なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

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オイルライターと思い出

 

 

 何回泣いたか、もう数えたくもないくらい泣いて、ようやく呼吸が落ち着いてきた頃だった。

 

 コンコン、とまたノックの音がする。

 

「おーい、入っても大丈夫かー?」

 

 間抜けな声。聞き慣れた声。

 

「惣一郎……」

 

 反射的に顔を上げると、ドアの隙間から惣一郎がひょい、と顔を出した。その後ろには、紙袋を両手にさげた愛香が続く。

 

「おじゃましまーす。……って、あ、ごめん、泣いてた?」

 

「もう終わったとこ」

 

「今終わったとこだな」

 

 青見が勝手に補足して、わたしは肘で軽く小突いた。

 

「いって。暴力ヒロインはちょっと」

 

「うるさいわね」

 

 そんなやり取りを見ながら、愛香がほわっと笑う。

 

「よかったぁ。ふたりとも元気そうで。はい、これ差し入れね。ゼリーとプリンと、なんか栄養ありそうなやつ色々」

 

「お、神だ。あとで取り合いね」

 

「全部あげないからね?」

 

 ちょっとだけ笑って、受け取った紙袋をテーブルに置く。

 

 ふと、惣一郎がにやりと口元を吊り上げた。

 

「そういえばさ」

 

「ん?」

 

「ナースステーションで、お前ら噂になってたぞ」

 

「……嫌な予感しかしないんだけど。噂?」

 

「おう。実に香ばしい噂だぞ」

 

 わざとったらしい溜めのあと、惣一郎が指を一本立てる。

 

「“東くんが安達さんと玲子ちゃんに二股かけてたのがバレて、痴話喧嘩の末に二人で殺し合いに発展した”――って」

 

「はぁっ!?」

 

「いやいやいや待て待て待て待て」

 

 わたしと青見がほぼ同時にツッコむ。

 

「なによそれ!!」

 

「いや俺もさ、“どこの昼ドラだよ”って思ったけどさ。ナースさんたち真面目な顔で話してんだもん。止めるタイミング逃した」

 

「何してんのよアンタは止めなさいよそういうの!」

 

「俺のせいかよ!?」

 

 病室の空気が一気にうるさくなる。

 さっきまでのしんみりした雰囲気はどこへやらだ。

 

「ていうか、何その三角関係どころか修羅場からのバトルロイヤルみたいな脚色」

 

「いや、ほら。命の恩人の女の子と、毎日通ってるクラスメイトちゃんでしょ?って、看護師さんたち盛り上がっててな。そこに屋上で救急車騒動まで加わったら、そりゃあ――」

 

「誰が“殺し合い”よ! 青見は私一筋よ!」

 

 反射的にそう言い切ってから、自分で「しまった」と思う。

 

 案の定、三人分の視線が一斉にこっちを向いた。

 

「あー、うん」

 

 青見は耳まで真っ赤になって、変な相槌を打っている。

 

 惣一郎は「おおっと?」とでも言いたげに口笛を吹き、愛香は両手で口元を押さえながら目をきらきらさせている。

 

「……あんたら、何か言いなさいよ」

 

「いや、なんかもう、何も言わなくていいかなって」

 

「惣一郎、そういうとこだけ空気読まないで」

 

「読むなってことだろそれ」

 

 わたしが枕を掴んだのを見て、惣一郎があわてて一歩下がる。

 

「わーったわーった。冗談半分だから落ち着け。……にしてもさ」

 

 ちら、とこっちを見て、急に真面目な顔になった。

 

「“殺し合い”なんて言ってるけどさ。

 お前ら、生きてこうして並んでるから、その程度のネタで済んでるんだよな」

 

「……そうね」

 

 さっきまで心臓の奥を握りつぶしていた感覚が、ふっと遠のく。

 

 変な噂だろうと、笑い話だろうと。

 笑い話にできる今が、たまらなくありがたかった。

 

「彩女ちゃん」

 

「なに?」

 

 愛香が、ちょっと潤んだ目でわたしを見つめる。

 

「彩女ちゃん、強くなったね」

 

「……ちょっと、やめてよ、そういうの」

 

 泣かせるようなことを、さらっと言わないでほしい。

 

