お昼休み、2年C組の教室。
みんながそれぞれ弁当やパンを広げている中、彩女と愛香は机をくっつけて、さっき届いた通知を確認していた。
画面には、4つのアイコンが重なるように表示されている。
「ん? なに見てんの――って、あれ?」
ペットボトルのお茶を片手に、七海がひょいっと顔を出す。
「あれ? 彩女も愛香もスマホ変えたの? しかもリンゴじゃないんだね」
「ああ、これね」
彩女が、なんでもないみたいな顔で言う。
「こないだ、バカ二人が夜の峠で張り込みしてさ。心配させたから」
「張り込み?」
「夜の峠?」
七海の眉が同時に跳ね上がる。
「スターリンク使えるのに、4人で機種変更したんだよ」
愛香が続ける。
「東くんと惣くんもおそろい。コースもぜんぶセット」
「4人で……」
七海は、ほほう、とニヤニヤしながら椅子を引き寄せた。
「それさ、もしかしてさ――ダブルデートで機種変?」
「違う」
「違います」
二人の否定が、きれいにハモった。
「即答~」
七海は笑いながら、今度は端末そのものをじっと見つめる。
「っていうかさ。なんかゴツくない? ケース付けてないのに、既に“がっちりしてます”みたいな見た目なんだけど」
「あー、それはね」
彩女が、自分のスマホを指先でこんこん、と叩いた。
「防水防火防爆にしたからごつくてスマホケースがないの」
「防爆!? なにと戦うつもりなの?」
七海が素で素っ頓狂な声を出す。
彩女が、ふぅ、と小さくため息をついた。
「でも、スマホ破壊して行方不明になった奴がいるから丈夫な奴じゃないとね」
「その節はすまんかった」
すぐ後ろの席から、青見の低い声が飛んでくる。
振り向くと、弁当をつつきながら、どこか申し訳なさそうに頭をかいていた。
「え、なにその“ありました”みたいな返事」
七海が目を丸くする。
「スマホ壊して行方不明って、普通にホラーなんだけど」
「だからスターリンクで、圏外減らして、ついでに位置情報も共有してるの」
愛香が、画面を七海に見せる。
小さな円の中に、「東・青見」「安達・彩女」「松坂・愛香」「伊東・惣一郎」のアイコンがきれいに並んでいる。
「“束縛カレカノアプリ”じゃなくて、“二年C組・行方不明防止ネットワーク”な」
彩女がドヤ顔で言う。
「名前ダサ……」
いつの間にかパン片手で近づいてきていた惣一郎が、即ツッコミを入れた。
「最初、“三森峠対策本部”とか言い出した時は、本気で止めたけどな」
「対策本部て」
七海は笑いながらも、少し真面目な顔になる。
「で、その夜の峠って? 肝試し?」
「オカ研の延長で、旧道見に行っただけだよ」
惣一郎が苦笑い。
「そしたら圏外でさ。メッセージも電話も飛ばない」
「夜の十一時過ぎても既読つかないし」
彩女の表情が、少しだけ曇る。
「あたしも愛香も、マジで“どっち先に電話する?”ってなったからね。救急か警察か」
「……そりゃ、ゴツいの選ぶわ」
七海は、さすがに茶化すのをやめて息を吐いた。
「でもさー」
数秒後にはもう、いつもの調子に戻っている。
「せっかく4人でおそろい機種なんだから、なにか可愛いポイント欲しくない? ケースないなら、ストラップとかシールとかさ」
「それはまぁ……」
彩女が、ちらっと自分のスマホのストラップ穴を見る。
「壊れない範囲なら、多少ぶら下げてもいいってショップの人は言ってたけど」
「よし来た」
七海の“デコ魂”に火がついた顔になる。
「彩女は赤とか似合いそう。愛香は……ミントグリーンか、くすみピンク。惣くんは黒ベースにワンポイント。東くんは……ゴツさ活かしてミリタリー系とか?」
「ミリタリーはやめろ」
青見が即座に拒否する。
「普通でいい。落としても壊れなくて、ポケットに入ればそれで」
「じゃあ黒ベースに、ワンポイントで星とか――」
「星はやめて」
愛香が、反射的に遮った。
「あ、ごめん。星ダメ?」
「いや、その……」
自分でも理由が説明しづらくて、言葉が詰まる。
「なんとなく、嫌なイメージあるだけ。キラキラ☆じゃなくて、変な方の星思い出すっていうか」
「変な方の星ってなに……まあいいや」
七海が首をかしげる。
「じゃあ月にしよ? 三日月かわいいし、願掛けっぽいし」
「……うん、それなら」
愛香は、どこかほっとしたように微笑んだ。
そんな話をしていると、彩女のスマホが小さく震えた。
画面上部に、「行方不明防止ネットワーク」からの通知が表示される。
「ん?」
アプリを開くと、教室の地図の上に、さっきと同じ4つのアイコン。
東・青見。安達・彩女。松坂・愛香。伊東・惣一郎。
(ちゃんと、みんなここにいる)
そう確認してアプリを閉じようとした、その一瞬。
――ピッ。
ごく短い点滅とともに、知らないマークが、教室の“少し上空”にふわりと現れて。
何かを示す暇もなく、すぐに消えた。
「……?」
彩女が眉を寄せるのとほぼ同時に、向かいで愛香も、自分のスマホに目を落としていた。
どうやら同じものを見たらしい。
けれど七海は、二人のわずかな変化には気づかないまま、楽しそうに続ける。
「よし決まり。今度の土曜、駅前の雑貨屋ね。ストラップとシール見に行こ。4人分!」
「なんで当然の流れみたいに決めてんの」
彩女が呆れながらも、完全には否定しない。
「どうせまた山とか湖とか行くんでしょ? だったら、見た目ぐらい可愛い方がテンション上がるじゃん」
七海がニヤリと笑う。
「……それは、否定できないけど」
彩女が肩をすくめる。
「行くよね、惣くん?」
愛香が、わざとらしく問いかける。
「スマホの飾り買いに? それとも山に?」
「両方」
「ですよねー」
惣一郎が、苦笑しながらパンにかじりついた。
教室には、昼休み特有ののんびりしたざわめき。
机の端では、“防水防火防爆”仕様のごついスマホが、ストラップを待つかのように静かに伏せられている。
さっき一瞬だけ現れた、空中の謎のピンが何だったのか。
三森峠の旧道で“すれ違った何か”が、まだ彼らの現在地を覗き込んでいるサインなのかどうか――
今のところ、それを気にしているのは、画面の向こう側の世界だけだった。