◆ 放課後・オカ研 七不思議会議・整理編 ◆
放課後の空き教室に、チョークの粉っぽい匂いが漂っていた。
ここが、逢瀬学園オカルト研究会の“仮部室”だ。
黒板の一番上には、惣一郎がさっき書いた大きな文字が残っている。
【逢瀬学園・七不思議(案)】
その下には――
合わせ鏡/失踪教室/怨念音叉/囁く者の家/七夕狂宴/屋上で踊る二人/夜鳴きプール/図書館のページめくり/保健室の眠り姫/開かずの理科準備室/首なしマネキン/トイレの花子さん(亜種)/屋上線香花火 ……
と、ずらずら並んだ文字列。
「……あれ?」
プリントをとめていたバインダーを抱えた玲子が、首をかしげた。
「七不思議って言ってるのに、普通に十何個ありますけど」
「そんなもんだろ、都市伝説なんて」
黒板の前でチョークをくるくる回しながら、惣一郎が悪びれもなく言う。
「どこの学校も“七不思議”って名乗っておいて、実際は十個とか十二個とかあるんだって。オカ研的には仕様」
「仕様で片付けないでください」
玲子が即ツッコミを入れる。
その横で、愛香は机にほおづえをつきながら、楽しそうに黒板を眺めていた。
「でも~、これ全部まとめて本にしたら売れそうだよね。“逢瀬学園・十三不思議”とか」
「七からだいぶ増えたな」
青見が苦笑する。
「っていうか、俺でも分かるレベルで“ヤバそうなやつ”混ざってるんだけど」
視線の先には、
【合わせ鏡】【失踪教室】【怨念音叉】【七夕狂宴】【屋上で踊る二人】
の濃いメンツが並んでいる。
「そこで、整理案です」
玲子が手を挙げた。
「“公式の七不思議”と、“オカ研限定・裏七不思議”に分けませんか?」
「表と裏か」
惣一郎の口元がにやりと歪む。
「いいねぇ、“裏七不思議”って言葉の響きがもうズルい」
「“裏”の方にオレが巻き込まれそうなのが嫌なんだけど」
青見が、ぼそっと本音を漏らす。
「いや、すでに巻き込まれ済みなんだよな、問題は」
「そうなのよ」
と、そこまで黙っていた彩女が、机にペン先をトントン打ちつけながら口を挟んだ。
「合わせ鏡、失踪教室、怨念音叉、七夕狂宴、屋上で踊る二人、それから囁く者の家。
そのあたりは問答無用で“裏”に放り込んどいて」
「多くない?」
玲子が思わずつぶやく。
「六個も“裏枠”に行くんですか?」
「いいの。あたしの中じゃ、あれ全部“シャレにならない側”」
彩女はぴしゃりと言い切った。
(実際、一回ずつ“負けルート”見せられてるし)
月階段の合わせ鏡で、東を失う未来。
失踪教室で、腕の中で死んでいく東。
怨念音叉の音楽室で、天井に磔にされた東。
七夕狂宴で、風を踏んで渡った先で、本物の東を殺しかけた自分。
血煙の屋上――“踊る二人”として、互いを壊し合った感触。
そして、囁く者の家で、うまく掴めなかった助言。
(あんなの、二度と誰にも体験させたくない)
「じゃ、こうしようか」
玲子が黒板の一部を消し、線を二本引いた。
左側に【公式七不思議】、右側に【裏七不思議(オカ研限定・体験禁止)】と書き分ける。
「まず、公式の方。文化祭パンフとか、校内配布用に載せる“表向き七つ”ですね」
「お、まずそっちから決めるのね」
惣一郎がチョークを持ち替えた。
「じゃ、比較的マイルドなやつを優先的に――」
「夜鳴きプールは外せないでしょ」
と、愛香。
「夜中に“ちゃぽんちゃぽん”って水音するの。
誰もいないはずなのに、子どもの笑い声が聞こえて、見に行くと誰もいないんだよ」
「“プール底の黒い手”ってオマケつきのやつな」
惣一郎が書き込む。
【1 夜鳴きプール】
「ただし“黒い手”は演出でどうとでもなるし、ツアー向きだよな。ライフガード付きで」
「ライフガードって、誰がやるんですかねぇ……」
青見に視線が集まり、当人はうんざりしたように眉をひそめた。
「次。図書館関連」
玲子が指を立てる。
「“ページめくり”と“影読み”、どっちも似た系統なので、一つにまとめていいと思います」
「“勝手にページがめくれて、欲しい資料を引き当ててくれる図書室の手”だな」
惣一郎が書く。
【2 図書館のページめくり(影読み)】
「三つ目。“保健室の眠り姫”は?」
愛香が、にこにこと提案した。
「いつ見ても、カーテンの向こうで誰か寝てるやつ。
先生がいないはずの時間でも、“誰かの寝息”が聞こえるって話」