「ていうか、精神的にボロボロなところに“強くなったね”は反則だからね?」

 

「ふふ、ごめん」

 

 謝りながらも、愛香は本当に嬉しそうだった。

 

 惣一郎が両手を頭の後ろで組んで、わざとらしく空を見上げる。

 

「まあ、色々あったけどさ。

 

 結果的に――」

 

「結果的に?」

 

「“東青見、彼女の方が物理的に強すぎて誰も手を出せない説”が、また一歩真実に近づいたわけだなって」

 

「殺すわよ」

 

「ほらな? ほらな? この圧」

 

「……惣一郎、ほんと変わらないね」

 

 青見が呆れ半分に言うと、惣一郎は胸を張る。

 

「褒め言葉として受け取っとくわ」

 

 くだらないやり取り。

 どうでもいい冗談。

 目を離すとすぐ脱線する会話。

 

 ――それが、こんなにも愛おしい。

 

 窓の外では、静かな風が木の葉を揺らしていた。

 さっきまで暴れていた“わたしの風”も、今は病室の空気に溶け込むように穏やかだ。

 

 大丈夫。

 きっと、大丈夫。

 

 わたしには、しつこく茶化してくる幼馴染がいて。

 なんでも笑って受け止めてくれる友だちがいて。

 そして――

 

 松葉杖をつきながらも、ここまで歩いてきてくれる「バカ」がいる。

 

 この日常を守るためなら、風くらい、どうにでも飼い馴らしてみせる。

 

 そんな風に、少しだけ強く思えた。

 

 

/*/

 

 

 ひとしきりバカ話で笑って、少しだけ空気が落ち着いたところで――

 惣一郎が「あ、そうだ」と思い出したようにポンと手を打った。

 

「そう言えばさ」

 

「なに?」

 

「柳原先生が、青見に“これやる”ってよ」

 

 そう言って、制服のポケットをごそごそやったかと思うと、小さな銀色のものを取り出した。

 

 カチン、と金属が触れ合う音。

 手のひらの上に乗っていたのは、見覚えのあるオイルライターだった。

 

「……オイルライター?」

 

 思わず息を呑む。

 あの夜、屋上で本に火をつけた時の――

 

 惣一郎は知らないはずだけど、そのライターがどれだけギリギリな綱渡りの象徴なのか、わたしには痛いくらい分かっていた。

 

「らしい。なんか、“もう自分には必要ないから、彼に渡しておいてください”だってさ。昨日、職員室前で捕まってさー」

 

「へぇ……」

 

 一応相槌は打つけど、喉の奥がちょっと重くなる。

 

 柳原郁代。

 メロディ様を広めて、わたしたちをあそこまで追い詰めて――

 それでも最後の最後で、あの本を焼くための“手段”を差し出した人。

 

 その人の想い出のライター。

 

「噂だとさ」

 

 惣一郎が、軽くライターを持ち上げて見せる。

 

「別れた彼氏の想い出の品なんだってよ。学生時代の、だっけな?」

 

「ああ、そんな話あったね」

 

 愛香がうんうん頷く。

 

「“いつまでも引きずってる未練がましい女だと思う?”って、前に女子の間で話題になってたやつ」

 

「そうそう。それそれ。

 で、その“未練の品”を、今回の件で手放すことにしたらしい。――東くんに」

 

 惣一郎が、にやりと青見を見る。

 

「よかったな、モテモテで」

 

「いや待て、今の流れでそれはないだろ」

 

 青見が即座に否定する。

 るけど、どこか居心地悪そうに視線を逸らしているのが妙にむかついた。

 

「ふーん」

 

 気づけば、わたしの口からそんな声が出ていた。

 

 自分でも驚くくらい平坦な声。

 温度が、ほとんど乗っていない。

 

(別れた彼氏の想い出の品ねぇ……それを、よりにもよって青見に……)

 

 女の先生の昔の恋の残り香みたいなやつを、自分の彼氏(仮)に渡される、という構図が、じわじわと腹立たしい。

 

 いや、柳原先生の気持ちは分かる。

 たぶん、ちゃんと前を向こうとしてるんだと思う。

 

 思うけど――

 

「……彩女なんか怖いんだけど」

 

 惣一郎がじりっと半歩下がる。

 

「え?」

 

