翌日の放課後、校門の前には、ちょっとした変な隊列が出来ていた。
前に赤いハンターカブ、その横にくたびれた原付スクーター。
少し離れて、クロスバイクと、フルリジットのMTB。
「なんだこのメンツ」
ヘルメットをかぶりながら、惣一郎が笑う。
「バイク二台にチャリ二台って、ツーリングなのかサイクリングなのか、どっちかにしようぜ」
「予算と免許事情の結果だから仕方ないでしょう」
スクーターのミラーを調整しながら、英が淡々と返した。
「ボクのは、移動効率と心肺機能向上を両立した最適解です」
勇吾は、真面目な顔でクロスバイクの空気圧を親指で確かめている。
以前より一回り太くなった腕に、フレームが妙に細く見えた。
「オレのは、山行くならとりあえずこれだろ」
青見は、フルリジットのMTBを軽く持ち上げてみせる。
サスはないが、頑丈さだけは文句なしだ。
「で、目的地は三森旧トンネル、と」
惣一郎が確認するように言う。
「英。念のため聞くけどさ、舗装は……?」
「一応、県道だったところですから。地図上は“車両通行止め”扱いなだけで、路面は……まあ……」
言い淀んだ。
「“まあ”じゃねぇよ」
惣一郎と青見のツッコミが、見事にハモる。
◆ 三森峠へ ◆
街を抜け、田んぼと里山が混じる景色を過ぎると、道路はじわじわと勾配を増していく。
ハンターカブが先頭、そのすぐ後ろにスクーター。
少し離れて、自転車組が一定のリズムでペダルを回す。
ヘルメット越しに聞こえる風の音の中、英の声がインカム越しに割り込んだ。
『今回の目的は、あくまで現地確認ですから。危険と判断したら撤退を優先してくださいね』
「その危険の判断がアンタ基準だと、割と当てにならねぇんだけどなぁ」
惣一郎がぼやくと、背後から勇吾の声が入る。
『大丈夫です。危険因子はボクが処理しますから』
「そういう意味じゃねえ!」
短いツッコミが山に響いた。
やがて、新しいトンネルが現れ、その手前に「通行止め 旧道こちら」の古びた看板が立っている。
英がウインカーを出し、旧道側の細い分岐へと曲がった。
すぐに、ガードレールと「この先通行止め」の立て看板、簡素なバリケードが道を塞ぐ。
「はい、ここからは“徒歩と押し”ゾーンです」
スクーターを停め、英がヘルメットを脱いだ。
「なぁ英」
惣一郎がハンターカブをバリケード脇に寄せながら言う。
「この時点で既に“素人立入禁止”なんだけど」
「僕たちは素人じゃないでしょう? ……多分」
英はさらっと言って、バリケード脇のわずかな隙間を指さす。
人一人とバイク一台がぎりぎり通れる、草に隠れたスペース。
定期的に誰かが抜けているのか、土はわずかに踏み固められていた。
「ほら、やっぱ来てるんだよな、肝試し」
青見が小声で言う。
「掲示板の書き込み、全部デマなら良かったんですけどね」
英がため息交じりに返し、一団は順番にバリケードの脇をすり抜けた。
◆ 旧道に入る ◆
最初の数百メートルは、まだ「廃道になったばかりの県道」という顔をしていた。
ひび割れたアスファルト。
割れ目から伸びる草。
落ち葉と小枝が路面を覆う。
「このくらいなら、まぁツーリングの延長だな」
惣一郎が軽くアクセルを煽る。
ハンターカブはオフ車ほどではないが、元々荒れた道に強い設計だ。
スクーターも、なんとかついていく。
「あんまり飛ばさないでください。マンホールのフタが浮いてたりしますから」
「はいはい、分かってますよ、現場管理者さん」
その後ろで、自転車組が黙々と登りをこなす。
「勇吾、ペース大丈夫か?」
「問題ありません。心肺機能は安生道場の鍛錬メニューで最適化されました」
「そ、そうか」
実際、息一つ乱れていない。
むしろ、クロスバイクの方が路面に気を遣っているようだった。
しかし、道は徐々にその「県道の顔」を失っていく。
舗装の剥がれた箇所が増え、
