コンポタ騒ぎで一通り盛り上がったあとも、
女子会のテンションはそのまま鎮火する気配がなかった。
「――で?」
ポテチの袋を静かに折りたたみながら、梨花が言った。
「“コンポタのあと”は?」
「……は?」
彩女が、手を止めた。
「キスの味はわかったわ」
梨花は淡々と続ける。
「問題は、その前後。
どんな状況で、どんな流れで、どっちから。はい、説明」
「取り調べじゃんそれ!」
「犯人を追い詰める刑事さんの目してる……」
七海とルテアが笑う。
「べ、別に、大したことなんて――」
「この天文部の山のやつでしょ?」
七海がぐいっと身を乗り出す。
「雷すごかった日。結先生が“避難小屋に入って、止むまで様子見てました”って言ってたやつ」
「……っ」
そこを突かれて、彩女の肩がびくりと跳ねた。
「やっぱり~」
ルテアが床をバンバン叩く。
「じゃ、とりあえず時系列でお願いしますわ」
ユイリィが、どこか楽しそうに補足する。
「逃げ道はふさぎました」
友香がくすくす笑いながら、さりげなくドア側に座り直した。
「なんで出口封鎖してんのよ!」
「大丈夫だよ彩女ちゃん、優しく聞くから」
愛香がにこにこと背中をさする。
――完全包囲だった。
「……っ、ほんっと性格悪いわね、あんたたち……」
「いいから話せ」
梨花がポテチを一枚差し出しながら、静かに追い込む。
「じゃあ、まずそこから。
“どれくらい濡れていたのか”」
「質問の仕方どうにかならないの!?」
「雨の話ですわよ?」
ユイリィが涼しい顔で言う。
観念したように、彩女が息を吐いた。
「……山道歩いてたら、いきなり本降りになったの。
カッパなくて、横殴りで意味なくて……」
「はい、びしょ濡れ1確定」
七海が指を一本立てる。
「避難小屋まで走った頃には、もう靴の中もぐじゅぐじゅで、髪も服も全部冷たくて……」
「ふむふむ」
愛香がうんうん頷く。
「で、中に入って、カッパ脱いで、荷物広げて……。
あいつがストーブとかないか確かめて、でも何にもなくて。
――エマージェンシーブランケットだけ見つけて」
「ブランケット一枚に男女二人きり」
ルテアが、わざとらしく天井を仰ぐ。
「状況証拠が完璧すぎて怖いんだけど」
「これで何も起きなかったら嘘でしょレベル」
七海と友香が口々に言う。
「ちがっ……! その時点では、ほんとに寒さとの戦いだったのよ!」
彩女が真っ赤になりながら、早口でまくしたてる。
「だって、靴下どころか、服の中まで冷えててさ。
着てる方が逆に危ないって、山の本にも書いてあったし」
「……ということは?」
梨花が、わざとらしく首をかしげる。
「どこまで脱いだのかしら。詳しく」
「なんでそこピンポイントで聞いてくるのよ!?」
「防災的興味ですわ」
ユイリィがさらっと言う。
「……上、脱いで。ズボンも脱いで。
下着も、結局、冷たくて……」
最後の方は、ほとんど蚊の鳴くような声だった。
「聞こえませーん」
七海が耳に手を当てる。
「……さいご、全部」
「音量上げてありがとう」
友香が拍手する。
「つまり」
梨花が、淡々とまとめに入った。
「雨に濡れて、寒さに震えて、裸で、
その後、その一枚きりのブランケットの中で――体温を分け合って眠った、と」
「やめて文字に起こさないでぇぇぇ!!」
彩女が床をごろごろ転がる。
「え、それもうさ」
ルテアが、ゆっくりと顔を上げた。
「なんでそこで先に進まなかったの?」
「無茶言うな!!」
間髪入れずに、彩女のツッコミが炸裂した。
「こちとら低体温症寸前なんだよ!?
唇ガチガチ震えて、歯がカチカチ鳴って、足の感覚ほぼなかったんだよ!?
その状況で“じゃ、続きいきまーす”ってなる方がどうかしてるでしょ!!」
「ごもっとも~!」
七海が大笑いする。
「ていうかね!」
彩女は、顔を真っ赤にしながら続ける。
「青見が、あたしにちゃんと聞いてきたの。
“本当に大丈夫か”とか、“これ以上はやらないから安心しろ”とか……
“オレが変なことしそうになったら殴れ”とか」
「おっ……」
「好感度爆上がりコメントきた」
友香とルテアが、同時にうなる。
「だから、その……。
くっついて寝たのは、ほんとに“寒いから”で。
その、キスしたのだって……なんか、色々話してたら、流れで……」
「流れでコンポタからキスって何その神シナリオ」
七海が頭を抱える。
「で、でもさ」
ルテアがまた口を挟む。
「裸で一緒に寝て、キスまでして、そこでストップって……
青見くん、逆に大丈夫だったの?」
「……」
彩女は、しばし言葉に詰まり――
思い出しただけで、耳まで熱くなるのが自分でもわかった。
「……が、頑張ってた、と思う」
「具体的に」
「具体的に言わせんな馬鹿!!」
枕がルテアめがけて飛んでいく。
「でもね」
愛香が、少し真面目な声で言った。
「その状況で、“それ以上しない”って決めて守れるの、すごいと思うよ。
寒いし、不安だし、ドキドキしてるしさ。
お互い大事にしてなきゃ、そこで我慢できないでしょ」
「……っ」
茶化し半分の空気が、少しだけ柔らかくなる。
梨花もうなずいた。
「そうね。
あの男がそこで変なことしてたら、わたし、マジで道場から叩き出してたわ」
「僕も」
友香も腕を組む。
「青見がそんなことしたら、ボクも嫌いになってたかも」
ルテアも真顔になる。
「全員で青見くんを取り囲む未来が見えますわね」
ユイリィがくすりと笑った。
「……だからこそ、でしょうね」
ユイリィは言葉を続ける。
「何も“先に進まなかった”ことが、
むしろ一番、恋人としての信頼を積み上げたのではなくて?」
「……恋人とか、別に、まだ、そういう、正式には……」
彩女がしどろもどろになる。
「初キス済ませて裸でくっついて寝ておいて、何を今さら」
梨花があっさり切り捨てる。
「それはその……状況が……!」
「“状況が”じゃなくて、“相手が青見くんだったから”でしょ?」
七海がにやりと笑う。
「他の男子だったら絶対そんなことしない、ってさっき自分で言ってたじゃん」
「……っ」
図星すぎて、彩女はクッションに顔を埋めた。
「……あたしだって」
クッション越しに、くぐもった声が聞こえる。
「好きで、あんな状況選んだわけじゃないし……。
あんな……ドキドキするの、初めてだったし……」
ぽつりぽつりとこぼれる本音に、
七海たちは顔を見合わせて、ふにゃっと笑った。
「はいはい、乙女ポイント加算~」
「彩女ちゃんが“乙女ちっく”なこと言ってる……レア……」
ルテアと友香がニヤニヤする。
「記録しとこ」
梨花がスマホを取り出すふりをする。
「記録すんな!!」
また枕が飛ぶ。
笑い声が部屋いっぱいに弾けた。
――結局、
「雨に濡れて寒さに震えて裸で、その後、体温を分け合って眠った」という
乙女ゲームでもやり過ぎなシチュエーションを、
何も“先に進まず”に乗り切った東青見は、
「……まぁ、点数つけるなら?」
七海の問いに、
「百点満点中?」
梨花が聞き返す。
「百二十点ね」
梨花のその評価に、
全員が文句なしで頷いたのだった。