職員室でたっぷり十五分説教されたあと。
「じゃあ、次は理事長室行ってねー」
結先生の一言で、五人は揃って顔を見合わせた。
(まだ続きあんのかよ……)
惣一郎が心の中でうめく。
英は「懲戒委員会コースでしょうか……」と本気で青ざめていた。
――理事長室。
伊集院 貴也は、いつもの穏やかな笑みで彼らを迎えた。
「やあ、問題児……もとい、期待の二年生たち」
長身をソファにもたれさせながら、テーブルの上に一台のタブレットを置く。
「さっきの“パルクール鬼ごっこ”、なかなか見事だったね」
「……見てたんですか」
英が小さく肩をすくめる。
「校舎中のカメラが悲鳴上げてたよ。
“ここを人が走りました”って」
貴也は、タブレットの画面をタップした。
映し出されたのは――
廊下の天井カメラから見た、青見の手すりスライド。
中庭を縦横無尽に駆け回る彩女と惣一郎。
渡り廊下の手すりからふわっと飛び降りる勇吾。
どのシーンも、一般生徒の常識から少しずつはみ出している。
「……いや、ほんと、すみませんでした」
青見が素直に頭を下げる。
「危ない真似した自覚はある」
「危ない真似を“出来る”ところが素晴らしい」
貴也は、あっさりと返した。
「いや、そこ褒めるとこじゃないですって理事長」
英が慌てる。
「結先生にも怒られましたし、ボクからもきつめに自己反省を――」
「結からも話は聞いたよ。
“もし全部良い方向だけに向いてくれれば、学校としては心強い”ってね」
理事長は、そこでニヤリと笑った。
「だから、提案なんだけど」
「……嫌な予感しかしないわね」
彩女が眉をひそめる。
「次の学校広報動画、“自由な校風です”ってPRするだろう?
あれに、このパルクール鬼ごっこの映像、使わせてもらえないかな」
「は?」
五人の声が見事に揃った。
「いやいやいやいや!?」
惣一郎が、真っ先にツッコむ。
「さっき“校舎はパルクール練習場じゃない”って怒られたやつですよね!?
それをPR動画に!?」
「ちゃんと文言を入れる。ほら、こういうやつ」
貴也は、画面に打ち込んで見せた。
≪特殊な訓練を受けた生徒が安全に配慮して行っております。一般生徒は真似竹刀で下さい≫
「……真似竹刀?」
青見が、じっと文字を見る。
「あの、理事長。“真似しないで下さい”の変換ミスじゃ――」
「剣道部のある学校らしくていいじゃないか」
貴也は楽しそうだ。
「“真似して竹刀でシバかれますよ”っていう、ささやかな脅しも込めてね」
「いや、意味合い怖くなってません?」
英が半笑いで抗議する。
「でもまあ、“危険だから真似するな”って意味が伝わればいいか」
「よくないでしょ……」
彩女が額を押さえた。
「もちろん、このまま監視カメラの映像を使う気はないよ」
貴也は、指を一本立てる。
「ちゃんと場所とルートを決めて、保健室と結先生と警備の竜樹くんも待機させて――
“安全に配慮した上での、撮影用パルクール鬼ごっこ”として、撮り直す」
「……公式イベントに格上げされた」
惣一郎が、膝から崩れ落ちそうになる。
「放送部に撮ってもらおう。ドローンはさすがにNGだから、廊下と中庭のカメラをうまく繋いで――
オープニングナレーションは、そうだな」
貴也は、その場で即興で読み上げ始めた。
「『私立逢瀬学園。
生徒たちは今日も、学び、遊び、そして――』
――で、ここで君たちのパルクール鬼ごっこ。
“自由な校風のもと、それぞれの身体能力と個性を伸ばしていきます”って字幕を重ねる」
「いや、どこのスポーツ専門校ですか」
英がぼやく。
「ボクたち、別にパルクール部でもなんでもないですよ?」
「オカ研副支部長と、生活圏管理者と、ミネルヴァ逃亡実験体と、剣道全国優勝と、体操総合優勝」
理事長は、五人を順に指さした。
「――充分“特殊な訓練を受けた生徒たち”だよ」
「言い方ァ!」
惣一郎が叫ぶ。
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「で、どうかな。協力してくれる?」
