民館の読み物コーナーに一冊。

 

「ここがうちの孫でねぇ」

「こっちは、その孫の“連れ”みたいな男の子でねぇ」

「食堂のこの子たちは、みんな同じクラスメイトでねぇ」

 

 説明付きで、“腹筋ペア特集号”は次々と配られていく。

 

「トメさんとこの孫は、ほんとに立派になったねぇ」

「さすが、安達ヶ原の血だわ」

 

 年配の人たちが、半分冗談、半分本気でそんなことを言う。

 

 トメは、それを“そうかい?”と受け流しつつ、

 目の奥だけ、ほんの少し誇らしげに笑っていた。

 

(あたしたちの頃は、

 “鬼の血”なんて言われても、隠す方が普通だったけどねぇ)

 

 ページの中で笑う孫と、その隣に立つ青年を見て、思う。

 

(今の子たちは――

 自分の力で、“いい顔”を覚えていくんだねぇ)

 

「さ、もう一冊は……」

 

 ビニール袋の中に手を入れて、残った一冊を確かめる。

 

 それは、家に持ち帰るつもりの一冊だ。

 

「じいさんにも見せてやらなきゃね」

 

 まだまだ元気で畑に出ている、

 “安達ヶ原の鬼の一族”のじいさんに向かって。

 

「ほら見なさいよ。

 あんたの孫――ちゃんと、“人間の街”で胸張って立ってるよってさ」

 

 夕方のチャイムが遠くで鳴り、

 トメは雑誌の入った袋を提げ直して、ゆっくりと坂道を登り始めた。

 

 ――こうして。

 

 原宿から始まった“夏休み腹筋ペアルック”は、

 

 都会の雑誌の中だけでなく、

 逢瀬学園の進学資料と、

 

 そして田舎の集落の井戸端会議とお茶の間にまで、

 じわじわと波紋を広げていくのだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。