なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

278 / 280

みんな見栄っ張り




再び日常
乙女トーク戦線


 

 

 ◆ 女子会・乙女トーク戦線 ◆

 

 

 場所は七海の部屋。

 ふかふかのラグの上に円になって座り、テーブルの上にはポテチとポッキーと炭酸と、なんかよくわからない七海特製スムージー。

 

「――でさぁ、雑誌に書いてあったんだけど」

 

 スマホをいじっていた七海が、ぱたんと画面を伏せて言った。

 

「“初キスの味は一生忘れない”んだって。どう?」

 

「乙女ちっく~」

 ルテアがクッションにだらんと寝転がりながら笑う。

 

「でも、わかる気はしますわね」

 ユイリィは炭酸を一口飲み、上品に微笑んだ。

 

「漫画だとさ、なんかすぐ“レモンの味がした”とか言うよね」

 友香がポッキーをくわえたまま言う。

 

「レモン限定なの、あれなんなんだろうね」

 愛香がくすくす笑う。

 

「七海ちゃんは?」

 梨花がさりげなくボールを七海に投げる。

 

「え、わたし? えーっとね……」

 七海は視線をくるくるさせて、頬をぽりぽり掻いた。

 

「……ミント、かなぁ。あっちがガム噛んでたから」

 

「爽やか~~」

「青春~」

 

 わぁっと一斉にひやかしの声が上がる。

 

「ちょ、ちょっと! 深掘り禁止ー! はい、次っ!」

 七海が真っ赤になってクッションを振り回す。

 

「じゃあ、梨花は?」

 とばっちりでポッキーを咥えたまま梨花に矛先が飛ぶ。

 

「わたしは、まだですよ」

 梨花は平然と笑って、グラスを揺らした。

 

「え、意外」

「なんかもう済ませてそうな落ち着きなのに」

 

「ふふ。勝手に既成事実つくらないでください。

 ――まあ、“候補”はいますけど」

 

 ちょっとだけ意味深な微笑み。

 その一瞬に、ユイリィとルテアの視線が「竜樹さん」の方角を向いた気がしたが、誰も口には出さない。

 

「友香は?」

 

「僕もまだだよー。

 なんかさ、“ここぞ”ってタイミング、意外と来ないんだよねぇ」

 

「言い方が男子」

「でも友香ちゃんらしい」

 

 くすくす笑いがこぼれる。

 

「ユイリィは?」

「レディにそのようなことをさらりと聞くなんて、梨花は罪作りですわね」

 

 そう言いながらも、ユイリィはほんの少しだけ視線を泳がせた。

 

「……内緒、ということにしておきますわ。

 味、というより“息が詰まるほど緊張した”記憶の方が強くて」

 

「うわ、なにそれ、おしゃれな回答きた」

「さすがお嬢様枠」

 

「じゃ、ルテアは?」

 

「ボク? ボクはねー……」

 ルテアはクッションを抱え込んで天井を見上げる。

 

「……なんか、ゲームセンターのフードコートの匂いって感じだった」

 

「具体的なようで全然わからない!」

「油とポテトの匂いしかしなさそうなんだけど!?」

 

「でも、すごい嬉しかったから、あの匂いかぐとちょっとドキドキするんだよね~」

 

「……なんかルテアっぽい」

「幸せそうだからまぁ良し」

 

 ひとしきり笑い声が弾む。

 

「で、愛香は?」

「わたし?」

 

 愛香はマグカップを両手で持ちながら、ふっと目を伏せた。

 

「……甘かった、かな。

 ――“あ、ちゃんと生きてるなぁ”って、安心する味」

 

「なんか一人だけ意味深な表現きた」

「詩人か」

 

「えへへ。内緒」

 惣一郎の顔を思い出していることは、おそらくみんな薄々わかっている。

 

「……でさ」

 

 ひと通り回ったところで、七海がくるっと向きを変える。

 

「さっきからやけに静かで、ポテチだけ減らしてる人が一人いるんだけど?」

 

「…………」

 

 全員の視線が、じわじわと一人に集まった。

 

 エアコンの温度が急に上がったみたいに、そこだけ空気が熱い。

 

「彩女」

 梨花がにっこり笑う。

 

「あたしは――」

 

 と言いかけた彩女の頬は、すでに茹でだこのように真っ赤だった。

 

