/*/ 放課後・2年C組、ビューティ講習会(つづき) /*/
「そういえばさー」
七海がチークブラシを動かしながら、ふと思い出したように言った。
「うちの学校ってさ、冬にスカートの下にジャージ履いてても怒られないよね」
「あー、それな」
彩女が、鏡越しにうなずく。
「中学のときは"見た目が悪いからやめろ"って言われてたわ。
ここ来て初めて、"下にジャージOK"見て感動したもん。寒さには勝てん」
「他校の友達にも言われた。"え、いいの? それ"って」
愛香も、ネイルを乾かしながら笑った。
「うち、真冬なんて全員もれなく"スカジャージ族"ですよ。
生足とか、マジで命に関わる」
「まあ、寒いですからね」
結が職員机に腰掛けながら、特に否定もせずに言う。
「あと、"見た目より健康優先"って理事長の方針もあるし。
転んでケガとか、冷えすぎて体調崩される方が困るしね」
「ですよねー」
そこで、七海がニヤッとした顔になった。
「でもなんか、聞いたことありますよ」
「何を?」
「"冬にスカートの下にジャージOK"になった理由。
なんでも昔、理事長が――」
わざと一拍置いて、声をひそめる。
「"冬に女装させられて寒かったから、許可するようになった"とか……」
「はぁ!?」
教室のあちこちから、女子の素で素っ頓狂な声が上がった。
「え、それマジの話?」
「いやいやいや、あの理事長だよ? あの身長で?」
「やば、想像が追いつかないんだけど」
惣一郎までノートから顔を上げる。
「ちょっと待て、情報量が多い。順番に説明してくれ」
「いや、あくまで噂ですよ、噂」
七海は、わざとらしく肩をすくめる。
「生徒会の先輩が言ってたんです。
"理事長がまだ若い頃、なんかの企画で女装させられて、
真冬に薄いタイツだけで屋外イベントやらされた"って」
「えぐいな、それ」
「で、"寒すぎて死ぬかと思った"らしくて、
『防寒を理由にした服装を、頭ごなしに禁止するのはやめよう』ってなったとか――」
「へぇ……」
クラスの全員が、半分呆れ、半分興味津々で耳を傾けている。
「結先生、それほんとですか?」
誰かが振ると、結は苦笑いを浮かべた。
「さあねぇ。
私が赴任したときには、すでに"ジャージOK文化"は出来上がってたから」
「じゃあ、やっぱ噂レベルかぁ」
「ただ――」
結は、少し思い出すように天井を見た。
「職員室で、柳原先生がぼそっと言ってたことはあるかな」
『あの人ねぇ、昔から"変なところで根に持つ"のよ』
『学生時代に理不尽な思いしたやつは、教師になってから全力で潰しにかかるタイプだから』
そんなニュアンスのことを。
「だから、あながち間違いでもないのかもね。
"寒い思いしたやつの恨み"が、今の校則の穴になってるのかも」
「理事長……」
彩女が、何とも言えない顔で呟く。
「いやでもさ」
前の席の女子が、急にテンションを上げた。
「理事長が女装してた時代の写真とかあったら、普通に見たくない?」
「見たーい!!」
即座に、教室中から声が揃った。
「あの身長で?
190後半で?
ヒールとか履かされたら、下手なバスケ部よりデカくない?」
「え、どんな破壊力……」
「バレなかったんですかね、性別」
「バレたでしょ。ていうかバレてるところ前提のノリでやらされたんだと思うよ」
あーだこーだと盛り上がるクラスを見て、
結はこめかみを押さえた。
「お願いだから、本人見かけても、その話題ふらないで下さいね。
"冬の女装事件"とか言ったら、私まで犯人扱いされますから」
「え、犯人って?」
「"そんな噂流したのはあなたでしょ"って。違いますからね?」
「じゃあ誰なんですか、最初に言い出した人」
「知らないよ。だいたい、そういうのは卒業生が置き土産にしていくものなの」
七海は、にんまり笑いながら言った。
「でもまあ――」
「"寒いときはちゃんと防寒していい学校"ってのは、
悪くない文化ですよね」
「だなぁ」
体育会系組も、そこだけは全力同意だった。
「冬場の朝練後に生足とか、ほんと無理だから」
「体冷えたらケガに直結するしな。
……理事長、女装させられてくれてありがとうってことか」
「感謝の仕方おかしいでしょ」
七海がネイルの仕上がりを確認しながら言葉を継いだ。
「うちの学園って、スカートの丈についてもあんまりうるさく言われないですよね。膝上何センチとか、細かい定規持ってる先生見たことないし」
「あー、それは確かに」
彩女が自分の短いスカートの裾を無造作に払う。
「でもその代わり、校則で『スカートの下には指定のショートスパッツ着用』ってのがセットになってるじゃない。あれ、地味に強制力強くない?」
「あ、それ知ってる!」
愛香が手を挙げた。
「理事長が全校集会で言ってたやつだよね。『短くしてお洒落を楽しむのは個人の自由だが、それがトラブルや問題の原因になるのは本意ではない。だから、見えないように対策をしなさい』って」
「そうそう」
結先生が苦笑しながら補足する。
「理事長の理屈はいつもシンプルなのよね。『リスクを管理した上での自由』。だから、スパッツさえ履いていれば、丈を短くすること自体は"自己責任の範疇"として認められてるのよ」
「合理的っていうか、なんというか……」
惣一郎が呆れたように肩をすくめた。
「結局、あの人が一番『面倒なトラブル』を嫌ってるだけな気がするんだけどな」
「でもさ、それって女子からしたら結構ありがたいんだよね」
七海が鏡に向かってにっこりと笑う。
「『ダメ』って禁止されるより、『こうすればOK』って道を作ってくれる方が、ずっと納得できるっていうか」
「……まあ、その『道』がスパッツっていうのが、いかにもあの理事長らしいけどね」
彩女の呟きに、女子たちが一斉に頷く。
冬のジャージ登校に続き、逢瀬学園の「自由」の裏には、常に理事長の極めて現実的(かつ、どこか個人的な経験に基づいた)な哲学が隠れているようだった。
笑い声が教室に広がる。
ネイルのトップコートが乾き、
鏡の中で、ほんの少し"きれいになった自分"を確認しながら、
誰かがぽつりと言った。
「なんだかんだで、
うちの学校って、"見た目"と"中身"のバランス取りにいってる感じ、ちょっと好きかも」
「それ、パンフレットに書いときゃいいのにね」
惣一郎の適当な一言に、
七海も結も、思わず笑ってしまうのだった。