「怖いけど、まあギリ文化祭パンフに載せられるラインですね」
玲子が頷く。
【3 保健室の眠り姫】
「開かずの理科準備室も、七不思議の定番として入れたいです」
「窓から覗くと、誰か動いてる影が見えるやつな」
惣一郎が書き足す。
【4 開かずの理科準備室】
「五つ目、“首なしマネキン”」
「それもあったねぇ」
青見が苦笑する。
「家庭科室のマネキン、いつの間にか首だけ別のとこ向いてるやつ」
【5 首なしマネキン】
「トイレの花子さん(逢瀬バージョン)も入れとく?」
惣一郎がチョークの先をくるくる回した。
「“三階女子トイレの一番奥の個室でノックしたら返事が返ってくるけど、覗くと誰もいない”ってやつ」
「それくらいのテンションなら、まあセーフでしょう」
玲子がメモを取りながら、うんうんと頷く。
【6 トイレの花子さん(逢瀬版)】
「最後の七つ目……どうします?」
教室の空気が少しだけ止まる。
玲子、愛香、惣一郎、青見――と視線が一周して、最後に彩女に集まった。
「囁く者の家は?」
青見が、慎重に言葉を選んで口を開く。
「怪談としては、わりとバランス取れてるだろ。
“七不思議に巻き込まれて、もうダメだってなった時だけ、どこかの部屋で声が聞こえて、アドバイスしてくれる”って話」
「……」
彩女は、ペンを指に挟んだまま、しばらく黙っていた。
(助けてくれようとしたのは、分かってる。
でも、あの時のあたしは、それをまともに受け止められる状態じゃなかった)
『ここでその手を離したら、一生後悔するよ』
(――知ってたよ)
吐き出しかけたため息を、彩女は一度飲み込んだ。
「囁く者の家は」
ペン先で机をコツコツ叩きながら言う。
「“公式七不思議の七番目”には入れてもいいけど、体験ツアーの対象からは外して」
「ふむ」
玲子がペンを走らせる。
「“名前だけ公式枠、本編は裏扱い”って感じですか」
「そうそう」
惣一郎が面白がって笑う。
「七不思議の中に、一つだけ“位置だけ貸してる怪談”があるって、逆に美味しいじゃん」
「その言い方ちょっとやめて」
彩女は、目を伏せたまま言った。
「“役に立つ七不思議”とか、“便利な攻略 NPC”みたいな扱いにしないで。
“頼るな・真似するな”って注意書き、でかでかと入れといて」
「了解」
玲子が黒板に書き加える。
【7 囁く者の家(名前のみ公式/体験禁止)】
――左側の列が、ひとまず埋まった。
惣一郎がチョークを置いて、ぱんぱんと手を払いながら振り向く。
「はい、これで“公式・表向き七不思議”決定~。
文化祭パンフに載せるのは、この左列ね」
「問題は、右列です」
玲子が、少し表情を引き締める。
右側の黒板には、まだ何も書かれていない。
【裏七不思議(オカ研限定・体験禁止)】
「ここは――彩女ちゃんの意見、最優先で」
愛香が、ストローをしゃぶりながら言った。
「巻き込まれ率ダントツ一位だからね、彩女ちゃん」
「だから不名誉ランキングみたいに言わないでくれる?」
彩女は肩をすくめた。
「とりあえず、その六つは確定でしょ」
ペン先で空中をなぞる。
「月階段の合わせ鏡。
失踪教室。
怨念音叉。
七夕狂宴。
屋上で踊る二人。
囁く者の家――本編」
「名前が並んだだけで胃が痛くなるラインナップですね」
玲子が苦笑して、一つずつ黒板の右側に書き込んでいく。
【A 月階段の合わせ鏡】
【B 失踪教室】
【C 怨念音叉】
【D 七夕狂宴】
【E 屋上で踊る二人】
【F 囁く者の家(本編)】
「で、七つ目はどうします?」
「七つ目?」
惣一郎が首をかしげた。
「いや、裏は六つで良くね? これ以上増えたらオカ研ごと死ぬだろ」
「でも、“裏七不思議”って言いたいじゃないですか」
玲子が、妙なこだわりを見せる。
「七って数字、やっぱり魔術的に安定してるし」
「魔術的安定性で決めないでほしいんだけど」
青見がぼそっと突っ込む。
「七つ目は――“まだ名前のないやつ”でいいんじゃねぇの」
と、そこへぽつりと声が落ちた。
言ったのは青見だった。
「なにそれ」
「だってさ」
青見は、椅子の背にもたれながら天井を見上げる。
「どうせこれからも、何かしら起きるんだろ、俺たちの周りで。
今は名前も付いてないけど、そのうち“あの時のアレ”って呼ばれるやつが」
「フラグ立てないでくれる?」
彩女が即座に眉をひそめる。