貴也が、改めて問いかける。
青見は、一度だけ彩女と視線を合わせた。
「あたしとしては……」
彩女は腕を組み、少し考える。
「ちゃんと安全確保して、結先生のOKが出るなら、まあ……
“自由な校風”って言葉だけ先行するより、実際に動いてる映像あった方が説得力あるし」
「彩女が乗り気なら、オレは別に構わねぇよ」
青見も、あっさり頷く。
「どうせ走るなら、ちゃんとルート決めて、マットくらい敷いてた方が安心だしな」
「ボクも、データが増えるのは歓迎です」
勇吾はいつも通りのテンションだ。
「“学校環境におけるパルクール動線最適化”の解析が捗ります」
「それを活かす場面が来ないことを祈るわ……」
英は苦笑しつつも、最後には小さく頷いた。
「分かりました。
安全管理はボクも一緒に考えます。結先生と保健室と、竜樹さん巻き込んで」
「よし、決まりだ」
理事長は、満足そうに手を叩いた。
「じゃあ、近日中に“公式・パルクール鬼ごっこ撮影会”を設定しよう。
その時は、例のテロップをちゃんと入れてアップするからね」
≪特殊な訓練を受けた生徒が安全に配慮して行っております。一般生徒は真似竹刀で下さい≫
画面の端で、その文言がきらりと光る。
「……やっぱりそこだけは直しません?」
英のささやかな抵抗は、
理事長の「面白いからダメ」という一言で、あっさり却下されたのだった。
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「じゃあ、近日中に“公式・パルクール鬼ごっこ撮影会”を設定しよう。
その時は、例のテロップをちゃんと入れてアップするからね」
≪特殊な訓練を受けた生徒が安全に配慮して行っております。一般生徒は真似竹刀で下さい≫
タブレットの隅で、あの文言がきらりと光る。
「……やっぱりそこだけは直しません?」
英のささやかな抵抗は、
理事長の「面白いからダメ」という一言で、あっさり却下された――ところで、貴也がふと思い出したように指を鳴らした。
「そうだ、報酬も出そう」
「ほうしゅう?」
惣一郎が、犬みたいな反応で顔を上げる。
「いや君、今ちょっと目が輝いたよね?」
「先生、報酬とかそういうのはですね」
英が慌てて口を挟もうとするが、理事長の方が一枚上手だった。
「英くんと火鳥くんには、前回もう出しただろう?」
貴也は、さらっと爆弾を投げる。
「原付二種の免許と、原付本体の費用。あれ、誰が出したと思ってるの?」
「えっ」
惣一郎の視線が、ゆっくりと英と勇吾に向く。
「ちょ、おま、マジ? お前ら理事長スポンサーつきだったの!?」
「い、言ってませんでしたっけ……?」
英が申し訳なさそうに目をそらす。
「“学校関連で移動が増えるから、機動力を上げておきなさい”って言われて……つい……」
「ボクは“生活圏防衛戦力として必要経費”と言われました」
勇吾はいつも通り淡々としている。
「免許費用と車体価格、支払い計画を立てていたら、いつの間にか理事長決裁で処理されていました。
……便利な社会ですね」
「便利とかそういう問題じゃねぇ!」
惣一郎が頭を抱える。
「報酬で生徒を買収するなよ、うちの学校は!」
「買収とは失礼な」
貴也は、いかにも心外そうに肩をすくめてみせた。
「適材適所に機材と予算をつけただけだよ。
――で、今回はだ」
そこで、ゆっくりと視線を彩女に向ける。
「安達さん」
「……なによ」
警戒心マックスの顔。
「君には、ロードバイク一式を贈ろうじゃないか」
「はあ!?」
椅子から半分立ち上がる勢いで声が裏返った。
「ろ、ロードバイクって、あの細いタイヤのやつ!?
高いんじゃないの!? 体育館の床みたいな値段するんでしょ!?」
「さすがに床ほどじゃないけど、そこそこするね」
理事長は楽しそうに笑う。
「でも、体操全国レベルの脚力を、学校と家の往復だけに使わせるのももったいないだろう?