「いや、その“ふーん”に、色々詰まっててな。男の本能が“これ以上近づくな”って警鐘鳴らしてる感じ」

 

「うるさいわね」

 

 枕を掴みかけて、ぐっとこらえる。

 今投げたら、絶対ライターまで一緒に吹っ飛ぶ。

 

 愛香が、くすっと笑った。

 

「でも、彩女ちゃんも大変だね」

 

「なにがよ」

 

「ライバル、いっぱいいて」

 

「はあ!?」

 

「同級生でしょ、玲子ちゃんでしょ、先生でしょ。

 あとナースさんたちも“東くん”って呼ぶとき目がハートマークだったよ?」

 

「ちょっと愛香、やめてよそういう言い方!」

 

 思わず声が一オクターブ上がる。

 

「だって、ホントのことでしょ? ねえ、そーくん」

 

「そうだなぁ。“二股の末に殺し合い”まで脚色されるくらいには、話題性十分だよなぁ」

 

「殺すわよって言ったら本当に噂が補強されるからやめてよ、彩女」

 

「今の誰のせいよ!!」

 

 三人目のツッコミ先が多すぎて、頭がパンクしそうだ。

 

 ちら、と横を見れば――

 例のライターを受け取った青見が、どこか複雑そうな顔でそれを見つめていた。

 

「ま、ありがたくもらっとけよ」

 

 惣一郎が肩をすくめる。

 

「先生の方も、これでちょっとは楽になるだろうしさ。

 

 ……で、それを横から彩女が取り上げて、“あんたにライターなんか危ないから没収!”ってやれば、いろいろ丸く収まるんじゃね?」

 

「やらないわよ」

 

 即答したけど、半分くらいは本気で考えた自分が悔しい。

 

 わたしの中で、どす黒い風みたいな感情が一瞬吹きかけて――

 すぐに、窓から差し込む柔らかい風に押し戻される。

 

(……そうだよね)

 

 ライターひとつに嫉妬して、誰かの想い出まで否定するのは、なんか違う。

 

 それでも。

 

 そのライターをポケットにしまった青見の手元を、ついじっと目で追ってしまうのは、たぶん仕方ない。

 

「じゃあさ」

 

 愛香が、ふっと優しい声で言った。

 

「彩女ちゃんは、“今の青見くん”の想い出を、これからいっぱい作っていけばいいんだよ」

 

「……っ」

 

 胸の奥がきゅっとなった。

 

「昔の誰かのライターより、ずっとずっと大事なやつをさ。

 そうしたら、他の女の人が何持ってても、怖くなくなるでしょ?」

 

「……簡単に言ってくれるわね、あんた」

 

「簡単なことじゃないよ?」

 

 愛香は、にこっと笑った。

 

「だから、二人で頑張るの」

 

 その視線が自然と、わたしと青見を往復する。

 

「な、東くん?」

 

「……まあ、そういうことだな」

 

 青見は、ちょっと照れくさそうに頭をかいた。

 

「昔のライターよりさ。

 

 これから一緒に行くゲーセンとか、カラオケとか、屋上とかさ。

 

 そっちの方、ちゃんと大事にしたいし」

 

「屋上はやめておいて」

 

「それはそう」

 

 四人で同時に苦笑する。

 

 くだらない嫉妬も。

 香ばしい噂も。

 よく分からない想い出のライターも。

 

 全部ひっくるめて――

 それでも、これから作っていく「今のわたしたち」の記憶が、きっといつか、何よりも強いお守りになる。

 

 そんな予感が、そっと胸の中で風を立てた。

 

 






七不思議の戒
六つしかない七不思議ですが、提出段階ではちゃんと七つあったのです。
幻のそれはセオリー通りにトイレものでした。
夜間の学校ではトイレに行く用事など、その機能を真っ当する正当な理由しかありえません。
よって、そこで恐怖体験をした彩女が失禁・・・・と言う羞恥ものを提出したのですが、彩女びいきの担当によって闇に葬られました。
残念です。

彩女「コイツ、信じられないわよね」
青見「・・・・・・・・・・・・・・」

 ごん

青見「いったぁぁっぁぁぁぁぁッ!! 何すんだよ!?」
彩女「いま何を想像したの?」
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