/*/ 2年C組・体育前の男子更衣室 /*/
「うわ、今日も外かよ。日差しつえー」
体育館脇の更衣室。ブレザーを脱いでシャツを引っぺがしながら、惣一郎はだるそうに伸びをした。
周りでも、男子たちがわらわらと体操服に着替えている。
背の高いのが一人、Tシャツを被った瞬間に天井に手が当たって「いてっ」とやっているのは、もちろん東青見。
「……あいつ、相変わらずだな」
惣一郎がぼそっと言って、隣でジャージのズボンを引き上げていた斎藤一郎に視線を向けた。
「そういや、斎藤も結構鍛えてるよな」
肩まわりとか、前よりしっかりしている。
「ん?」
斎藤はTシャツの裾を直しながら、ちょっとだけ首をかしげ、それから苦笑いした。
「東にシバかれる役やってたらな」
「なんだよ、それ」
「いや、マジで」
斎藤は、剣道部で使い込んだ前腕をポン、と叩く。
「あいつの強すぎてさ、防具の上からでも吐くんだよな」
「お前の例えが物騒なんだわ」
「最初の頃、胴に一発もらったとき、本気で“これ肋骨いったかも”って思ったからな。
あんまり強くて悔しいとかじゃなくて、“あ、死ぬな俺”って」
遠い目になって言うもんだから、周りの男子が何人か「こえーよ」と苦笑する。
「で、コツコツ、トレしてたらこうなった」
斎藤は、自分の腹に軽く触れてみせる。うっすらと筋が浮いている。
「別に試合で勝ちたいとか、そういうのじゃないんだけどさ。
“東にシバかれても即死しない体”にはしときたくて」
「動機が完全に生存本能なんだよなぁ……」
惣一郎は呆れたように笑う。
「でも、最近はだいぶマシになったぞ」
「へぇ?」
「安生道場行っててさ、あいつ。
そっちで“手加減”を覚えたらしくて、前よりだいぶ当ててこなくなった」
「あー……」
惣一郎は、安生4姉妹の顔を思い浮かべて納得した。
「そりゃあの家で本気で殴ったら、逆にシバかれる側だもんな」
「そうそう。
“人に打つときは、ちゃんと戻すとこまでが技だぞ”って、じいさんに叩き込まれてるっぽい」
斎藤は、竹刀を持つ仕草をして、ふわっと空を切る。
「前はさ、“全部一本取るつもりで打ち込んできます”って感じだったのが……
最近は、“死にはしない程度の稽古台”って扱いになった」
「それ褒められてんのか? ディスられてんのか?」
「どっちでもいいよ。俺、試合とかそもそも向いてねぇし」
斎藤は、肩をすくめた。
「勝ち負けとかより、黙って素振りしてる方が落ち着くタイプだからさ。
でもまあ、“東にシバかれつつも生きて帰るための筋トレ”続けてたら……
いつの間にか、体育の授業で“そこそこ鍛えてる側”に入ってたってだけ」
「生存スキルがそのままフィジカルに反映されてんの、ちょっと面白いな」
そのとき、向こうでTシャツを着終わった青見が、何気なくこっちを振り返った。
「おーい惣一郎、早くしろ。点呼間に合わねぇぞ」
「はいはい今行くって。……ほら、加害者が呼んでるぞ、被害者」
「やめろ、その呼び方」
斎藤は苦笑しながらも、タオルで首筋の汗を拭いて立ち上がる。
「まあでも――」
更衣室を出る直前、ぽつりと付け足した。
「安生道場行ってからの東は、前より“当て方”が優しくなったからな。
……あれなら、まだもうちょっとは続けてみてもいいかなって気にはなるよ」
「はい出ました、ドM発言」
「違ぇよ!?」
そんなやり取りをしながら、2年C組男子はぞろぞろとグラウンドへ向かっていった。