みんな見栄っ張り
乙女トーク戦線
◆ 女子会・乙女トーク戦線 ◆
場所は七海の部屋。
ふかふかのラグの上に円になって座り、テーブルの上にはポテチとポッキーと炭酸と、なんかよくわからない七海特製スムージー。
「――でさぁ、雑誌に書いてあったんだけど」
スマホをいじっていた七海が、ぱたんと画面を伏せて言った。
「“初キスの味は一生忘れない”んだって。どう?」
「乙女ちっく~」
ルテアがクッションにだらんと寝転がりながら笑う。
「でも、わかる気はしますわね」
ユイリィは炭酸を一口飲み、上品に微笑んだ。
「漫画だとさ、なんかすぐ“レモンの味がした”とか言うよね」
友香がポッキーをくわえたまま言う。
「レモン限定なの、あれなんなんだろうね」
愛香がくすくす笑う。
「七海ちゃんは?」
梨花がさりげなくボールを七海に投げる。
「え、わたし? えーっとね……」
七海は視線をくるくるさせて、頬をぽりぽり掻いた。
「……ミント、かなぁ。あっちがガム噛んでたから」
「爽やか~~」
「青春~」
わぁっと一斉にひやかしの声が上がる。
「ちょ、ちょっと! 深掘り禁止ー! はい、次っ!」
七海が真っ赤になってクッションを振り回す。
「じゃあ、梨花は?」
とばっちりでポッキーを咥えたまま梨花に矛先が飛ぶ。
「わたしは、まだですよ」
梨花は平然と笑って、グラスを揺らした。
「え、意外」
「なんかもう済ませてそうな落ち着きなのに」
「ふふ。勝手に既成事実つくらないでください。
――まあ、“候補”はいますけど」
ちょっとだけ意味深な微笑み。
その一瞬に、ユイリィとルテアの視線が「竜樹さん」の方角を向いた気がしたが、誰も口には出さない。
「友香は?」
「僕もまだだよー。
なんかさ、“ここぞ”ってタイミング、意外と来ないんだよねぇ」
「言い方が男子」
「でも友香ちゃんらしい」
くすくす笑いがこぼれる。
「ユイリィは?」
「レディにそのようなことをさらりと聞くなんて、梨花は罪作りですわね」
そう言いながらも、ユイリィはほんの少しだけ視線を泳がせた。
「……内緒、ということにしておきますわ。
味、というより“息が詰まるほど緊張した”記憶の方が強くて」
「うわ、なにそれ、おしゃれな回答きた」
「さすがお嬢様枠」
「じゃ、ルテアは?」
「ボク? ボクはねー……」
ルテアはクッションを抱え込んで天井を見上げる。
「……なんか、ゲームセンターのフードコートの匂いって感じだった」
「具体的なようで全然わからない!」
「油とポテトの匂いしかしなさそうなんだけど!?」
「でも、すごい嬉しかったから、あの匂いかぐとちょっとドキドキするんだよね~」
「……なんかルテアっぽい」
「幸せそうだからまぁ良し」
ひとしきり笑い声が弾む。
「で、愛香は?」
「わたし?」
愛香はマグカップを両手で持ちながら、ふっと目を伏せた。
「……甘かった、かな。
――“あ、ちゃんと生きてるなぁ”って、安心する味」
「なんか一人だけ意味深な表現きた」
「詩人か」
「えへへ。内緒」
惣一郎の顔を思い出していることは、おそらくみんな薄々わかっている。
「……でさ」
ひと通り回ったところで、七海がくるっと向きを変える。
「さっきからやけに静かで、ポテチだけ減らしてる人が一人いるんだけど?」
「…………」
全員の視線が、じわじわと一人に集まった。
エアコンの温度が急に上がったみたいに、そこだけ空気が熱い。
「彩女」
梨花がにっこり笑う。
「あたしは――」
と言いかけた彩女の頬は、すでに茹でだこのように真っ赤だった。
