「じゃあ、その勝負の第一歩として。
まずはクリート付けて、店の前で立ちゴケしない練習からだな」
「そこからかー!」
三人分の笑い声が弾んだところで、店主がぽん、と手を打った。
「……そうだ。ちょうどいいや」
「ん?」
彩女と青見が同時に振り向く。
「今度さ、店の走行会あるんだよ」
店主は、カウンターの横に貼ってあるチラシを指さした。
《ショップ走行会 初心者歓迎》
《ゆるポタ組/中級組/ガチ組に分かれます》
と、それっぽいことが書いてある。
「今度の店の走行会。参加しない?
二人が出てくれるなら、人が集まると思うんだ」
「……二人?」
彩女が首をかしげる。
「俺と彩女ってことですか」
青見が確認すると、店主はニヤッと笑った。
「腹筋ペアさんよ」
「その呼び方やめろや!!」
二人同時にツッコミ。
「いやだって、雑誌出てる高校生アスリートコンビが、“初心者もいますよ~”って顔して走ってくれたらさ」
店主は指を折りながら続ける。
「ビギナー組のモチベは上がるし、
中級・上級組は“アイツらに千切られたくねぇ”って本気出すし。
店としては、喉から手が出るくらい欲しい人材だよ?」
「……利用されてる気しかしないんですけど」
英が聞いたら絶対眉をひそめそうなセリフだ、と彩女は思う。
「走行会って、どんな感じなんです?」
青見が、少し興味ありげに尋ねた。
「日曜の朝だな。7時に店集合。
初心者組は川沿いのサイクリングロードを往復30キロくらい。
中級組は峠一個。ガチ組は、その先にもう一個おかわり」
「えぐ」
「ガチ組は勝手に苦しんでくるからいいとして」
店主は笑う。
「安達さんは、最初は初心者組。
東くんには、中級組の“引率兼テンポメーカー”お願いしたい」
「……初心者組、一緒じゃないんだ」
彩女が、ちょっとだけ残念そうな顔をする。
「最初のうちは、東くんについてくとペース速すぎるよ。
“腹筋あるから大丈夫だろ”って無意識に上げちゃうタイプだからな、こいつ」
「否定できねぇ……」
青見がバツ悪そうに頭をかいた。
「初心者組には、女性の常連さんもいるし。
同じくらいのペースで走れる相手いっぱいいるよ。
安達さんはまず、“集団で走る”ってのに慣れるといい」
「……ふーん」
彩女は、チラシをまじまじと見つめる。
(知らない人たちと一緒に走るの、ちょっと怖いけど……)
それ以上に、知らない世界に混ざっていくワクワクの方が勝っていた。
「走行会出ると、いいこともあるぞ」
店主が、ニヤッと付け加える。
「参加者割引でメンテ代ちょっと安くするし、
スタート前に簡単な“補給食講座”やるから、東くん以外からも情報仕入れられる。
あと、坂のコツとか、女性ローディならではの装備の話とかもな」
「……それはちょっと気になる」
体操の世界とはまた違う、“女の子アスリートの工夫”は正直聞いてみたい。
「日曜の朝か」
青見が、スケジュールを頭の中で組み立てている顔になる。
「道場の朝稽古がない日なら、ギリ行けるな。
その日はランと筋トレを夕方にずらせば……」
「そういうのは師匠と李老師と相談してからにしてね」
彩女がジト目で釘を刺す。
「勝手に走行会優先にして怒られても知らないから」
「分かってるって」
青見は苦笑した。
「でも、走行会は出といた方がいいと思うぞ。
オレとだけ走ってると、“東の変な癖”だけ移るからな」
「それはちょっと嫌かも」
「酷くない!?」
そんなやりとりを眺めながら、店主がもう一押しする。
「とりあえず、走行会の予定日はここに書いてあるからさ」
チラシの端を指で叩く。
「理事長にも“この日に二人借ります”って言っとくから。
学校の行事と被ってなかったら、ぜひ頼むよ」
「……ねぇ、なんでそこで理事長が真っ先に出てくるの」
「スポンサー様だからな」
店主はあっさり。
「オルトレとウェアと、腹筋ペアの広告効果を最大限に活かすには、“公道デビューの場”も必要だろ?」
「またそういうこと言うー!」
彩女は頭を抱える。
けれど、心のどこかで、もう決めていた。
(どうせそのうち、外でいっぱい走るんだし)
(だったら、ちゃんとした走行会で教えてもらった方がいい)
そして――
(東が、どんな顔して“中級組”引いてるのか、ちょっと見てみたいし)
そんな小さな好奇心もあった。
「……分かった」
彩女は、チラシを一枚抜き取って、くるりと丸めてポケットに突っ込んだ。
「家帰って予定見て、道場の方と相談してから返事する。
行けそうなら、初心者組で出るから」
「オレも、その日空けられそうなら中級組行きます」
青見も頷く。
「ペース作るのは慣れてるし」
「よし」
店主は満足そうに笑った。
「じゃあ、その時までにオルトレとクロス、両方しっかり仕上げとくよ。
“腹筋ペアが参加する走行会”ってことで、こっちも宣伝しとくから」
「それだけはやめて!!」
店の奥に、その叫び声が響き渡った――が、
その声の裏に、少しだけ混ざっていた期待までは、誰も指摘しなかった。