なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

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噂の歌声

 

 

 東青見は、そういう空気に敏感な方だった。

 

 教室の空気とか、廊下のざわつきとか。

 目に見えない“場の温度”みたいなものが、いつもより一度か二度低くなっていると、なんとなく分かる。

 

(……やっぱり、変だよな)

 

 七人行方不明――そう口に出してから数日、学校全体に薄くまとわりついていたざわざわは、むしろ強くなっている気がした。

 

 

/*/

 

 

「なあ、お前さ」

 

 昼休み。購買帰りの男子の袖を軽くつまんで、青見は廊下の端に引き寄せた。

 

「この前、誰かが言ってた“深夜の歌声”の噂、詳しく知らない?」

 

「は? なんでお前がそれ聞いてくんの」

 

 男子は怪訝そうな顔をしたが、パンをかじりながらも、少しだけ声を潜める。

 

「……なんかさ。夜中になると、学校のどっかから歌が聞こえるんだと」

 

「どっかって?」

 

「それがよく分かんねーから、噂なんだろ。音楽室だって言うヤツもいるし、体育館だって言うヤツもいるし、“どこからともなく”だって言い張るヤツもいるし」

 

 オカルト話にありがちな“ぼかし”だ。

 けれど、青見は「ふーん」で済ませられない質だった。

 

「歌って、どんな?」

 

「さあな。聞いたって言ってるやつ、全員“なんかあのメロディ様っぽい”としか言わねーから。

 あ、そうそう。“本物のメロディ様の音”知ってるやつは、特にヤバいとか。……おい、なんでちょっと黙る?」

 

「いや、なんでも」

 

 心臓が、ほんの少しだけ不自然なリズムを刻んだ。

 

(深夜の学校で、メロディ様、ね)

 

 頭の中で、その単語同士が近づきすぎないように、わざと距離をとる。

 

 

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 別の休み時間。今度は階段踊り場で、女子たちの会話に耳をそばだてる。

 

「ねえ聞いた? 隣町のY・Kさんの話」

「またメロディ様ネタ?」

「そう。あの人、絶対受からないって言われてた超一流大、メロディ様のおかげで受かったって」

 

「出た、“正しい音”がどうとかってやつ」

 

 話している女子の一人が、やけに楽しそうに笑う。

 

「なんかさ、“メロディ様の音をちゃんと見つけたら、人生変わる”とか言ってなかった?」

 

「人生変わって行方不明とかは勘弁してほしいけどねー」

 

 笑い声が階段に響く。

 

 青見は、壁に背をつけたまま、無表情を装ってその会話を聞き流した。

 

(“正しい音”ね)

 

 中原が消える直前に浮かべた顔が、脳裏をかすめる。

 至福。解放。逃避。

 

 ――あれも、“人生が変わった”と言えるのかもしれない。

 

 その考えにぞっとして、頭を振った。

 

 

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 放課後の図書室。

 貸出カウンターの横で、数人の女子がキャッキャと話している。

 

「ねえさぁ、メロディ様ってさ、寝る前に二回唱えるとテスト運が良くなるんだって」

 

「それ、もう聞いた。三回唱えると恋愛運だっけ?」

 

「そうそう。でさぁ、四回以上唱えると、その晩悪夢見て、寿命が唱えた年数だけ縮むって」

 

「いや、なんでいきなり寿命で精算されんの」

 

「オカルトあるあるじゃない?」

 

 ひそひそと笑い合う声。

 青見は、本棚の影からそっと覗き見て、ため息をひとつ吐いた。

 

(テスト運、恋愛運、寿命。便利なところだけ切り分けて噂にしてるな)

 

 噂はいつだって“消費”される側に回る。

 怖い話ですら、退屈しのぎのエンタメの一種だ。

 

 だけど、それでいて――

 

(四回、ね)

 

 ルールが決まっているあたり、本物の儀式と似ている。

 

 試したやつが本当にいるのかどうか。

 試して、戻ってこれなかったやつがいたら、どうなるのか。

 

 思考がそこまで進んだところで、意識的にストップをかける。

 

