ビューティー講習会1
/*/ 放課後・2年C組、ビューティ講習会 /*/
「はい次~、ベース塗り終わった人ー。手、こっち見せてー」
放課後の2年C組の教室。
窓際の二列ほどが、なんか妙に賑やかだった。
机の上にずらっと並んだポーチ。
コンパクト、ブラシ、アイシャドウパレット。
隅っこには、100均とサロン系が混ざったネイルポリッシュの瓶がずらり。
「うわ、ガチじゃん……」
「これもう職業訓練校じゃね?」
男子たちが距離を置いて眺める中、
その真ん中で指示を飛ばしているのは――青山七海。
髪をゆるく結い上げて、デモンストレーション用に片手だけネイルオフ済み。
もう片方の手は、シアーなピンクにグラデーションが入った、いかにも“モテ意識高い”仕上がりだ。
「はい、彩女ちゃん、その色めっちゃ似合う。
でも体育ある日は絶対落としてきてね? でないと先生に怒られるから」
「わかってるって」
言いつつ、彩女はちょっと嬉しそうに指先を眺めている。
透明に近いベースに、ほんのり血色を足したくらいの控えめネイル――だが、素手とはだいぶ印象が違う。
「愛香ちゃんは手が綺麗だから、逆に塗りすぎない方が良いんだよねー。
ベージュ系で揃えると、“ちゃんとしてる大人の手”って感じになるから」
「へぇ……なんか新鮮」
愛香は、七海に指を預けたまま、
七海が甘皮を整えていくのを、くすぐったそうに見ている。
「てかさ」
ビューラー片手に鏡を覗いていた女子の一人が、ぽつりと言った。
「うちの先生たち、このあたり緩いよね。メイクとか」
「わかる。(`・ω・´)」
他の子もぱらぱらと頷く。
「良いんだけどさ。
他校の友達とか、“メイク絶対禁止”“リップもダメ”ってとこ多いのに」
「そりゃ、私立ってのもありますけど」
七海は、筆にとった淡いブラウンのアイシャドウを、
彩女のまぶたに軽くのせながら、さらっと言った。
「社会に出たら、“お化粧の一つも出来ないんて……”って言われますからね。
多少練習しとくのも必要ですよ」
「なんか急に社会派コメントきた」
「実際そうなんだって。姉がこの前ぼやいてたもん。
“ノーメイクで入社したら普通に注意された”って」
その辺りで、廊下側のドアがガラリと開いた。
「はい、そこー。ほどほどにしときなさいよー」
顔を出したのは、いつものジャージ姿の篠原結だった。
「はいはーい、先生、今“ナチュラルメイク講習会”でーす。
ちゃんと“校則内ギリギリ”守ってまーす」
七海がひらひらと手を振る。
「ギリギリって自分で言うんじゃないの」
結は呆れたように入り込んで、女子たちの列を眺めた。
「……まあ、派手な色じゃないし、つけまもないし……うん、今のところはセーフ、かなぁ」
「やった (`・ω・)ノ」
七海が小さくガッツポーズすると、クラスの何人かが笑った。
「先生もさー、思いません?
結局、どこかで練習しとかないと、いきなり社会人になったとき困るじゃないですか」
「それはまあ、ねぇ……」
言い淀んだところに、教室の後ろから別の声が飛んできた。
「学生の間はメイクなんて必要ない! と散々言っておいて、
社会人になったら“どうしてメイクしてこないの?”って叱る。
あのダブルスタンダード、ほんと許せなかったわ」
音楽の柳原育代が、プリント束を抱えて教室に入ってきたところだった。
「柳原先生も? え、そういう経験あるんですか?」
結が振り返ると、柳原は「あるわよ、そりゃ」と肩をすくめる。
「新卒で音楽教室に勤めたときなんて、“先生が一番地味じゃだめよ~”って言われてね。
学生時代、ずっと“派手な格好するな、メイクするな”って言われてきたのに、
社会に出た途端、“なんで出来ないの?”って。ひどくない?」
「うわー、それは……」
女子たちから、小さなざわめきが起きる。
「だから、私はあまり強く言う気ないのよ。
“ちゃんと場をわきまえて”“授業に支障がない範囲で”って前提はつくけど」
言いながら、柳原は七海の手元を覗き込んだ。
「ふんふん。
……そのネイルなら、ピアノ弾くときも邪魔にならなさそうね。厚み出しすぎないの上手いじゃない」
「ありがとうございます。(`・ω・)ゞ」
七海は、ちょっと得意げに胸を張る。
「七海、ネイルとメイク得意なのよ。
今日のこれは“自主講習会”ね?」
結が説明すると、柳原は「いいじゃない」と笑った。
「どうせ放課後なんだし、
体育祭や文化祭で写真に残るときに、“やっちゃったメイク”よりは……ね?」
「それ、ある……」
彩女が、鏡を見ながら真顔で頷く。
「じゃあ、先生。
これからも“ほどほど”にやらせてもらっていいですか?」
七海が、にこっと笑って聞く。
結は、ちょっとだけ考えてから――
肩の力を抜いて、ため息混じりに頷いた。
「……ほどほどに、ね。
テスト前に“メイクの練習してて勉強してませんでした”とか言ったら、本気で怒るから」
「それは大丈夫です。(`・ω・)」
「“盛れても赤点”とか一番嫌ですし」
七海の返しに、教室のあちこちから笑いが起きた。
「じゃ、続きやりまーす。
次、チーク入れてみたい人~。あと、“眉毛どうしていいか分かんない”って人、前来て」
「はーい」
「……おい、なんか女子たちだけ世界作ってない?」
教室の端で観察していた惣一郎がぼそっと言うと、
隣の青見が、答えに詰まった顔で肩をすくめた。
「……まあ、あれはあれで“必要な練習”なんだろ」
「だよなぁ。
俺たちだって、道場とかで“ネクタイ結び”とか教えられる日くるんかな」
「柳原先生にメイク、七海にネイル、
そのうち誰かが“スーツの着方講座”始めそうで怖いわ」
「それ、案外アリなのよね」
いつの間にか背後に回っていた結が、さらっと口を挟んだ。
「大人になる練習、って意味ではね」
「……逢瀬学園、そういうところだけやたら実践的っすね」
惣一郎のぼやきに、
教室のあちこちで笑い声と、ネイルボトルのふたが開く小さな音が、しばらく続いていた。