「なになに? なんでそんな真っ赤なの?」

「暑い? エアコン下げる?」

「それとも“そういう”こと?」

 

 七海とルテアと友香が、にじり寄る。

 

「な、なによ……別に、なんでもないし……」

 彩女はポテチの袋をがさがさやりながら、視線を泳がせた。

 

「“初キスの味は一生忘れない”らしいけど?」

 七海がじわじわ追い詰める。

 

「その反応……」

 ユイリィが目を細める。

 

「彩女」

 梨花がとどめを刺すように、さらっと言った。

 

「あんた、まさか――もう済ませた?」

 

「ぶっ!!?」

 

 彩女は手に持っていた炭酸を危うく吹き出しそうになり、慌てて口を押さえる。

 

「ちょ、ちょちょちょっと待ちなさいよ梨花! なにその“期末テストどうだった?”みたいなテンションで言うの!」

 

「図星なんだ?」

 友香がにやにや。

 

「……べ、別に、“済ませた”とか、そういうんじゃ……」

 

「違うんだ?」

 ルテアが身を乗り出す。

 

「っ……!」

 

 彩女は、ぎゅっとクッションを抱きしめてうずくまった。

 耳の先まで真っ赤だ。

 

 その様子を、七海が見逃すはずがない。

 

「はい、決定。これは完全に“やりました”の顔です」

「彩女ちゃん、観念しよ?」

 愛香が優しく背中をぽんぽん叩く。

 

「……で、相手は?」

 梨花が、わざとらしく首をかしげてみせる。

 

「「「「「青見くんでしょ」」」」」

 

 ハモった。

 一瞬の間すらなくハモった。

 

「なんで全会一致なのよ!!」

 彩女が顔を覆う。

 

「いやむしろ、ここで別の名前出てきたら心配するよ」

「青見くん以外とだったらシメる」

 友香とルテアが即答する。

 

「で、で、で!」

 七海がわくわくを隠さず身を乗り出す。

 

「肝心の“味”は!? レモン? ミント? それとも――?」

 

 部屋の空気が、なぜか雷よりも張り詰めた。

 

 彩女はしばらく、クッションに顔を埋めたまま震えていたが……

 やがて、観念したように、かすれた声でぽつりと呟いた。

 

「…………コンポタ」

 

「……はい?」

 七海が聞き返す。

 

「こ、コンポタ……だったの……!」

 

 顔を上げた彩女の瞳は、潤んでいて、それでいてどこか幸せそうだった。

 

「寒くて、死ぬかと思って、でもあいつがコンポタ作ってくれて……

 ……それ飲んだあとに、だから……」

 

 そこまで言って、また両手で顔を覆う。

 

 しん、と一瞬の静寂。

 

「「「「「尊っ」」」」」

 

 女子会の空間に、よくわからない感嘆詞が爆発した。

 

「なにそれ、エモすぎない?」

「命のコンポタじゃん」

「そのメーカーから案件来るレベル」

「“初キスの味=コンポタ”は新しいわね……」

「今後コンポタ飲むたびにドキドキするじゃんそれ」

 

 好き放題言われて、彩女は枕を掴んで投げまくる。

 

「うるさいうるさいうるさーい!! 忘れろ!! 今すぐ忘れろ!!」

 

「無理だよ~~一生ネタにする~~」

 ルテアがごろごろ転がる。

 

「でも、いいね」

 愛香が、ふとやわらかい笑みを浮かべた。

 

「“寒くて死にそうなときに飲んだコンポタの味が、初キスの味”って。

 なんか、すごく彩女ちゃん達っぽい」

 

「……っ」

 

 図星を突かれて、彩女は言葉を失う。

 

 梨花は、それを見て満足げにうなずいた。

 

「じゃあ、まとめね」

 

「やめろ梨花」

 友香が笑いながら制止するが、梨花は止まらない。

 

「七海はミント。

 ユイリィは“息が詰まるほど緊張”。

 ルテアはフードコート。

 愛香は“生きてるって感じる甘さ”。

 ――で、彩女はコンポタ」

 

「やめろォォォ!!」

 

 彩女の絶叫と、女子たちの笑い声が、七海の部屋に響き渡った。

 

 そのど真ん中で、

 コンポタ味の初キスは、当分忘れられそうにない――少なくとも、このメンバーの間では。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。