斜面から崩れた石が路面に散らばり始めた。
やがて――
「……おい」
青見が思わず声を漏らす。
カーブの先で、路面が一気に荒れた。
アスファルトは所々で完全に崩れ落ち、
大小さまざまな石と岩が、道幅いっぱいに転がっている。
いわゆる「ガレ場」。
「これをバイクで……?」
惣一郎がハンターカブを停める。
前輪の先には、拳大の石がごろごろと転がっていた。
「一応、四輪がぎりぎり通れなくなったところからが“本番”なんですけど」
「最初に言えって、そういうのは!」
惣一郎の抗議をよそに、英はスクーターの前にしゃがみこみ、路面を一瞥した。
「ここから先は、速度を落として慎重に――」
その言葉が終わる前に、スクーターの底が派手な音を立てた。
ガリッ。
腹を擦ったのだ。
「うわっ」
思わずブレーキを握る英。
スクーターは低い車高と小径タイヤゆえ、
ほんの少し路面が盛り上がるだけで腹を打つ。
「……これ以上は、乗って進むのは無理ですね」
「だよな」
惣一郎が苦笑した。
「ハンターはまだ行けそうだけど、英、あんただけここで置いていくのもなぁ」
「置いていかないでください」
さすがの英も、そこには即答する。
その時。
パスン、と軽い破裂音がした。
「……あ」
勇吾が、自分の足元を見下ろす。
クロスバイクの前輪が、みるみるうちに萎んでいく。
「パンクした」
「そりゃするだろ、その細さでこの石は」
青見が呆れたように言う。
クロスバイクのタイヤは、街乗りと舗装路前提の幅とパターンだ。
ガレ場で岩とリムに挟まれれば、一発でやられる。
「スペアチューブは?」
「持ってきました。けど……」
勇吾は空を仰いだ。
「交換しても、この路面を乗車で進むのは非効率ですね。滑りやすく、転倒リスクも高い」
「結論から言うと?」
「歩いた方が速いです」
筋肉と合理性の塊みたいな答えが返ってきた。
「……じゃあ、決まりだな」
惣一郎が、ハンターカブのエンジンを切った。
「バイク組もここまで。ここから先は、みーんなで押し」
「せっかくエンジン付きで来たのに」
英が小さくぼやく。
「運動不足解消には丁度いいですよ、英さん」
勇吾が、パンクした前輪を持ち上げるようにして、自分のクロスバイクを押し始める。
青見も、自分のMTBを押して歩き出した。
フルリジットの太いタイヤは、まだこの程度のガレなら許容範囲だが、速度を出す気にはなれない。
「オレが前歩く。足場悪いとこは声出すから」
「助かる」
英はスクーターのハンドルを握り直した。
惣一郎もハンターカブを押しながら、ブツブツ言う。
「なんだよこれ。ツーリングっていうか、ほぼ登山じゃねーか」
「でも、こういうの、ちょっと楽しいよね」
いつもの調子で惣一郎を冷やかそうとした声が、今日は聞こえてこない。
代わりに、山の奥から、かすかな水音が届いてくる。
ピチャ……ピチャ……
落石の隙間を抜けた水が、どこかへ流れている音。
それに混じって、ほんの一瞬――
英だけが、別のリズムを聞き取った。
ざっ、ざっ、ざっ――。
足音。
行進。
地の底から、列を成す何かが、ゆっくりとこちらへ滲み寄ってくる気配。
「……英?」
前を行く青見が、振り返る。
「どうした?」
「いえ。やっぱり、笑えないくらい嫌な予感しかしないな、と思っただけです」
英は苦笑してみせた。
その先、木々の切れ間から、黒い穴がちらりと見えた。
旧三森トンネル。
コンクリで塞がれた入口。
その端に開いた、細い割れ目。
昨日、掲示板の写真で見た光景が、現実としてそこにある。
「着いたら、まずは外観のチェックからだ。いいな」
英が言う。
「絶対、勝手に中に入ったりするなよ。――惣一郎」
「なんで最後、俺限定で名指しなんだよ!」
そんなやり取りをしながら、四人と二台のバイクと二台の自転車は、
ガレた旧道を押し進み、ゆっくりと山の腹の暗がりへ近づいていった。