/*/ 翌日・郡山警察署の休憩室 /*/
「安達係長、なんか今日、やたら背筋伸びてません?」
昼どき。
署の休憩室でカップラーメンにお湯を注いでいた安達彩女の父に、
若い巡査が首をかしげた。
「いつもならこの時間、『防弾チョッキより肩のほうが重てぇ』って言ってるのに」
「お前な、人をなんだと思ってる」
苦笑しながらも、安達はぐるりと肩を回してみせる。
「――でもまあ、分かるかね。この軽さ」
「やっぱり分かるんすね!? なんです? 新しい湿布? 針?」
近くのテーブルで弁当を広げていた同僚刑事も、
缶コーヒーを片手に顔を上げた。
「ついに高級マッサージチェア導入しました、って話なら
署長に説明求めますけど」
「そんな贅沢備品、県警が許すか」
安達は、ややドヤ顔気味に咳払いをする。
「実はな――」
「出た、その顔。絶対なんか言いたくて仕方ない顔だ」
「昨日だ。娘と、その……娘の“剣道やってる友達”に、マッサージしてもらってな」
「“友達”ってとこで一拍置きましたね、係長」
「剣道、ねえ」
巡査と同僚刑事の目が、同時にニヤッと細くなる。
安達は、あえて気づかないふりをして話を続けた。
「いやこれが、本当に効いたんだよ。
肩と首と、腕まで、ぜーんぶほぐされてな。
今朝、制服着たときの重さがいつもと違ったぞ」
「おお……“警察官あるある”で効果語ってくる」
「で、その“剣道やってる友達”って、あれっすよね」
「この前、ニュースで流れてた“体育祭でバケモノみたいに走ってた高校”」
「“バケモノ”言うな。市民の前で口滑らせるなよ」
そう言いながらも、否定しきれない。
「最近また動画バズってたろ。
校舎の中、制服でパルクールしてるやつ」
「あー! あれ、逢瀬学園でしょ。
中庭飛び回ってる女子、脚やばい子。
あれ、係長んとこのお嬢さんなんです?」
「……お前ら、どこまでチェックしてんだ」
若い巡査がスマホの画面を見せてくる。
例のプロモーションムービーのサムネイルが映っていた。
「コメント欄に“体操クラスタがざわついてる”って書いてあったから
つい見ちゃって。
で、“あれ? 名字と雰囲気、安達係長ん家じゃね?”って課で話題に」
「署内で検挙すんぞ、お前らの情報収集先」
そう言いつつ、頬の筋肉が緩むのを自分でも感じる。
「で、その動画の“剣道の長身の彼”がですね」
巡査がニヤニヤしながら話を引き取る。
「係長の肩をぐりぐりほぐしてくれた、と」
「妙な省略すんな」
安達は咳払いをして、少し真面目な顔に戻る。
「でもな、本当に上手かったんだよ。
指の置き方とか、力の入れ方とか、“道場で教わった”って言ってたが」
「“人を殴る前に、壊さない触り方を覚えろ”とか教える道場っすか?」
「なんでそのフレーズ知ってんだお前」
「娘さんの話、前飲み会でしてたじゃないですか。
“あいつの友達は、だいたい道場か体育館にいる”って」
「あー……言ったな、そんなこと」
安達は頭をかきながら続けた。
「でだ。
あいつに肩と首を押されてる横で、娘が腕と手をほぐしてくれてな」
「はいきた、“自慢モード”入りました」
「“パソコンと交通事故報告書の持ち過ぎ”って言いながら、
指まで一本ずつ伸ばされてだな……」
「うわ、想像だけで羨ましいんですけど」
同僚刑事が、本気でうらやましそうな顔をする。
「で、どうでした? 本職マッサージ越えました?」
「超えたとまでは言わんがな」
安達は、ゆっくり首を回してみせた。
「“あ、今ここ血が通った”って感覚、久々に味わったな」
「大げさだなぁ」
「いやほんとに。
いつもなら、この時間には書類の文字がかすんでくるんだが」
わざと瞬きを数回する。
「今日はまだ、逮捕状の字もちゃんと読める」
「それは眼科も行ってください、係長」
「お前も娘と同じこと言うな」
笑いが、休憩室にふわっと広がる。
ひとしきり肩こり自慢(と娘自慢)が終わったところで、
同僚刑事がふと真面目な声を出した。
「でも、いいっすね」
「何がだ」
「“娘さんと、その彼氏(仮)にマッサージしてもらって楽になったんだよ~”って、
署で自慢できる警察官。
だいぶ勝ち組だと思いますよ」
「……“彼氏(仮)”って、かっこ仮つけろ」
安達は、コーヒーをひと口飲んでから、
少しだけ照れくさそうに笑った。
「昨日な。
終わったあと、二人にちょっとだけお小遣い渡したんだ」
「お、出た。父親の“図に乗るなよ”と見せかけたデレタイム」
「『二人にお小遣いをあげよう。健全なデートでもしてきなさい』ってな」
「うわーーー!!」
「“健全な”って、どうしても付けたくなるやつ!」
「職業病ですね、係長」
巡査も同僚刑事も、テーブルを叩いて笑う。
「完全に“彼氏認定”じゃないですか。
警察官のお墨付きとか、ハードル高すぎる」
「いや、まあ……」
安達は、少しだけ視線を泳がせた。
「うちの娘の脚と肩と、ついでにガラスまで守ってるらしいからな」
「ガラス?」
「そこ詳しく」
「あのな――」
つい、体育館2階通路でのクラブ顔面キャッチ事件まで
嬉々として語ってしまい、
さらにからかわれる燃料を投下することになるのだが、それはまた別の話。
最後にもう一度、ぐるりと肩を回す。
防弾チョッキも拳銃ホルスターも、
昨日までより、ほんの少しだけ軽く感じる。
「……まあ、ちょっとくらい自慢しても、
バチは当たらんよな」
そうつぶやく安達の背筋は、
いつもより少しだけ、まっすぐ伸びていた。