「ただでさえ負けルートの夢ログ流されてんのに、これ以上増やしたくないんだけど」
「でも、“まだ語られていない七つ目”って、怪談的にはおいしいですよね」
玲子の目がきらりと光る。
「“オカ研しか知らない六つと、まだ誰も知らない七つ目”……」
黒板の右端に、そっと書き足される。
【G まだ名前のない七つ目】
「やめとけって……」
惣一郎が頭を抱える。
「絶対そのうち、“七つ目はお前ら自身だよ”とか言われるやつじゃん」
「それはそれで、オカ研的には本望かもね~」
愛香が、どこか冗談とも本気ともつかない笑顔で言った。
「だって、“怪談の内側”にいるって、ちょっとロマンあるじゃない?」
「ロマンの方向性おかしいだろ」
青見がため息をつきながらも、目の端で彩女の様子をうかがう。
さっきまでピリピリしていた肩の力が、少しだけ抜けている。
(……整理して、“これは触るな”って線引きできた分だけ、マシか)
そんな風に思いながら、黒板の右側を見上げる。
そこには、はっきりと二つのリストが並んでいた。
【公式七不思議】――学校として“表に出せる”七つ。
【裏七不思議】――オカ研だけが知っていて、決して“体験ツアー”にはしない七つ(うち一つは、まだ名前もない)。
「……よし。じゃあ、まとめ」
玲子が手元のノートをぱたんと閉じた。
「文化祭パンフや新入生向け冊子に載せるのは、左の“公式七不思議”だけ。
右側の“裏七不思議”は、オカ研内部資料限定。口外禁止。体験禁止。
肝試しコース組む時も、右列は一切コースに組み込まないこと」
「異議なーし」
惣一郎が手を挙げる。
「右列に興味本位で近づいたら、顧問の結先生と安達にダブルでシバかれる、ってことで」
「前段いらないから、後段だけで充分抑止力あるわよ」
彩女が、ようやくいつもの調子で言い返す。
「いい? 右側の六個プラス一個は、“青見を巻き込むな枠”でもあるからね。
――っていうか、これ以上巻き込ませたくないから整理してるんだから」
ちらりと横を見ると、青見と目が合った。
「……おう」
短い返事に、いつもの、少し照れくさそうな笑いが混じる。
「裏だろうが表だろうが、なるべく全部スルーして、普通に卒業しようぜ」
「それをオカ研が言う?」
惣一郎のツッコミに、笑いが起きる。
黒板には二つの「七不思議」が並び、チョークの白い粉が少し舞っていた。
七つに収まったはずの怪談は、気づけば十数個に増えている。
けれど、それもきっと――“そんなもん”なのだろう。
この街で、この学校で、怪異と一緒に生きていくということは。
語られるものと、語られないものの境目に、今日も線を引き直し続けることなのだ。
/*/
黒板に二つのリストが出そろって、ひと区切りついたところで――
マーカーを片付けながら、青見がふと思いついたみたいに呟いた。
「ま、公式七不思議も夜中に近づくと実際おこるんだろうな」
「さらっと不穏なこと言わないでくれる?」
彩女が即座に振り向く。
「“公式だから安全”って信じてる子だっているかもしれないでしょ」
「いや、どっちみち“夜の校舎に近づくな”って話にしかならないからな?」
青見は肩をすくめた。
「昼間はネタとして聞いといて、夜はちゃんと距離取る。
……それくらいのバランス感覚が、一番大事だろ」
「名言っぽくまとめましたね、青見先輩」
玲子がくすっと笑いながら、ノートの端にメモを取る。
「“公式七不思議も、夜中は本物かもしれないので近づかないこと”……注意書きに入れとこうかな」
「いや、そこ“かもしれない”って書き方、逆に怖いから」
惣一郎が頭を抱える。
「“絶対起こりません”とは言い切れないのが、我が校のややこしいところなんだよなぁ……」
「むしろ起きたら報告してくれれば、オカ研的にはウハウハなんだけどね~」
愛香が、ストローをくわえたままお気楽に言う。
「写真とメモと証言、あと出来れば採取サンプルも――」
「だからそういうこと軽々しく言うなっての」
彩女が額を押さえる。
「とりあえず結論。
“公式七不思議も、裏七不思議も、夜は近づかない”――いいわね?」
「はいはい、分かってますよ、“現場担当”としては」
青見は、そう言って椅子の背にもたれた。
(それでも、どうせまた何か起きるんだろうけどな)
心の中でだけ、そんな本音を付け足しながら。