◆ 2年C組・昼休み・動画鑑賞会 ◆
「ほらほらほら、ここここ!」
惣一郎の机の上に立てかけられたスマホの画面で、
例の広報動画が一時停止されていた。
中庭のシーン。
花壇の縁をステップにして跳ねる彩女。
スカートがふわりと広がり、その下に黒いスパッツがしっかり映っている場面だ。
「スローいきまーす」
指でスライダーを戻し、再生速度を落とす惣一郎。
ひゅっ、と軽やかに飛ぶ彩女。
ふわっと広がるスカート。
そのすぐ下で、ぴたりと太腿に沿った黒い生地が、ちゃんと映像をブロックしている。
「見ろよこの対策。実に健全」
「言い方ァ」
隣で覗き込んでいた七海が、思わずツッコむ。
「でもまあ、ちゃんと見せないようにしてるのはえらいよね。
“体育会系女子の正しい備え”って感じする」
「だろ? 公式動画でこれが確認できるの最高じゃない?」
「お前、その言い方だと変態寄りだからな」
青見は、ため息をつきながらも、つい画面から目を離せない。
自分でもわかる。
あの日、自分の視界の端で何度も見ていた動きが、
第三者視点で綺麗に切り取られている。
壁を二歩駆けて、レールに足を掛ける軌道。
踏み切りの角度。
接地の瞬間、ブレない軸。
――それが「ちゃんと守ってる」黒を前提に、全部詰め込まれているのだ。
(そりゃ、見ちゃうだろ……)
心の中でぼそっと言い訳する。
「ここさ」
惣一郎が、さらにフレームを細かく送る。
「この瞬間の、スカートとスパッツの境界。努力の結晶って感じしない?」
「お前は何の研究者なんだよ」
「安心して見ていられる、って大事じゃん?
エロくないのに眼福、が一番強いんだよ」
「理屈っぽく言うな」
そんな男子トーク(+若干呆れ顔の七海)の輪の中に――
「……あんたたち、なに見てんの?」
背後から、低い声が落ちた。
ぴし、とその場の空気が固まる。
ゆっくりと振り向くと。
トレーを抱えた彩女が、半眼で立っていた。
「あ・や・め」
七海が、そっと惣一郎の袖を引く。
「今すぐ再生止めて、“お昼だねー”って話題をすり替えるの。分かる?」
「いやいやいや、ここで逃げるのはむしろ失礼では?」
惣一郎は、謎の正義感を発揮した。
「ちゃんと“対策えらいね”って褒めてたんだって話をだな――」
そのときだった。
スマホの画面が、自動で数秒進んだ。
さっきと同じシーン。
彩女のジャンプ。
ふわりと広がるスカート。
その下で、黒いスパッツがしっかり画面を守っている。
――それが、本人の視界にもばっちり入る位置で、リプレイされた。
「…………」
無言で画面を見る彩女。
昼休みのざわめきが、妙に遠く感じられた。
「ち、ちがうぞ彩女」
青見が、慌てて口を開く。
「これは、その……ちゃんとスパッツで対策してて、えらいなって話を――」
「そうそう!」
惣一郎が全力でうなずく。
「エロ目線とかじゃなくてだな、“安心して見ていられる”っていう――」
「お前な!」
青見は、たまらず惣一郎の頭を小突いた。
「そういうのはだな……」
そこまで言って、はっと気づく。
彩女の視線。
クラスの視線。
スマホの画面。
そして、自分の立ち位置。
どう考えても、
「熱心に画面を覗き込んでいた側」にしか見えないポジションだった。
嫌な汗が背中を伝う。
「……そういうのは、せめて一人の時にしろ!」
反射的に、惣一郎に向かって叫んだ。
――その瞬間。
「一人の時に、なにを?」
彩女の声が、一段階低くなった。
教室の空気が、さらに数度下がる。
「え、いや、その、ちが……」
「へぇ?」
彩女は、ゆっくりとスマホを取り上げると、
画面をスリープにして、カチッと机に置いた。
それから――
ごつん。
「いってぇ!」
鳩尾に、ほどよく遠慮した拳がめり込んだ。
殴られたのは、惣一郎ではなく、青見だった。
「なんでオレ!?」
「一番近くで真剣な顔して見てたの、アンタでしょ」
彩女は、わずかに耳を赤くしながら睨みつける。
「そういうのはね――」
そこで一拍置いて、言い切った。
「見るなら、ほんとに一人の時にしなさいよ、バカ」
教室のあちこちから、
笑いと、気まずそうな咳払いが入り混じったような空気が漏れる。
「いや、だからオレは止めようと……!」
「東、ドンマイ」
七海が、苦笑しながら肩を叩いた。
「“スパッツえらいね案件”でも、タイミングって大事なんだよ」
「納得いかねぇ……」
青見は、鳩尾を押さえながらうなだれる。
その横で、惣一郎はと言えば――
「……やっぱり、スロー再生は一人の時に限るな」
「お前は本気でやめろ!」
結局。
その日の2年C組では、
「公式動画のジャンプシーンを、人前でスロー再生するのは自殺行為」という、
ごく当たり前の校則が、非公式に共有されることになったのだった。