「なになに? なんでそんな真っ赤なの?」
「暑い? エアコン下げる?」
「それとも“そういう”こと?」
七海とルテアと友香が、にじり寄る。
「な、なによ……別に、なんでもないし……」
彩女はポテチの袋をがさがさやりながら、視線を泳がせた。
「“初キスの味は一生忘れない”らしいけど?」
七海がじわじわ追い詰める。
「その反応……」
ユイリィが目を細める。
「彩女」
梨花がとどめを刺すように、さらっと言った。
「あんた、まさか――もう済ませた?」
「ぶっ!!?」
彩女は手に持っていた炭酸を危うく吹き出しそうになり、慌てて口を押さえる。
「ちょ、ちょちょちょっと待ちなさいよ梨花! なにその“期末テストどうだった?”みたいなテンションで言うの!」
「図星なんだ?」
友香がにやにや。
「……べ、別に、“済ませた”とか、そういうんじゃ……」
「違うんだ?」
ルテアが身を乗り出す。
「っ……!」
彩女は、ぎゅっとクッションを抱きしめてうずくまった。
耳の先まで真っ赤だ。
その様子を、七海が見逃すはずがない。
「はい、決定。これは完全に“やりました”の顔です」
「彩女ちゃん、観念しよ?」
愛香が優しく背中をぽんぽん叩く。
「……で、相手は?」
梨花が、わざとらしく首をかしげてみせる。
「「「「「青見くんでしょ」」」」」
ハモった。
一瞬の間すらなくハモった。
「なんで全会一致なのよ!!」
彩女が顔を覆う。
「いやむしろ、ここで別の名前出てきたら心配するよ」
「青見くん以外とだったらシメる」
友香とルテアが即答する。
「で、で、で!」
七海がわくわくを隠さず身を乗り出す。
「肝心の“味”は!? レモン? ミント? それとも――?」
部屋の空気が、なぜか雷よりも張り詰めた。
彩女はしばらく、クッションに顔を埋めたまま震えていたが……
やがて、観念したように、かすれた声でぽつりと呟いた。
「…………コンポタ」
「……はい?」
七海が聞き返す。
「こ、コンポタ……だったの……!」
顔を上げた彩女の瞳は、潤んでいて、それでいてどこか幸せそうだった。
「寒くて、死ぬかと思って、でもあいつがコンポタ作ってくれて……
……それ飲んだあとに、だから……」
そこまで言って、また両手で顔を覆う。
しん、と一瞬の静寂。
「「「「「尊っ」」」」」
女子会の空間に、よくわからない感嘆詞が爆発した。
「なにそれ、エモすぎない?」
「命のコンポタじゃん」
「そのメーカーから案件来るレベル」
「“初キスの味=コンポタ”は新しいわね……」
「今後コンポタ飲むたびにドキドキするじゃんそれ」
好き放題言われて、彩女は枕を掴んで投げまくる。
「うるさいうるさいうるさーい!! 忘れろ!! 今すぐ忘れろ!!」
「無理だよ~~一生ネタにする~~」
ルテアがごろごろ転がる。
「でも、いいね」
愛香が、ふとやわらかい笑みを浮かべた。
「“寒くて死にそうなときに飲んだコンポタの味が、初キスの味”って。
なんか、すごく彩女ちゃん達っぽい」
「……っ」
図星を突かれて、彩女は言葉を失う。
梨花は、それを見て満足げにうなずいた。
「じゃあ、まとめね」
「やめろ梨花」
友香が笑いながら制止するが、梨花は止まらない。
「七海はミント。
ユイリィは“息が詰まるほど緊張”。
ルテアはフードコート。
愛香は“生きてるって感じる甘さ”。
――で、彩女はコンポタ」
「やめろォォォ!!」
彩女の絶叫と、女子たちの笑い声が、七海の部屋に響き渡った。
そのど真ん中で、
コンポタ味の初キスは、当分忘れられそうにない――少なくとも、このメンバーの間では。