街と峠と、湖畔と。東くんと一緒に、いろんなコースを走っておいで」
さらっと爆弾を二個目投下。
「――青見くんとツーリングに行けるぞ?」
「ッッッ!」
彩女の耳まで一瞬で真っ赤になった。
「いやいやいやいや!? なんでそこであたしと青見セット前提なのよ!?
あたし一人でロード乗っちゃ駄目なの!?」
「駄目ではないけど、東くんがいると安全性も上がるしね。
“経験者が初心者に乗り方を教える”っていう、非常に教育的な構図になる」
「理事長、それ絶対建前でしょ」
英が、じとっとした目を向ける。
(報酬で生徒を動かそうとしてる……!)
頭の中で、でっかい文字で「買収」が点滅した。
「な、なぁ彩女」
おずおずと、青見が口を開く。
さっきまで堂々とパルクールしていた男とは思えないほど、声が小さい。
「ロード、欲しいなら……オレ、ちゃんと乗り方教えるし。
峠とか、平坦とか、最初は危なくないコースから――」
「だ、誰もアンタに教えられるなんて言ってないでしょ!」
彩女は即座に噛みついた。が。
その頬は、ほんのり嬉しそうに緩んでいる。
「……べ、別に。ロードバイク、ちょっと興味あったのは本当だけど。
自分でバイトして買うつもりだったから」
「その分のバイト時間を、体操と勉強とロード練習に回せる」
理事長は、さらっと背中を押す。
「優秀な生徒の時間を、効果的に配分するのも学校の仕事だよ。
それに――」
ニヤリ。
「宣伝動画で派手に走ってもらうんだから、そのくらいの報酬は当然だろう?」
「やっぱり報酬で生徒を買収してるーー!」
惣一郎の叫びが、理事長室に響いた。
「……あたし、別に、そんなに簡単に釣られたりしないからね」
彩女は、腕を組んでぷいっと顔をそむける。
「理事長にロードバイクもらったからって、“動画出ろ”って言われて“はい喜んで”とか言わないから。
――ただ、その……」
ちらっ、と横目で青見を見る。
「青見と、ツーリングくらいは……まあ、考えてあげてもいいけど」
「ツーリング“くらい”ねぇ!」
惣一郎が、机に突っ伏しながら笑う。
「理事長、完全にニヤけてますよ」
「ほう? 私はいつでも真面目だよ」
貴也は咳払いして、少しだけ真面目な顔に戻った。
「ともあれ。
報酬の有無に関わらず、今回の件は“学校としての正式な依頼”だ。
危険を伴う動きは、事前に全部チェックして、安全対策をしたうえで撮影する」
そこで、五人を一人ずつ見渡す。
「君たちは、うちの『特殊な訓練を受けた生徒』枠だ。
その力を、学校のために――そして自分たちの“生活圏”のために、使ってくれると嬉しい」
最後だけは、理事長としての真っ当な台詞だった。
「……分かりました」
英が、肩の力を抜いて頷く。
「報酬の件は、あとで冷静に考えますけど。
広報動画と安全計画、ちゃんと一緒にやります」
「ボクも賛成です。
“自由な校風”のサンプルデータとしては、これ以上ない素材ですから」
勇吾は、やっぱり方向性が少しズレている。
「オレは、彩女のロードの練習付き合うわ」
青見は、決まり悪そうに頭を掻いた。
「どうせ峠も走るんだろ。だったら、変な乗り方覚える前に、ちゃんと教えといた方がいい」
「……べ、別に頼んでないし」
口ではそう言いながら、彩女の耳はまた赤くなっていた。
「俺の報酬は?」
惣一郎が、そっと手を挙げる。
「俺だけ何もないと、心が歪むかもしれません。ゲーム買い放題券とか」
「君はまず、成績を歪ませない努力をしてから言おうか、伊東くん」
理事長のさらっとした一言に、
英と青見と勇吾と彩女の笑い声が重なった。
こうして――
「おどろ槍は峠に刺さる」三森峠事件の、少し後。
逢瀬学園の広報動画には、
≪特殊な訓練を受けた生徒が安全に配慮して行っております。一般生徒は真似竹刀で下さい≫
という妙なテロップと共に、
制服姿で校内を駆け回る五人の姿が、ばっちり収録されることになるのだった。