放課後の駐輪場は、部活組がいなくなったあとの、ちょっと寂しい時間帯だった。
バスケ部のボールの音も、陸上部の掛け声もここまでは届かない。
錆びたフェンスの向こうで、斜陽だけが校庭を赤く染めている。
その片隅、原付置き場。
「……で、結局こうなったわけですよ」
英が、苦笑いしながら自分の足元を指さした。
一台は、見慣れたハンターカブ。
アウトドア仕様のキャリア付きで、リアボックスも増設済み。
もう一台は、小ぶりなスクーター。フロントバスケットと大きめシート下トランク付き。
「スクーター復活してるー」
惣一郎が、どこか嬉しそうに笑う。
「いや、山用にハンターカブ買ったのはいいんですけどね。
街中で買い出しとか細かい移動するなら、やっぱりスクーターの方が楽でした」
「分かるわ。
俺も“峠用ハンターカブ”と“街乗りスクーター”の二台持ち、最初はバカにされてたからな」
惣一郎の隣にも、同じように二台並んでいる。
色こそ違うが、構成はほぼ一緒だ。
武骨なハンターカブと、コミューター感強めのスクーター。
「ハンターカブ、坂道も悪路も強いし、荷物も積めるし、燃費もいいんですけど……」
英が、ハンドルをぽん、と叩く。
「ガッツリ装備になるんですよね。ヘルメットもそれなりのやつ欲しくなるし、ブーツも履きたくなるし」
「分かってきたじゃねぇか、現場用バイクの沼がよ」
惣一郎がにやり。
「で、ちょっとコンビニ行くとか、駅前まで資料取りに行くとか、ああいう“5キロ圏内”は――」
「スクーター一択ですね」
二人の声がぴったり揃った。
シート下のトランク、フロントのフック、ステップ上にポンと荷物。
スクーターは、生活のための道具として完成しすぎている。
「原付二種にしとくと、三十㎞/h制限もないし、車の流れに乗れるしさ」
「二段階右折もいらないですしね。
……まあ、だからこそ『変なところをショートカットするな』ってトメ様に怒られたんですけど」
「それはお前が悪い」
惣一郎が即答する。
「おどろ槍のとこ行くのに、“ちょっとだけ近道だから”で旧道突っ込んでいったの、普通にアウトだからな。
あれで“生活圏を守る側”名乗ってんの、だいぶ攻めてるぞ」
「反省はしてます」
英は、素直に頭を下げた。
「だからこそ、街中は大人しくスクーター。
山と峠は、ハンターカブ。――って、運用を分ける方針で」
「はい、俺ルール設定入りましたー」
惣一郎は肩をすくめながらも、まんざらでもなさそうに笑う。
「でも、二台持ちするとさ。
“今日はどっちで行くか”って悩む時間も、ちょっと楽しいんだよな」
「分かります。
朝の天気と今日の予定見て、『これはハンターカブで遠回りして帰る日だな』とか」
「お前ももう立派な沼住人だよ、英」
少し離れた自転車置き場で、チェーンを外していた勇吾が、ひょいと顔を出した。
「ボクは、普段はこれで十分ですね」
彼の手にあるのは、シンプルなクロスバイクだ。
ミネルヴァ製の謎技術も魔改造もない、わりと普通の一台。
ただし、フレームサイズとポジションだけは、勇吾の脚に完璧に合わせてある。
「都市圏内の移動なら、自転車の方が“経路自由度”が高いです。
信号のタイミング、歩行者密度、地形――全部込みで最適ルートを組めますし」
「お前が言うと、“徒歩”すら最適化されそうで怖いわ」
惣一郎が苦笑する。
「ハンターカブは?」
「安生道場と山用です。
安生4姉妹の“お使い”と、クマが出る可能性があるところには、ハンターカブで行きます」
「判断基準が特殊すぎる」
英が小さく吹き出した。
勇吾は首をかしげる。
「ボクとしては合理的なんですが。
“安生家関連=人類史的に重要な生活圏”なので、移動速度と積載能力を優先するべき、と」
「お前の中で、安生家の優先度どんだけ高いんだよ」
「最上位です」
即答だった。
さらに駐輪場の端、MTBをラックから外していた青見も、話し声に気付いて近づいてくる。
「お前ら、またバイク談義かよ」
「また、とは失礼な。これからの生活圏防衛のための機動力会議だぞ」
惣一郎が言い張る。
「青見は? バイク取る気、ないの?」
「今のとこ、オレはこれで十分かな」
青見はMTBのトップチューブを軽く叩いた。
「山用のフルリジットと、ロード一本。
街中も、ちょっと遠くも、だいたいカバーできるし」
「でも四十九囲区全域となると、バイクあった方が楽だぞ?」
「まあ、そのうち取るかもな。
でも、今は“脚で行ける範囲”を全部把握しときたいんだよ」
そう言って、遠くの街並みをちらりと見る。
「歩きとチャリで回れる範囲が、オレの“生活圏”だからさ。
それをちゃんと身体で覚えてから、エンジンに頼っても遅くないかなって」
「……青見らしい」
英が、ちょっと羨ましそうに笑う。
「ボクは最初からエンジンとネットワークありきで世界を見てたから、そういう発想、少し憧れます」
「代わりにお前は、“地脈”で世界見てんじゃん」
惣一郎が肩で英の背中を軽く小突く。
「バイク2台と、結界網と、センサー網と。
それ全部まとめて、“生活圏管理者の足”ってことでいいだろ」
「……そうですね」
英は、スクーターとハンターカブを並べて見てから、小さく頷いた。
「じゃあ、ボクの足はこの二台とネットワークで。
火鳥くんは自転車とハンターカブで。
東くんは自分の脚と自転車で」
「惣は?」
「俺は――」
惣一郎は、自分のスクーターとハンターカブを見て、ニヤっと笑う。
「スクーターで街を流して、ハンターカブでヤバいとこに突っ込んで、最後は徒歩で逃げる」
「お前だけ運用方針が雑なんだよ」
英と青見と勇吾のツッコミが、珍しくきれいに揃った。
駐輪場に、笑い声が広がる。
湖底の棘も、旧トンネルの闇も、まだ完全に終わったわけじゃない。
そのことを、四人とも分かっている。
それでも――
スクーターとハンターカブと自転車が並ぶ、放課後の駐輪場は、
今日のところは、ただの“生活圏”の風景だった。