下校……彩女視点
青空が赤く染まっていく。
やがて暗闇に閉ざされる世界。昼でもなく、夜でもない、黄昏時。
今日も一日が終わっていく。この、どっちつかずの時間は昔から好きじゃない。
街中を横切るバイパス線は、高台の上を走っている。
立体交差ごとに続くアップダウンがきつくて、幅広い歩道なのに、自転車も歩行者もほとんどいない。
早めに部活の練習を切り上げたわたしは、青見と並んで自転車を走らせていた。
マウンテンバイクとクロスバイク。ペダルを回すたび、夕焼けの光がフレームを朱と金に染める。
――機嫌は、悪い。
いつものこと。いつもの喧嘩。
身体のことなんて、青見はめったに言わない。だからこそ、たまに言われると余計に腹が立つ。気にしてるのを知ってて、わざわざ言ってくるなんて。
「……彩女。さっきは悪かった。……ちょっと、言い過ぎた」
言いづらそうに、それでもきちんと謝ってくる青見。
いつも思う。そんなふうに謝るくらいなら、最初から言わなきゃいいのに。
ちらっと横目で見ると、困ったような、ばつの悪そうな顔をしていた。
……少し、意地悪したくなる。
「ふーん。謝るってことは、本当にそうだと思ってるんだ?」
「あ……いや、その……」
「どうなの?」
軽く睨みつけて問い詰めると、青見はしどろもどろになって視線を泳がせた。
本気で困ってるらしく、しばらく黙り込んで――
「……そりゃ、身長のわりに小さいかなー……とは、思うよ……」
かすれた声で、そんなことを言い出した。
――言ったな!?
気にしてるのに。改めて口にされると、本気で頭にくる。
「……けど、彩女は綺麗だよ……」
どくん、と心臓が大きく跳ねた。
……なんて、不意打ち。
みるみるうちに頬が熱くなるのが自分でも分かる。
――ばか。
どうせ言うなら、もっとちゃんとしたタイミングで言ってよ。
でも、だからって素直に喜ぶのは悔しくて、間髪入れずに怒鳴り返した。
「馬っ鹿じゃないのッ!! そんなこと言って誤魔化されるとでも思ってんの!?
いやらしいわね。“見てない”って言ったのはどこの誰?」
「だ、だから、謝ったろ!?」
今度は青見も我慢できなくなったのか、怒鳴り返してくる。
そうそう、その感じ。
「あんたが謝ったのは、わたしに対する“侮辱”の分。
“偽証”の分は謝ってないわよ?」
「そっちだってクラブ投げただろ!」
「ああ、それに関しては謝るわ。半病人にやり過ぎたって」
「……半病人……」
昼休みに倒れた“半病人”。
断言されて愕然としている青見に、わたしは「はい」と顎をしゃくってみせる。
「“はい”って……何……」
「あんたの番よ」
自分は悪いと認めて謝った。だから今度は、あんたの番。
言葉にしなくても、そのくらい伝わるだろう。
「……うぅぅ……」
悔しそうに唸っている。
毎回そんな反応をされたら、いじめる側としてもやり甲斐があるってものよね。
「…………う、嘘ついて悪かったよ!」
往生際悪くしばらく粘っていたけれど、結局、観念してそう言った青見は、照れ隠しなのか、わたしの顔を見ないように、いきなり自転車を加速させた。
「逃げるの!? 待ちなさい!!」
叫びながら、わたしもペダルを踏み込む。
――今まで何度も繰り返してきた光景だ。
この景色も、この言い合いも、この追いかけっこも。
ずっと続くんだと思っていた。
けれど、夏以降、少しずつ変わってきた。
今までは、よく分からなかった。
青見と、他の男の子たちが違うっていうのは、うすうす感じていた。
でも、それがどう違うのかは、はっきりとは分からなかった。
でも――アイツは変わった。
変わったから、今まで見えなかったものが、見えるようになってきた。
鞘に収まった刀みたいな危うさは、前から感じていた。
けれど今は、それ以上に。
アイツの瞳。
“青見”という名前の由来になった、青金石――ラピスラズリみたいな色の奥に、光が見える。
それも、溶鉱炉みたいに毒々しい赤い炎じゃない。
限りなく澄んだ、金色の炎。
前と同じように口喧嘩もする。
けど、それも少し違う。
アイツは喧嘩しながらも、ちゃんとわたしを気遣ってくれている。
どうして、そんなに優しくできるの?
辛いのは、あなたの方なのに。
泣きたいのは、あなたの方なのに。
どうして、他人に、こんなにも優しくできるの?
――切ない。
アイツの優しさを思うと、胸がきゅっと締めつけられる。
夕焼けに染まるバイパスの上で、ペダルを踏みながら、わたしは自分の胸の痛みを持て余していた。