自室のドアをばたんと閉めて、鍵をかけて、彩女はそのままベッドに突っ伏した。
「死ぬ……今度こそ死ぬ……」
枕に顔を押しつけて、もぞもぞ足をばたつかせる。
さっきの会話が、頭の中で勝手に再生される。
(“最後まで”とか“お楽しみ”とか! よりによってあのタイミングで玄関開けてくるとか!)
思い出すたび、体温が上がる気がした。
布団をかぶって、顔を隠す。隠したところで、何もなかったことにはならないのに。
――その時。
枕元に置いていたスマホが、ぶるっと震えた。
びくっと肩が跳ねる。
画面を見たくない。でも、見ないと余計に怖い。
意を決して、布団の中から手だけ出してスマホをたぐり寄せる。
画面には「東」の名前。
(うわぁぁぁぁぁ……)
心の中で頭を抱えながらも、通知をタップする。
トーク画面には、一行。
『さっきの、聞こえちゃってごめん』
変に丁寧なのが、余計に気まずい。
「こっちがごめんでしょ……」
小さく呟きながら、しばらくフリック入力の画面を開いたまま固まる。
何書いても地雷な気がしてくる。
(“聞いて忘れてください”って書いて忘れてくれるなら世話ないし……)
悩みに悩んで、ようやく一行。
『こっちこそ、ごめん。うちの親の話だから気にしないで』
送信して、すぐ後悔する。
(“うちの親の話だから”ってなに、それはそれで恥ずかしい……!)
頭を抱えたくなったところで、ほとんど間を置かずに返信が来た。
『いや、普通に仲いいなって思っただけ』
あまりにも普通の返事で、拍子抜けする。
『変な話してたでしょ』
思わず打ち込んでしまってから、「あ、これ自分で掘った」と気づく。
すぐに既読がつく。
『まあ、内容は聞かなかったことにする』
『ていうか、聞いてない』
「絶対ウソ……」
口を尖らせて、もう一度画面を見る。
数秒置いて、ぽん、とメッセージが増えた。
『とりあえず、今日はありがとうございました』
『数学、だいぶ分かるようになった』
「……そういうのだけ真面目なんだから」
むずがゆい気持ちのまま、枕にころんと転がる。
指が勝手に動いて、返信を打っていた。
『それはよろしい』
『赤点取ったらうちの親に何言われるか分かんないからね』
スタンプを一個送って、スマホを胸の上に置く。
天井を見つめながら、さっきの母の言葉が頭をよぎった。
(“いざって時、一番ブレーキ踏みそうなの、あの子の方”……か)
そう言われた瞬間に浮かんだ、キャンプの夜のこと。
焚き火の明かりと、凍える空気と、隣に座っていた青見の横顔。
あのときも、余計なことを考えそうになったのは、どっちだったか。
「…………」
枕を抱きしめて、ゴロゴロ転がる。
その間に、またスマホが震いた。
『今度は、東の家でも勉強する? ってお母さんに言われたけど』
思わず画面を二度見する。
間髪入れずに、追撃が届く。
『とりあえず、彩女がイヤならやめとく』
『うち、ほんとに何もないぞ。冷蔵庫と机くらいしか』
変なところで気を遣ってくるのが、本当にずるい。
しばらく画面を睨みつけたあと、彩女はゆっくりと入力した。
『……今は、こっちでいい』
一度消して、もう一度打ち直す。
『今は、うちでいい』
『そのうち、考える』
送信ボタンを押した瞬間、心臓がどきん、と跳ねた。
(なに“そのうち”って……あたし、なに言ってんの……)
自分で自分の首を絞めた気がして、布団に頭を埋める。
布団の中で悶えているうちに、返事が来た。
『了解』
『そのうち、な』
短いそれだけで、なんとなく全部分かってるみたいな顔が浮かぶ。
「……バカ」
けれど、さっきキッチンで叫んだときほど、嫌な感じではない。
むしろ、胸の奥の方が、じんわりと温かくなる。
ドアの向こうから、母の声がした。
「彩女ー? ご飯冷めるわよー」
「今行くー!」
あわててスマホを枕の下に隠す。
立ち上がって、鏡で自分の顔を確認すると、まだほんのり赤かった。
(……どうせすぐバレるんだし)
ちょっとだけ、頬の赤みをそのままにして、彩女は部屋を出た。
階段を降りる途中、ふと足が止まる。
(“青見くんちに行くのは、もうちょっと先のお楽しみ”って……)
さっきの母の言葉が、頭の中でまたリピートする。
「お楽しみにしなくていいってば……」
小声で文句を言いながらも、
(でも――“もうちょっと先”ってことは、完全にナシってわけじゃない、ってことか)
そんなことを思ってしまった自分に気づいて、慌てて首を振った。
「バカバカバカ、考えない!」
自分の頬を軽くぺちぺち叩いてから、彩女はキッチンへ向かう。
台所では、母がいつも通りの手つきで味噌汁をよそいながら、ちらっとこちらを見る。
「顔、まだ赤いわよ?」
「う、うるさい!」
「麦茶の飲みすぎかしらねぇ」
にやにや笑う母の横で、父がぽつりと言った。
「青見くん、さっき“また来ます”って言ってたぞ」
「……勝手に言わせておけばいいじゃない」
言いながらも、胸のどこかで、その「また」が少しだけ楽しみになっているのを、彩女はどうしても否定できなかった。