◆ オカルト研究会兼天文部・放課後の部室 ◆
「三森峠の旧道だけど……」
惣一郎が、部室の隅のホワイトボードにマジックで“夏の肝試し候補”と書きながら切り出した。
「旧道のトンネルなら、肝試しに来る人が多すぎて危ないとかで、とっくに埋められてるよ」
望遠鏡のメンテを終えた青見が、椅子の背にもたれながらあっさりと言う。
「ロマンがねぇ」
「仕方ないだろ、普通に危ないし」
青見は、卓上のタブレットに映っている地形図を指で拡大した。
「ほら。今は通行止めだけど、ここ一帯、陸自の行軍訓練ルートにもなってるんだよ」
「マジで?」惣一郎が身を乗り出す。
「じゃあ余計ロマンあるじゃん。迷彩服の行軍部隊とすれ違う肝試しとか――」
「ないから」
青見が即ツッコミを入れる。
「“ロマン”じゃなくて“演習妨害”って言うんだ、それ。
それに、あの辺、普通にクマ出る。ニュースにもなってただろ」
「うっ」
惣一郎は、さすがに想像したのか肩をすくめた。
「心霊よりよっぽどリアルに危険じゃねぇか」
「だからトンネルも埋められたんだよ。肝試しで人集まる→クマ出る→自衛隊も通る、で三重苦」
そんなやり取りを聞きながら、パソコンの前に座っていた玲子が、くるりと回転椅子をこちらへ向けた。
「三森峠だったら、レプリカ住居の方も怪談ありますよ」
玲子はモニタを指さしながら、少し楽しそうに言う。
「“現在の星空では説明できない星の並びがあった”とか」
「は?」惣一郎が面白そうに食いつく。
「どういう系? UFO? 異世界ゲート?」
「えっとですね……」
玲子は、天文部の共有フォルダを開いた画面を操作しながら続けた。
「三森峠記念館の“山の民のレプリカ住居”の天井に、星の絵が描いてあったって話なんです」
「壁画みたいなやつ?」
「はい。で、それ、昔の天文部の先輩たちがフィールドワークで撮影して、星図ソフトに入れて解析したデータが――」
カチカチとマウスを動かし、玲子は目的のフォルダを開く。
「ちゃんと残ってるんですよ、ここに」
「お、うちの部の正式データじゃん」
惣一郎が、部室の天井を指さしながらニヤッとする。
「さすが“オカルト研究会兼天文部”。怪談も検証もワンストップサービスだな」
画面には、天井画を真下から撮った写真と、その上にプロットされた星のパターンが並んで表示された。
「見た目は、夏の大三角っぽいのに、角度が変なんですよ」
玲子が、星図ソフトのウィンドウを拡大する。
「先輩たち、三年前にこれ、現在の星空のどの時刻・どの方角にも一致しないか調べたみたいで。
歳差運動も考慮して、過去の星空もシミュレーションしたんですけど――」
「どの年代にも合わなかった、ってオチ?」
青見が、画面に目を細める。
「そうなんです。
“今の地球じゃない空”って、解析メモに書いてありました」
「言い方ぁ」
惣一郎が肩を震わせる。
「そういうワードをログに残して卒業していくのやめろよ、ロマンだけ爆上げしてさ」
「でもさ」
青見は、玲子の横に立って星の配置を覗き込む。
「星の間隔とか、かなり正確だな。適当に描いた落書きじゃない。
観測して写したものを、そのまま写生した感じに見える」
「でしょでしょ?」玲子の声が少し弾む。
「解析ログ見ると、先輩たちも“実在する星空を元にしてるはずだ”って悩んでますし」
「ログ残ってんのはありがたいな」
惣一郎が椅子の背にひっくり返る。
「肝試しにクマ出る旧道トンネル行くより、よっぽど“うちの部らしい”じゃねぇか」
「実地調査するなら、トンネルじゃなくて記念館の方だな」
青見が腕を組む。
「昼間にレプリカ住居で天井の星図を高解像度で撮り直す。
夜はここで、天文部のデータと照合して再解析。
“オカ研活動”って名目より、“天文部フィールドワーク”って申請した方が通りやすい」
「よっ、真面目かつロマンセーフティ」
「ロマンは殺してないだろ。
クマと自衛隊に迷惑かけない方向に寄せてるだけだ」
玲子は、ぱっと手を打った。
「じゃあ決まりですね。
“オカルト研究会兼天文部 三森峠レプリカ住居 星図フィールドワーク計画”!」
「タイトル長ぇよ」
「でも、顧問の結先生のハンコはもらえそうだな」
三人の笑い声が、夕方の部室に広がる。
その窓ガラスが、かたん、と小さく鳴った。
ただの風か、それとも――
モニタの中の「どの年代にも属さない星空」は、画面越しにもどこかよそよそしく、
この世界のどこにもない“天”の片鱗だけを、静かにこちらへ向けていた。
◆ オカルト研究会兼天文部・放課後の部室 ◆
三森峠周辺の地形図が、部室の机の上に広げられていた。
赤いマーカーでなぞられたのは、すでに通行止めになっている旧道のラインだ。
「旧道の通行止めの先に行くなんて先生許可くれるわけないだろ。
そもそも車もないのに、どうやって行くんだ?」
タブレットと地形図を見比べながら、青見がため息まじりに言う。
紙の端には「クマ出没注意」「自衛隊行軍ルート」と手書きのメモが走り書きされていた。
「俺はハンターカブで」
惣一郎が、悪びれもなく指を一本立てる。
その顔には「名案だろ?」と書いてある。
「それだとオレしかついていけないじゃないか」
青見は即座にツッコミを入れた。
原付で峠の旧道、しかも通行止めの先――その絵面を想像しただけで、結先生の眉間にシワが寄る光景が目に浮かぶ。
「彩女は?」
「そんな危ないとこに連れていけるわけないだろ。
……天文部の先輩たち良く入り込んだな」
地図の端に残された古い書き込み――"第×期天文部フィールドワーク"という文字を、青見はじっと見つめる。
あの人たちは、好奇心と若さで本当にどこにでも行ったのだろう。
だからこそ、今は"立入禁止"の赤線が増えているのかもしれない。
「じゃ、俺と青見でこっそり行ってくるか」
軽い調子で言いながらも、惣一郎の目には、ほんの少しだけ本気の色が混じっていた。
旧道の向こう、埋められたトンネル跡と、地図にない何か――
それらが、確かに二人の「ロマン」をくすぐっていた。