なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

248 / 250
月夜のお勧めリスト

 

 

 郡山市立図書館。

 放課後の少し曖昧な時間、梨花はカフェテリアのシフト前に、いつものようにカバンだけ肩にかけて静かな館内を歩いていた。

 

(……さて、と)

 

 目的地は決まっている。

 一般書コーナー、文庫棚の「ハ行」と「マ行」の境目あたり。

 この前、地下のあの書庫で決めた“ひみつの交換場所”だ。

 

「えーっと……」

 

 人の気配がないのを確かめてから、梨花は棚の前に立つ。

 背表紙がずらりと並ぶ中、一冊抜いては戻し、指先で本と本のあいだの隙間をなぞる。

 

 想像以上に、何もない。

 

(やってない……? サボった?)

 

 ほんの少しだけ、眉間にしわが寄る。

 地下の読書家の顔を思い出して、無言で評価ポイントを減らしかけた、その時――

 

「あ、いた」

 

 文庫を二冊抜いた、その奥。

 棚板と本の間、ぺたりと張りつくように、一枚のメモ用紙が挟まっていた。

 

 白い紙に、几帳面な字。

 角はきちんと揃えられ、無駄な折り目ひとつない。

 

 梨花は、それをそっと引き抜いて、近くのテーブルまで歩いていく。

 椅子に腰を下ろし、机の上にメモを広げた。

 

 

 

 ────────

 【おすすめリスト1】

 ※郡山市立図書館 文庫棚/作成者:B

 

 1.『深夜零時の図書室』

  ──人と本のあいだにある「沈黙」が、きれいに描かれています。

    静かな話が好きなら、おすすめです。

 

 2.『働きすぎた君へ』

  ──タイトルは軽いですが、中身はだいぶ痛いです。

    読みながら、「もっと早くこれを読めていれば」と思いました。

 

 3.『地下室の手記(新訳版)』

  ──“地下に引きこもった人間”の話です。

    他人事として読めるなら、きっと楽しめます。

    他人事にできない人は、ほどほどに。

 

 4.『筋肉で世界は救えるか?』

  ──タイトルに反して、わりと真面目な科学解説です。

    安生さん向け。

 ────────

 

「……最後」

 

 読み終わったところで、梨花は思わず吹き出しそうになった。

 唇を押さえて、なんとか笑いを飲み込む。

 

(“安生さん向け”って何よ)

 

 けれど、頬のあたりが勝手にゆるむのは止められない。

 

 字はやっぱり大人の男の字だ。

 変にクセはなく、丁寧で、欄外の余白まできっちり揃っている。

 地下の机で本を撫でていた灰色の指が、今度はこうしてペンを握っているのかと思うと、変な感覚になる。

 

(ちゃんと約束、守ってるじゃん)

 

 梨花は、メモの端を指でトントンと叩いた。

 

 1の『深夜零時の図書室』。

 さすがに“図書室もの”から入るあたり、趣味が露骨すぎて笑えてくる。

 

 2の『働きすぎた君へ』。

 “もっと早くこれを読めていれば”というコメントに、うっすら苦みが滲んでいる。

 

 3は……あえて今は見なかったことにする。

 タイトルだけで胃が重くなりそうだからだ。

 

「で、4番目が、筋肉」

 

「……」

 

 しばらく黙って紙を見つめたあと、梨花はカバンから自分の筆箱を取り出した。

 中身を漁り、出てきたボールペンを手に取る。

 

「よし」

 

 メモ用紙の裏側、まだ真っ白なスペースに、彼女はさらさらと書き始めた。

 

 

 

 ────────

 【安生梨花 レビュー】

 

 1.『深夜零時の図書室』

  ──雰囲気◎ 静かでよかった。

    登場人物が誰も“超人”じゃないところが好き。

 

 4.『筋肉で世界は救えるか?』

  ──救えるかどうかはともかく、

    “鍛えた身体を持つ人間のリスク”の話が面白かった。

    うちの父と兄にも読ませたい。

 

  ※次は「走る」の本、お願い。

   筋トレだけじゃなくて、ランニングのやつ。

 ────────

 

 書き終えて、ペン先をじっと見つめる。

 どこかくすぐったいような気持ちが胸の奥に広がっていた。

 

(……交換ノート、ってこういう感じなのかな)

 

 誰に見せるでもない会話。

 でも、確実に誰かに届く言葉。

 

 文字を読み慣れた地下の怪異が、この紙を拾い上げて「ふむ」とか言ってる姿が、ありありと想像できてしまう。

 

「さて」

 

 梨花はメモを半分に折り、もとの棚へ戻った。

 さっきよりも、少しだけ奥に挟み込む。

 次にここへ来るのは、きっと“B”の番だ。

 

 ついでに、リストの1番にあった『深夜零時の図書室』を探して、棚から抜き取る。

 指先が背表紙をなぞり、貸出カードのバーコードを軽く弾いた。

 

(本当に、読書仲間になっちゃったな)

 

 ちょっとだけ頬を掻きながら、梨花は借りたばかりの文庫を胸に抱える。

 

 この図書館のどこかで。

 そして、そのずっと下の、冷たい土の向こうで。

 

 同じ本のページをめくる音が、時間差で重なるかもしれない。

 

「……ま、いっか」

 

 自動貸出機に本を読み込ませながら、梨花は小さく笑った。

 

 レシートに印字されたタイトルの下――

 彼女のカード番号と同じくらい、棚に挟まれた小さなメモ一枚が、今はなんだか大事な“貸出記録”のように思えた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。