(考えすぎだ)

 

 そう言い聞かせないと、足元がずるずる滑っていきそうだった。

 

 

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「なあ、聞いたか?」

 

 体育館裏で、ジャージ姿の男子たちが、声を潜めて盛り上がっていた。

 

「柳原の話?」

 

「そう。あの音楽の柳原先生な」

 

 聞き慣れた名前に、青見の耳が勝手にそちらを向く。

 

「実は柳原がメロディ様広めた張本人だってよ」

 

「出たよまた。“先生黒幕説”」

 

「でもさー、妙にそれっぽくない? あの人、いつもどこか上の空だし。夜は夜でさ、メロディ様の力で毎晩とっかえひっかえ男替えて遊んでるとか」

 

「それはただの願望混じった陰口だろ」

 

 笑い声が起こる。

 

 青見は、体育館の壁にもたれながら、空を見上げた。

 

(柳原先生が広めた――)

 

 可能性としては、なくはない。

 職員室で最初に噂を知って、生徒に漏らしたとしてもおかしくはない。

 

(どこまでが本当で、どこからが上塗りなんだか)

 

 柳原郁代という人間そのものが、すでに「噂」と「真実」の境界線上にいるのかもしれない。

 

 

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「ねえ、東」

 

 帰りの支度をしていると、廊下でクラスメイトに呼び止められた。

 

「いなくなったやつらの話、知ってる?」

 

「どれの?」

 

「ほら、行方不明。七人もいなくなってるってやつ」

 

「ああ」

 

 それを今ちょうど調べてるんだけどな、と心の中で呟く。

 

「なんかさ、新興宗教に勧誘されて、瀬戸内海の孤島で修行してるって話、聞いた?」

 

「瀬戸内海、わざわざ指定する必要ある?」

 

「なんかそれっぽくない? “瀬戸内の小島の謎の宗教施設”って」

 

 確かに、“それっぽさ”は満点だ。

 

「でも、だったらそれこそニュースの格好のネタじゃね?」

 

「それもそっか」

 

 クラスメイトはあっさり笑って、別の友達のところへ走っていった。

 

(新興宗教、瀬戸内、孤島)

 

 単語だけ並べれば、それなりにホラーっぽい。

 でも、どこか“本筋からわざと外している”感じが拭えない。

 

 青見は、自分の机に戻りながら、今日一日で集めた噂を頭の中に並べてみた。

 

 ――深夜の学校から聞こえる歌声。

 ――メロディ様で受験に成功した誰かの話。

 ――回数指定付きの恋愛・寿命コース。

 ――柳原先生黒幕説。

 ――新興宗教に消えた生徒たち。

 

 一つ一つは、よくある学校の怪談だ。

 だけど、それを串刺しにする一本の線が、確かに存在しているように思える。

 

(全部、“メロディ様”を中心に回ってる)

 

 まるで、音階を軸にした惑星の公転みたいに。

 

 その中心にある“正しい音”を聞いたとき、人は――どこかへ行ってしまう。

 

 中原の顔が、また浮かぶ。

 至福の表情とともに、消えていった、その痕跡。

 

 ペンケースを握る手に、自然と力が入った。

 

「……夜の学校か」

 

 ぼそっと、独り言が漏れる。

 

 深夜に歌が聞こえる学校。

 メロディ様に引かれていく声。

 

 行けば、何か分かるかもしれない。

 行かなければ、何も分からないままかもしれない。

 

(で、どっちがマシなんだよ)

 

 自分で自分にツッコミを入れる。

 

 窓の外には、まだ明るい夕方の空が広がっている。

 それが、ゆっくりと夜に変わる頃――この校舎は、どんな音を鳴らすのだろう。

 

 思考のどこかで、すでに「行く」方向に傾いている自分を自覚して、青見は小さくため息をついた。

 

「……まあ、まずはもうちょい情報集めてからだな」

 

 そう口にして、自分にブレーキをかける。

 

 とはいえ。

 

 夜の学校の風景が、頭の中でありありと組み上がっていくのを、完全に止めることはできなかった。

 

 

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