なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

253 / 277
直訴だ

 /*/ 帰り際・理事長室で一言 /*/

 

 

 

 放課後。

 

 職員棟の、一番奥のドアの前で、惣一郎は一度だけ深呼吸した。

 

(……まあ、別に怒られるような話じゃないしな)

 

 ノックを三回。

 

「失礼しまーす」

 

「どうぞ」

 

 低く落ち着いた声が返ってくる。

 

 ドアを開けると、書類の山と、机に開かれた○○STREETと、

 それをまとめて見下ろす長身の男――伊集院貴也・理事長。

 

「おや、惣一郎くんか。どうしました?」

 

「あ、えっと。今いいです?」

 

「大丈夫ですよ。そこに掛けなさい」

 

 ソファを指さされて、惣一郎は、とりあえず素直に腰を下ろした。

 

 こうして正面から向き合うと、

 理事長の“でかさ”が改めてよく分かる。

 

(そりゃ、女装させられたらインパクトすげぇよな……いやいやいや何考えてんだオレ)

 

 頭の中の余計な想像を振り払いながら、本題に入る。

 

「あのですね。

 今日、クラスでちょっと話題になってたことがあって」

 

「ふむ?」

 

「女子たちが、“うちの学校は冬にスカートの下にジャージ履いても怒られない”って盛り上がってたんですよ」

 

 伊集院の眉が、わずかに上がる。

 

「ほう」

 

「で、それって、

 “他の学校だと結構アウトなやつが、ここはOK”らしくて」

 

 惣一郎は、言葉を選びながら続けた。

 

「“見た目より健康優先”っていうか……

 寒さとかケガとか気にしてくれてるの、意外と好評なんですよ。女子の間で」

 

「意外と、ですか」

 

 理事長は、口の端だけで笑う。

 

「褒め言葉として受け取っておきましょう」

 

「でですね」

 

 惣一郎は、少し身を乗り出した。

 

「どうせなら、それ――パンフレットに書いたら良いんじゃないかって」

 

「パンフレットに?」

 

「はい。

 “冬場はスカートの下にジャージ着用可(防寒のため)”って、

 制服ページのどっかにちょこっと」

 

 言いながら、自分でもおかしくなってくる。

 

「進学先見てる中学生とか、その親とかって、

 “勉強”“部活”“偏差値”とかの数字は当然見ると思うんですけど……」

 

「ええ」

 

「でも、“実際通ったときにどういう生活になるか”って、

 案外そういう細かいところで決まるじゃないですか」

 

 惣一郎は、今日の女子たちの会話を思い出す。

 

『生足強制の学校は無理』

『朝練のあとにそれとか、普通に地獄なんだけど』

 

「特に女子は、“冬場の制服事情”わりと真剣に見てるみたいで。

 “ここ寒くてもジャージOKならマジ助かる”とか、

 “ちゃんとこういうの考えてくれてる学校は信用できる”とか」

 

「ほう……」

 

 伊集院は、興味深そうに目を細めた。

 

「なので、“うちはそういう方針ですよ”って、

 最初から見える形にしておくと――」

 

「それも一つの“魅力”になるのでは、というわけですね」

 

「はい。

 正直、“腹筋ペアがいる学校です”より、

 冬場に毎日通う生徒的にはありがたい情報だと思います」

 

「そこは、否定しづらいですね」

 

 理事長は、机の上のパンフレット試作品を手に取った。

 

 制服紹介のページ。

 ブレザーに、ネクタイ、スカート、スラックス。

 

「たしかに、“現場の実情”はあまり書いていませんでしたね。

 “規定の制服”だけでは、冬の寒さは伝わらない」

 

 指先で、紙面の余白をとんとん、と叩く。

 

「スカートの下にジャージを履く写真……は、

 さすがにそのまま載せると“だらしなく見える”と怒る人も出そうですが」

 

「ですよねぇ」

 

「注釈で、

 “防寒目的のレギンス・ジャージ等の着用を認めています”といった文言を入れるのは、検討に値しますね」

 

 そこで、ふと惣一郎の方を見た。

 

「しかし、あなたがわざわざそれを言いに来るとは、少し意外です」

 

「え?」

 

「もっと、“ゲーム部屋を作りましょう”とか、

 “放課後の机上ゲーム同好会を公式にしましょう”とか、

 そういう提案が先かと思っていましたが」

 

「それはそれで、いつか言いに来ます」

 

 惣一郎は、即答してから、苦笑いを浮かべる。

 

「でも今日は、“うちの学校らしい良さ”を一個拾った気がして。

 ……なんていうか、“ちゃんと生徒の身体の方を見てくれてる”っていうか」

 

「なるほど」

 

 伊集院は、ほんの少しだけ表情を和らげた。

 

「実際のところ――」

 

 机の上に開かれた雑誌のページ。

 雪のない季節の逢瀬学園が、そこには並んでいる。

 

「“パンフレットに映る学校”と、“実際に通う学校”が違いすぎると、

 後でがっかりされますからね」

 

「それ、ゲームでもありますね。

 パッケージと中身が違いすぎるやつ」

 

「ええ。そういうものを、世間では“クソゲー”と呼ぶのでしょう?」

 

「理事長の口からクソゲーって言葉出てくるの、まあまあレアです」

 

 二人とも、少しだけ笑った。

 

「……分かりました」

 

 伊集院は、パンフレット案のページ端に、軽くメモを書き込む。

 

「“冬季の防寒対応について”の一文を追加する方向で、

 広報担当と相談してみます」

 

「おお、マジっすか」

 

「あなたが言う“現場の声”は、軽く扱うには惜しい。

 ゲームとやらのバランス感覚で言うと、“ユーザーフィードバック”というやつでしょう?」

 

「そんな感じです。

 “生徒レビュー☆4.8くらい”にはなると思います」

 

「では、☆5を目指して、もう少し工夫してみましょう」

 

 理事長は、そこでふと真顔になった。

 

「――惣一郎くん」

 

「はい」

 

「時々でいいので、こういう話をまた持ってきてください。

 教師や管理側からは見えない、“ちょっとした不便”や“ささやかな満足”は、

 案外、あなた方の口からの方がよく分かるものですから」

 

「……了解です」

 

 惣一郎は、少し照れくさくなって頭をかいた。

 

「じゃ、そのうち“ゲーム部屋”の件も――」

 

「それは、まず企画書からお願いしますね」

 

「やっぱそこからかぁ」

 

 軽口を交わして、立ち上がる。

 

「じゃ、今日はこれで。

 パンフに、“冬ジャージOK”入ったら、女子たち喜びますよ」

 

「期待していてください」

 

 理事長はそう言って、いつもの落ち着いた微笑を浮かべた。

 

 ドアを閉めて廊下に出た瞬間、惣一郎は小さく伸びをする。

 

(……ああいう話なら、

 たまに“理事長室に呼ばれる”のも悪くないかもな)

 

 そんなことを思いながら、

 夕焼け色に染まり始めた廊下を、教室の方へと歩いていくのだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。